第105話 ガバ勢と少女の祈り

「列車が来るまで、少しだけ時間あるよね。ちょっと歩こうよ、ルーキ」

「ああ」


 二人は歩き出す。


「もうお別れなんだね」


 サマヨエルのしみじみとした声に、ルーキは「そうだな」と短く返した。


「いいのか? 委員長と、サクラとは……」

「うん。あの二人とは、さっき街を歩きながらものすごーく濃厚なお別れの儀式をしたから、いいの」

「そうだったのか」


 気づかないうちに別れは済ませていたらしい。女の子にはそういうところがあることを、ルーキは少しだけ知っていた。


「ルーキはルタに帰ったら、また別のRTAに行くんでしょ?」

「うん。すぐにあるかどうかはわからないけど、あればすぐに挑みたいな。ここでの経験はものすごく貴重なやつばっかりだったからさ。早速試したいんだ」

「あーあ、いいな。そういうの」


 サマヨエルは歩きながら道端の石をつま先で軽く蹴った。


「わたしはみんなと別れたら、サファイアス様のところに帰って眠るだけ。また次の〈ランペイジ〉まで」

「そういえば、そうだったな」


 サマヨエルたちは夢を見る。目覚めた時には忘れてしまう夢。しかし今回、彼女はいい夢を見ていたはずだと言っていた。


「次もリズとサクラと一緒?」

「どうだろう。RTAによる。できれば一緒がいいけど、委員長はガチ勢の修行があって、サクラも警察がらみの仕事でいないことがあるから」

「でもロコとは会うんだよね?」


 ルーキは思わず笑った。


「長旅でグラップルクローも傷んでるだろうからな。でも、何でロコの話?」


 すると、サマヨエルは悪戯っぽく唇を尖らせ、


「だってルーキがいまだにわたしのことロコって呼ぶ時あるんだもん。最初の頃よりは全然減ったけど。気にもなるよ。どんだけロコのこと好きなの? もう……」

「そ、そうだったな。ごめん……」


 ルーキは頭を掻きながら謝った。確かにいまだに油断すると言い間違えることがある。

 そして今も、彼女とロコという名前が同時に存在することに違和感がまるでない。

 結局、治らない悪癖だったなと自分をたしなめながら、グラップルクローを撫でつける。


「真っ先に会いに行かないとな。サマヨエルのこと話したらきっとびっくりするぞ、あいつ」

「うん……そうだね……。な、何たって、わたしとそっくりなんだもんね!」


 一瞬だけ曇ったような表情を、すぐに笑顔でかき消して、サマヨエルは明るい声をまわりに広げた。


「わたしもロコに会ってみたいけど、無理かなあ。精霊人はアレンガルドからは出られないから。まあでも、アレンガルドのことだって知らないんだけどさ。〈ランペイジ〉以外ではほとんど寝てるから」

「もしかして、サマヨエルが最初、サーマルからあちこちに移動してたのって……」


 彼女はちろりと舌を出し、


「うん。実はちょっと、観光してた。ごめんね」

「いいさ。俺もガバりまくったし」

「一緒に歌を歌ったりもしたね」

「あの時は本当にお世話になりました……」


 ルーキが深々と頭を下げると、サマヨエルはくすくす笑った。


「あっという間の旅だったけど、毎日色んなことがあったね。退屈な時間なんて全然なかった。最後までホント、イベントたっぷりで……。これでさよならなんて、信じられないくらい」

