第104話 ガバ勢と〈ロングダリーナ〉との別れ
ロングダリーナ〈ランペイジ〉RTA、第四十六位。
それがルーキたちの最終的な順位になった。
本来ならこの四分の一以下の数字であったのだが、〈ランペイジ〉の順位は案内人のサマヨエルが祭壇にタッチした瞬間に決まる。天井付近にいた彼女を下に降ろすのに四苦八苦するうち、他のパーティがどんどんゴールしてしまったのだった(ちなみに、同じく天井に潜んでいた強豪パーティはすでにゴール済みだった)。
しかし、ソーラ復活という近年まれに見る大凶事となったこのRTAにおいて、その第一陣に加わっていたルーキたちを侮る者は、少なくとも、その事実を知る者の中には一人たりとも存在しない。
未熟な新人ばかりで構成されたルーキ・パーティ。完走したと思い込んで喜んでいたら実はまだタイマーストップではなく、順位がメタクソになったガバ一門のガバガバガッヴァーナ。
ここにまた一つRTAの心得が生まれ、後の世の若者たちを強く戒めることとなる。
しかしそれは別の時代、別の走者たちの物語だ。
※
RTAの心得一つ。
走者は開拓民たちの邪魔にならぬよう、歓喜に沸く人々の声は背だけで受け、クールに立ち去るべし。
いかなる聖戦であろうと、ささやかな私闘であろうと、開拓民の宴には加わらず、速やかに次のRTAへと向かう。それが走者の不文律。彼らの後日談はいつだって素っ気なく、物足りないものだ。
ソーラを撃破したルーキたちは、相変わらず走者目当ての観客で沸き立つポワンヌールから、大鉄道があるローラシュタット行きの臨時船便に乗り込んだ。
この時、まだロングダリーナの洞窟に挑んでいるパーティもいたというから、このRTAの難しさが身に染みる。ソーラを撃破した以上、〈ランペイジ〉としての効果は薄いが、それでも最後まで走ろうという心意気は密かにルーキの胸を打った。
そして一行はローラシュタットへ。
完走した走者を見送ろうと、ここにも多くの観衆が詰めかけ、お祭り騒ぎになっていた。
ルーキたちも熱烈な歓迎を受けたが、もっと順位が上のレイ親父や一門の先輩走者たち、そしてガチ勢たちの凱旋はこんなレベルでは済まなかったらしい。
ソーラ撃破。当人たちの足よりも素早く開拓地を駆け巡ったその情報が、彼らを稀代の英雄にしたのだ。
遅れて帰還したルーキたちの扱いは、その後塵を拝した敢闘賞と言ったところ。
現在の順番とタイム的に考えれば、このパーティが一番槍を務めたと気づく者はほぼいなくて当然ではあったが。
「はあ~あ、そういうオチかよお……」
観光客用の簡易ベンチに腰掛けたカークが、彼らしい気だるげなため息をつく。
「何拗ねてるのカーク?」
出店で配っていた走者まんじゅうを食べながら、サマヨエルはたずねた。
「だってよお。あんだけ苦労して、頑張ったで賞だろ? 普通に考えて勇者サマ英雄サマじゃね? オレら。なあルーキ?」
サマヨエルの隣で走者まんじゅうを頬張っていたルーキは、苦笑と共に答えを返す。
「俺は走者だよ。勇者じゃない。タイムが遅ければそれまでだ」
「そういう話をしてんじゃねーよ。おまえ、アピール力足りないとか言われねえの? そんなんじゃ甘いよ。口の上手いヤツに手柄横取りされんよ?」
「ルーキは謙虚なんだよ。ねっ?」
サマヨエルに微笑まれ、ルーキは頭を掻いた。
「いやあ、ルタの街帰ったら完走した感想とか思い切りやってるから、どうかな……」
「まあ、無自覚で余計なアッピルしてる時もありますしね」
「そっすね。自重してほしいすね。反省してほしいすね。しろ」
委員長とサクラから苦情というか不可思議な圧力がかかり、ルーキをわずかに後ずさりさせる。
実際のところ今の順位には納得などしていない。心残りは当然ある。しかし、結果はもう出てしまっていて、次のRTAはきっとすぐに始まるだろう。
結果は過去に置き去りにして、先へと進まなければならなかった。
そう。たとえ、ソーラ撃破直後、なぜかこちらに近づいてきた(ように見えた)スタールッカー姉貴にお礼を言おうとしたら、無表情のままかりうのケースを腹にドゴォとぶち投げ込まれたことも、乗り越えなければいけない過去なのだ。
……何でそんなことされたのか全然わからないし、他の走者たちに聞いても「それ考える意味あんのか?」という反応だった。だから、考えるのをやめたのだ。
と、そんな苦々しいことまで思い出した時。
「やはり謙虚じゃないとダメかー」
背後から聞き覚えのある声をかけられ、ルーキは慌てて振り向いた。
「……!? ムーペコのじいさん……じゃなくて、ムーフェンシア王……!?」
「うむ」
そこにいたのは、以前会った時よりもだいぶ品のある服装の老人――ムーフェンシア王だった。隣にさりげなく立っている平民姿の男は護衛だろう。
ぎょっとしたのはルーキだけでなく、カークも「ゲエッ!?」と悲鳴を上げてベンチから立ち上がり、気をつけの体勢になった。
「見事やり遂げてくれたな。勇者よ」
「ど、どうも……」
「わしもお忍びで来ているので、声高に祝福はできん。許せよ」
「も、もちろんです」
ルーキは恐縮しながら応じる。正体を知らなかったとは言え、先の馴れ馴れしい言動の記憶はまだある。一応、好印象だったという話は聞いているが、所詮は人づてだ。すねにガバ持つ一門は権力に弱い。はっきりわかる。
「走者には走者の時間がある。長話は礼を欠くな。手短に言おう。世界を救ってくれて、ありがとう……!」