「実感は、俺もないかな……。カークのヤツも、ひょっこり戻ってきそうな気がするよ」

「…………。でも、やっぱりお別れはお別れだよっ。最後はちゃんとしないとね」


 ルーキは奇妙に思った。さっきからサマヨエルが、お別れとか、さよならとか、そういう意味の言葉を必要以上に使っているような気がしたのだ。


 カークにも彼なりの別れの作法があった。

 サマヨエルも、そうなのかもしれない。


 いつの間にか、二人は歩き出した場所に戻って来ていた。

 どれくらい時間がたったのかは定かではないが、列車はもうじき到着するだろう。


 すぐ隣にいたサマヨエルが、わざわざ回り込むようにしてルーキの正面に立った。

 彼女は手を後ろに組んで、少し体を揺らしながら、言う。


「お別れだね、ルーキ」

「そうだな、サマヨエル」


 ルーキたちはしみじみと言った。


「今日までありがとな。サマヨエルのおかげで、初めてのロングダリーナを無事完走できたよ」

「ううん。わたしこそ、こんなに楽しい〈ランペイジ〉初めてだった。ありがとう、ルーキ」


 もっと多くのことを伝えようとしたルーキだったが、うまく言葉が出なかった。膨れ上がった思い出が、のどのところで詰まって出て行こうといない。


 けれどサマヨエルは、それを待っているみたいだった。彼女はきっと、たくさんの返事を用意してくれている。しかしそのすべてを聞くことは、できそうもない。


「うまく言葉にできないんだけどさ……」


 ルーキは言葉にならない言葉を無理やり繋いで、声にした。


「サマヨエルに会えて、本当によかった。ずっと支えられてきたんだって、今ならわかるよ。これまで心の中にあった何かを、ここに置いていくんだって気がする」

「…………」

「俺は今日までのこと忘れない。サマヨエルのことも忘れない。ずっと覚えて、そして色んな人にこのRTAのことを話すよ」


 返事は、なぜかなかった。

 走者は速やかに去る。それが作法だ。押し黙った少女に、ルーキは少し手を挙げて告げる。


「じゃあな、サマヨエル」


 踵を返して駅へ向かおうとした。

 不意に、シャツの端を強く掴まれた。


 首だけで後ろを振り返ると、サマヨエルがいた。彼女はうつむき、肩を震わせ、それでもシャツをぎゅっと掴んで離さなかった。


「ごめん……」


 サマヨエルの震える声が、地面に落ちていった。


「笑ってお別れしたかった。笑顔で見送りたかった。何度も自分に、お別れだって、最後だって、言い聞かせようとした……。……でも、やっぱり無理だよ……。こんなの、一秒だってもたないよ……」

「サマ――」

「行かないでルーキ……! ここに残ってよ!」


 悲鳴のような声が、ルーキの言葉を散らした。


「お別れ、したくない……! 今日の夜も、明日の朝も、ルーキに会いたいよ。お話したいよ。色んなところを歩いて、色んなものを見て、何を感じたか、何を思ったか、言いたいよ。言ってほしいよ。……昨日みたいな明日が……ほしいよ……」


 上げた彼女の顔は、涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。


「精霊人はここから離れられないの。だから……行かないで……」

「サマヨエル……。俺は走者だ。だから行かないと」


 ルーキは静かに、しかし揺るがない声音で告げる。

 激しい少女の声が返った。


「ロコになるよ!」


 胸が痛くなるような悲しい叫びだった。


「わたしがロコになるよ! 親友がいるならルーキもここにいられるでしょ? 何でもする。何でも覚えるから……。その爪の修理もできるようになるから。ロコになるから……。ロコにしてよ……ルーキ……」

「…………」


 ルーキは振り返り、サマヨエルの狭い両肩に手を置いた。


「サマヨエルは、ロコにはなれないよ」


 少女の顔が悲痛に歪んだ。


「ロコは、ロコの努力で積み上げたものの上にいる。俺の記憶もロコと作ったものの上にある。誰も、ロコにはなれない」

「……! なる……なる、から……お願い」

「それで、ロコも、サマヨエルにはなれない」


 ルーキは少女の言葉を振り切るように言った。


「ロコだったら、俺たちと一緒には来られなかった。あいつは走者じゃないから」


 濡れた目をただ向けてくるサマヨエル。


「だから、サマヨエルがロコになる必要なんてない。誰も、誰かにはなれない。自分だ。自分になっていくんだ。俺は俺のまま。サマヨエルは、サマヨエルのまま」

「ルーキ……」


 サマヨエルは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにつらそうに顔を伏せた。


「わたしに、“自分”なんて、ない……!」

「えっ……?」

「わたしは、顔も声もよく似た精霊人の一人でしかない。できることは、サファイアス様から力を借りて走者を手伝うことだけ。それも、精霊人ならみんなできる。サマヨエルはわたしだけじゃない。わたしは、その他大勢なんだよ……。代わりなんていくらでもいる……」


 ぽつぽつと、石畳に雫がこぼれていった。


「もし案内人がわたしじゃなくても、きっとルーキは旅を楽しめたよ。リズもサクラも他の友達もいるんだもん。わたしはたまたまロコに顔と声が似てるだけなんだから。それだけなんだから……」


 サマヨエルは肩を大きく震わせた。


「そんなわたしじゃルーキは覚えてられない。ここを離れたらすぐ忘れちゃうよ。忘れられたくないよぉ……。いやだよぉ……」

「……!」


 とうとう小さな子供のようにその場にしゃがみ込んで泣き出してしまったサマヨエルの傍らに、ルーキは重く膝をついた。肩を強く抱き寄せ、ささやくように聞く。


「じゃあ、その、サマヨエルの代わりになる人ってのは、どこにいた?」

「…………」

「俺はこのRTAの最中、そんな人に一度も会わなかった。俺たちのパーティいてくれたのは、ここにいるサマヨエルだけだった」

「ルーキ……?」

「他の誰でもよくなんかない。サマヨエルだから、俺たちはここまで来れたんだ。忘れるわけないだろ。そんな人のことを。どこにいたって。バカにしてくれんなよ……!」

「…………」


 顔を伏せたままのサマヨエルから漂ってきたのは、それでもまだ信じきれないという漠然とした不安感だった。ルーキは少し笑って、なだめるように声音を緩める。


「俺が訓練学校に通ってた頃にさ、授業で、色んなRTAの事故や失敗例を調べさせられたんだ。みんな言いたい放題だったよ。バカとかマヌケとかさ。正直俺も鼻で笑って、俺だったらこうしてやるのに、ああやって乗り切るのにとか思ったよ。それくらいひどいガバばっかだったからな。……でもその後すぐに、こうも思ったんだ。俺は、その当事者にすらなれてないって。そんな資格すらなかったって」

「……?」


 意図を計りかねたサマヨエルの濡れた目がルーキを見上げてくる。


「その場に居合わせられる。当事者でいられるってのも、その人の持ってるものの一つなんだって、その時気づいたよ。その人は、いきなりその場にいたわけじゃない。そこに至る道があった。積み上げたものがあった。外から、後から、偉そうなこと言ってる俺は、それすらなかったんだって」


 ルーキは今思い出しても身の程知らずな当時の自分が恥ずかしくなり、頬をかいた。


「まあ、何の関係もないヤツなら、どこから好き勝手なこと言ってもいいさ。でも俺は走者を目指してた。その失敗をした人たちと同じ場所を。確かに、他人の失敗から学ぶことは重要だったよ。でも、バカにしていい道理なんてない。俺は、挑むことすらまだできてなかったんだから。そんな力さえ、持ち合わせていなかったんだから」


「…………」


「だからさ、サマヨエル。今ここにいるってことは――あの時俺たちと出会って、今この場にたどり着いたってのは、他の精霊人にはないサマヨエルだけの力なんだよ。俺にとっては絶対にそうなんだよ」

「わたしとルーキが出会ったのなんて、偶然だよ。わたしの力なんかじゃない……」


 サマヨエルのか細い声が懐疑的な響きを含んで返ってくる。しかし、ルーキは口ごもることもなく、すぐに言い返した。


「サマヨエルが俺たちの案内人に選ばれたのは、確かに偶然かもしれない。でも、その先は? たくさん危ない目に遭って、それでも投げ出さずにここにいるのは誰の力だ?」

「そんなの、普通のことだよ。わたしは案内人なんだから……」


 ルーキは首を横に振った。


「違う。普通なんかじゃない。普通のことなんかない」


 苦い思いを舌で感じながら、強く伝える。


「走者は開拓地を助けるのが普通って思われてるけど、不正をして、開拓地をほっぽって、自分だけの利益を得ようとする走者もいる。パーティは助け合うのが普通って思われてるけど、仲間を見捨てて逃げてしまう走者もいる。普通とか、当たり前とか思われてることは、本当は全然そんなことなくて、当事者たちが一生懸命努力して、何とか成り立たせているものなんだ。それは決して容易いことなんかじゃないんだ」