「……! どういたしまして……」
ルーキは庶民的な答えを返した。
こういう時、無駄に謙遜せず、さらには横柄にもならずに素直にお礼を受け取るにはどんな返事が適切なのだろう。気の利かない自分が少し情けなかった。
王はさらに言葉を重ねる。
「カークも」
「……? へ? オレっスか?」
「よくやった。他の走者から話は聞いておる。ソーラと戦った勇者たちの中に、ムーフェンシアの兵士がいたと。おまえ以外にはおるまい」
「……!!」
カークが目を剥いた。
「ムーフェンシアを代表し、おまえの功績をたたえる。このメダルを受け取るがよい」
ムーフェンシア王がちらりと視線を送ると、護衛の男が小さなケースを差し出した。
王が蓋を取ると、そこには盾が描かれたメダルが収まっている。
「ムーフェンシア堅勇鉄壁十字勲章。あらゆる苦難を受け止め、なおも前進をやめぬムーフェンシアの真の兵士にのみ贈られる栄光だ」
彼はカークの首にメダルをかけた。
「見事な働きだった。国に帰ったら、みなにこのことを知らせよう」
そう告げたムーフェンシア王が続いてリズやサクラ、サマヨエルにまで向き合うのを尻目に、カークは首に提げたメダルを手に取り、まじまじと見つめながら、独り言のようにルーキに言った。
「……戦いの内容を考えりゃ、オレには過ぎた勲章だけどよ……。オレは辞退しねえよ? こんなのもらえるの、一生に一度あるかないかだからよ」
「ああ。それがいいと思う」
ルーキが同意すると、彼は少しほっとしたようにこうも続けた。
「足りねえ分は、これから埋めていけばいいんだよな……。ホントは大したことねえってバレて後ろ指さされても、そんなの気にしねえで、いつかホンモノになれるように毎日積み上げていけばいいんだよな……!」
そう言って見つめてきた目は、いつになく真っ直ぐで、堅牢だった。
普段の彼なら下心丸出しで小躍りしていたに違いない。だが、そうはならなかった。
卑屈でも浅薄でもない、成長し、これからさらに伸びようとする男の姿がそこにあった。
「そうだカーク。俺たちは、これからだ」
その返事に「へッ」と笑うと、カークは改めてルーキと向き合ってきた。
「てめぇとの旅、楽しかったぜルーキ。いや、リーダー!」
「俺もだカーク。おまえがいてくれて本当によかった!」
どちらからでもなく、ルーキとカークは示し合わせたようにガガシシと固い握手を交わしていた。そしてそれが最後だと、お互いわかっていた。
男同士の別れには、短い感謝と、握手があればいい。
それで十分だ。
と。
「あ、あの……。カークさん、ですよね?」
「え?」
かぼそい声に二人で振り向いてみれば、そこにはローラシュタット城のメイド姿の少女が一人、小さな肩を縮こまらせ、気弱な顔に精一杯の勇気を広げて立っていた。
「ああ、オレがカークだけど……」
「こっ、これ……!」
少女は大事そうに胸に押し当てていた封筒を、勢いよくカークに突き出した。
伏せた顔が赤面していることがわかるほど耳まで真っ赤にしながら、彼女は告げる。
「わ、わたし、カークさんがムーフェンシアからローラシュタットまで一人で来た時、すごいなって思いました……! それで、次はソーラと戦ったって聞いて……! こ、これ、わ、わ、わたしの気持ちです、読んでください!」
そこまで言い切ると、少女は「きゃーっ」と顔を両手で覆ったまま走り去ってしまった。
しばしぽかんとしていたカークとルーキだが、
「お、お、おいィィィィィィイイイ!? ルーキ、おい見たか!? 見たか今の!? おま……これ見ろよ!? えぇ……? や、やべえよ!? オレやべえよこれ!?」
さっきまでの真摯な姿はどこへやら、浮かれきった顔のカークが情報量ゼロの台詞を吐き散らしながら、ルーキをバシバシ叩き始める。
「やっべ……! やっべーよ! なかなか可愛い子だったよな? いや、つーか、すげー可愛かったんじゃね? いや間違いなく世界一可愛い子だったわ! 運命感じた! これあるわ! 断然あるわコレ!」
「あ、ああ。確かに可愛かったな」
カークはシュタッと手を挙げ、
「じゃあオレ、あの子と幸せになっから! お前もいつまでもちびっ子どもの面倒見てないで、いい相手見つけろよ!? じゃあなルーキ。またいつか会おうぜ!」
そう言って「おーい、ちょっと待ってくれよー!」と人込みに消えていった。
「最後まで相変わらずな人ですね」
「出発前と何ら変わらない気がするっす」
リズとサクラが呆れたように言うが、ルーキは同意しなかった。
人込みに紛れたカークが一度こちらを振り返り、こちらに向けてメダルを高々と掲げてみせたからだ。
まるで、今日までの何もかもの結晶をオレたちは手に入れたんだと、誇るみたいに。
きっと彼なりの別れの作法だったのだろう。
湿っぽいのは似合わない。確かに、この別れに寂しさなんて少しもない。
大したヤツだった。
「人に気づかれると困ったことになる。そろそろ我々も行こう。走者たちにさらなる武運があることを」
そう言い残し、ムーフェンシア王とその護衛も去っていった。
「先に行ってますよ」
「遅れないでくださいっすね」
リズとサクラが駅舎の中に消え、気づけばルーキはサマヨエルと二人になっていた。
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