 サマヨエルを真っ直ぐ見つめる。


「サマヨエルは投げ出すこともできた。もっとテキトーにやることもできた。でも、色んなところで気を遣って、頑張ってくれた。俺はリーダーだったから、そういうところにすごく助けられたことを肌で感じてる。そういうサマヨエルが頑張ってくれたこと全部の上に、今の俺たちがいる。確かに、みんな頑張った。俺も頑張ったつもりだ。でも、だからっつって、サマヨエルが頑張った部分が小さくなるわけじゃない。むしろ自分が頑張れたからこそ、余計に感謝したい……!」


「わたしの……頑張ったところ……」


 何かを確かめようとするように、サマヨエルは繰り返した。


「頑張ろうと思った気持ちは、精霊サファイアスのものでもなければ、他のサマヨエルのものでもないだろ?」


 サマヨエルは小さくうなずき、それから何度もうなずき直した。


「うん……うん。わたしだ。頑張ろうって思って頑張ったのは、他の誰でもないわたし……。このパーティが、ルーキが、みんなが好きだったから、絶対頑張ろうって思ったのは、わたしだった……!」


 ルーキもうなずき返し、


「いまだにロコとか呼んじゃうのは本当に俺が悪い。ごめん。でも、サマヨエルは俺にとっては他の精霊人とは全然違う。俺と一緒に旅をしてくれたサマヨエルは、ここにしかいない。そして、それ以外はありえない。ありえなかったんだ。サマヨエルはロコじゃない。大勢の精霊人の中の誰かもわからない一人でもない。たった一人の、特別な人なんだよ」

「……! ト、トクベツ?」


 驚きにぱっちり見開かれたサマヨエルの目が、まつ毛に乗っていた涙の雫を散らした。


「うん」

「特別な女の子ってこと?」

「え? うん、まあ、そうなるな」

「~~~~っっ! ヨシ!ΦωΦσ」

「何そのポーズ?」


 一瞬だけ現場猫みたいになったサマヨエルに疑問を投げかけたルーキは、それからすぐに、少し気恥ずかしそうな眼差しを向けられる。


「ごめんね……わたし怖かった。……自信がなかったの。どうしても自分を信じられなかった。ルーキの言葉、何回も否定しちゃった……」

「まだ抵抗する?」


 ルーキが冗談めかして聞くと、


「えへへ……。もう抵抗しないよ。ルーキの言う通りにする……。わたしは、この世界でたった一人のわたし。そう信じる」


 サマヨエルは笑った。いつものように、春の日差しのように朗らかで優しい笑顔で。


「だから、もう大丈夫。ちゃんとお別れ……しようね」


 ルーキもつられて微笑んだ。


「ああ、よかった……。俺も泣いてるサマヨエルとは別れたくない。……でも、こう言っちゃなんだけどさ。俺、またすぐここ来るよ。多分、一週間後とかに」


「…………………………えっ」


「いやさ、帰りの船で一門の先輩兄貴たちに聞いたんだけど、今回のことでガチギレした親父が、一回チャートを根本的に練り直すために大々的な下調べをするんだって。で、俺もそこに加わって、精霊人も何人か協力してくれるって話らしいから、よかったらサマヨエルもそこに――」

「ルウウウウウウウウウキイイイイイイイイイイ!!!???」

「ヒッ!?」


 飛びつくように腕を掴んできたサマヨエルに、ルーキは怯んだ。


「何でそういうこと最初に言わないの!? そうすれば女の子を泣かせずに済むってどうしてわからないの!? ガバなの!?」

「いや、その、これでRTAが完全に終わりなんだなって思うと言葉がつっかえちゃって、その後は話すのに必死で、そのまま……忘れてて……」

「忘れてた!? そんな大事なことを!? はーつっかえ! ルーキつっかえだよ!! あ、わかった! ルーキほよなんでしょ!? だから女の子に厳しいんだ!?」

「ファッ!?」

「よーくわかったよ! やっぱりね(レ)! 夢の通りだった! 僕、次会う時は男の子になってるから! ほよほよしい旅にしようねルーキ! もう面倒くさいから呼びやすさを考慮してほよでいいよね、ほよ!」

「やめて! 女の子! 次も今の姿でお願いします! あの……天水の羽衣、すごく可愛かったですから! お願いします!」

「ん!? もっと言って!」

「もっと言ったら許してくれるんですか!?」

「おう考えてあげる!」

「すごい可愛かった! ドキドキした! めっちゃ気になってた! 可愛すぎる天使か!?」

「あと三回だよ三回!」

「お姉さん許して!」


 デッ!


 改札の奥で列車の発車ベルが鳴る。


「や、やべっ……いつの間に!? 行かないと! じゃあ、またすぐにサマヨエル!」


 気の利いた別れのシーンも演出できず、ルーキは駆け出す。


「ルーキ!」


 背中にさっきまでとは別人のような優しい声音が当てられ、走りながら振り返ると、笑顔で両手を振るサマヨエルの姿があった。


「最後にわがまま言ってごめんねルーキ! また会おうね! 本当に楽しかった。楽しかったよぉー!」

「おう! 俺もだよサマヨエル! 次もいいRTAにしようぜ! 色々ありがとな!!」


 そう伝えて前に向き直った瞬間。

 ゴォン……と重低音を響かせ、列車が動き出す。


「えっ……何で!? デッしか入ってないじゃん!?」

「何やってるんですかルーキ君!?」

「アホすか兄さん!? 早く列車に逃げ込めー!!」


 すでに乗車していたリズとサクラが、大慌てで車両の窓から身を乗り出した。


「ちょ、ま、待てええええ!」


 ここで乗り遅れたら、一体どんな顔をして次の列車を待てばいいのか。

 外からホームは丸見えだ。サマヨエルはこちらが乗り過ごしたことをすぐに気づくだろう。その後、どのツラ下げて彼女に会いに行けばいい?


 呆れられるに決まってるし、壮絶ガバな空気になるに決まってるし、俺いじけちゃうし。


「走れえええええええッ!」


 無人のホームを全力疾走する。列車はそれを置き去りにするかのようにいつになく加速。

 だが、ぎりぎりでグラップルクローの射程距離に到達する。列車最後尾の手すり目がけて、アンカーを射出!


 間に合った!


 カーン!


 が、過酷で長期に及ぶなRTAのせいで照準が歪んだのか、アンカーは手すりを噛まずに弾かれてしまう。


「んんんんんんぬゃああああああああ! 救いはないんですかあああああああ!?」


 跳ね返ったアンカーとワイヤーを、二つの手が掴んだ。


「まったくあなたという人は!」

「これだから兄さんは!!」

「ああああああ委員長! サクラあああああ!」


 その二人だった。


「サクラさん、引っ張りますよ。せーの! 来た、来た!」

「来てんだろ!」

「えっ、ちょ……ぎゃあああああああああ!!」


 ルーキは吊り上げられた魚のように強制的に宙を舞い、少女二人が待ち構える列車最後尾へとダイブしていく。

 その軌道は少女たちを飛び越え、その奥にある列車の壁へと続いていた。


「ぎょえーーーーーっ!!」


(カーン!)


 時間差カーンが悲鳴をかき消し、列車はローラシュタットを旅立っていく。

 いつまでも手を振る一人の少女と、走者たちの余熱を残したまま。


 彼が語る〈ロングダリーナ〉RTAの完走した感想は、いつもここで終わりだ。

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