第103話 ガバ勢とはるかなる栄光

 戦いは熾烈を極めた。


 祭壇の間の入り口付近は、床や壁は無残に砕け、倒れ伏した者たちとその武具で埋め尽くされた。

 それを片っ端から働き者のソーラ鳥が連れ去っていくと、数で劣る走者側のさらなる劣勢が露わになる。


「ちかれた。歩きたくない……」

「チクショーメ!」


 ルーキは激闘の中、耳元で繰り返される呑気なうわ言にヤケクソの言葉を投げかけていた。


 背中に覆いかぶさって動かないのは、少し前まで太陽のように燦々と輝いていたプリムだ。


 ボウケンソウシャーのガチバトルは基本的に短期全力決戦。元より燃費が悪いがゆえの最小歩数縛り〈ピサルム〉を敷く彼女に長丁場は鬼門中の鬼門で、エネルギーを使い尽くした今、病んだ眼差しで人をガン見してくる危険な姫騎士に逆戻りしていた。


「動きたくないいいい……!」

「ウギャアアアアアー!」


 背後から近づこうとしたシルバーアイアイを、プリムが突然振り回したグレートソードが薙ぎ払う。

 側面からルーキににじり寄ろうとしていたモンスターたちも、今の動きで大きく牽制された。


「た、助かった。ありがとナス! プリム姉貴!」

「楽ちんちん……」

「それやめろ! じゃなかった、ち、ちんの数が適切!」

「うぇへへ……」


 全体バフの力こそ失ったものの、背負っているルーキに対しての強化効果は持続していたし、時折思い出したようにソーラの力を宿した武器を振り回してくれるので、ルーキとしても投げ捨てるに投げ捨てられないジレンマがある。


 もっとも、やる気出なさそうなフリして足でがっしりと胴体をホールドしてきているので、案外最後の力くらいは残していそうだが。


「ナイスメガクラだルーキ! 二人で合体攻撃というのは、うちのファイナルシティも研究に出資している『パワードギア』を参考にしたのかな?」

「知りませんよ!」


 敵の真っただ中を後ろ向きのフライングボディアタックで飛び石のように跳ねながら言ってくる市長に、ルーキは大声で叫び返した。


 あの走者キャンプでも見せつけられたが、あの後ろ向きフライングボディアタック市長は乱戦にめっぽう強い。一対多の戦いに慣れていると言ってもいい。あの後ろ向きフライングボディアタックが後ろ向きフライングボディアタックで移動するのはまだ解せないところがあるが、今ほど頼もしく感じられる時はなかった。


「ハッ!」


 タタタタ……と軽快な足音で駆けだしたビルが、数匹のモンスターをいっぺんに吹き飛ばす。だが、その突進の勢いが緩んだところを狙われ、別の敵から吹っ飛ばされた。


 そのまま壁に激突して、その破片に埋もれると、上からまったく無傷のビルがスタッと降ってきた。


 バーニングシティでも活躍した「残己」。それを外でも見られるとは……などと感激している場合ではない。後ろ向きフライングボディアタックも「ウゥワァ!」と吹っ飛ばされた後、上から無傷の状態で降ってきているが、状況は確実に悪化してきている。


 敵味方入り乱れる戦場で、白い鎌がすぐ近くで閃いた。


「ルーキ君、まだ生きてますか!?」

「生きてるよ委員長! そっちの状況は!?」


 剣戟と怒号を間に挟んで、ルーキは怒鳴り返す。


「まだいけますよ。でも……スタールッカー先輩の方は……!」


 言われて、ルーキは本丸たる祭壇の前へと目を動かす。


 スタールッカーもレイ親父も共に健在。〈悪夢狩り〉の一族とも協力して、ソーラの動きを封じている。

 だが、ソーラは体の半分以上が床の上に残っていた。抵抗も激しさを増している。あの破壊精霊をこの世界から放逐するまで、あと一分というわけにはいかなそうだ。


「ガバ兄さん、敵の勢いが増してきたっすよ!?」


 個々の戦いの隙間をすり抜けてきたサクラが、血相を変えて報告する。


「こっちもやべーぞ! この神殿にどんだけモンスターいんだよ!?」


 別の場所で戦っていたカークも逃げるように合流してきた。


「ルーキ、大変だよ!」


 こんな大混戦の中でも不可思議なほどよく通る声が頭上から降り注ぐ。

 見上げれてみれば、掃除用通路から身を乗り出したサマヨエルの姿がすぐ目に入る。


「どうしたサマヨエル!?」

「神殿の外からもモンスターが集まってきてるよ! 多分、ソーラが呼んでる!!」

「な、何だと……!?」


 敵の勢いが衰えないどころか増してきているのはそれが原因か。


 多勢に無勢。ガチ勢はさすがにピンピンしているが、モンスターが勢い任せに雪崩れ込んでくれば、レイ親父もスタールッカーも一気に呑み込まれることは確実だった。


 だが。


「ねえルーキ。何か、通路の奥の方がおかしくない?」


 たまたま近くを通り過ぎたマリーセトスが、どこか緊張感のない声を落としていく。


「え、そ、そうですかね?」


 彼女の言葉はすぐに、実際の変化として現れた。

 これまで一心不乱に祭壇の間に押しかけてきたモンスターが、背後を気にしている。


「何だ? 誰か来たのか?」


 ルーキは怪物たちの咆哮に混じるそれを耳にした。


「ファッ!? 雪原からモンスターがいなくなってこりゃ破門級のグレイトラッキーだぜって思ってたのに、何だこの混雑!?」

「ちくしょう、邪魔だどけ! 押し通ーる!」

「みんな剣舞おどれー!」


 人。それも、走者たちの声だ。

 委員長が気づいて叫んだ。


「後続のパーティです! 雪原のエンカ率が下がって、どんどん突破してきてるんですよ!」

「ここに来て援軍とか最高かよおおお!」


 ルーキも歓喜の声で応えた。

 しかも図らずも挟撃の形。モンスター側は前後に注意を払わなければいけなくなり、その突進力は大きく低下する。


「よおーし、一転攻勢だ!」


 走者たちの総攻撃!


 ツァギ! ツァギ! ツァギ!(天地を喰らう並のSE)


 いいダメージ! しかし!


《クリフトン!!》


「ヌッ!」


《クリフトン!! クリフトン!!》


「クゥーン」「あぁん、ひどぅい」「生きてる証拠だよ……」


 バタバタと倒れる走者たちを目の当たりにし、サクラの悲鳴がこだまする。


「加勢しに来たガバ勢がどんどん乙っていってるっす! はあーつっかえ! ほんまつっかえ!!」

「素晴らしく運がありませんね一門は!!」

「あああ! 一転攻勢が逃げていくうううッ!」


 後続に混じっていたガバ勢が崩壊し、援軍は瞬く間に三分の一ほどを失う。


「ほっほっほ! やはり脳筋には計略! はっきりわかんですね! さあ、皆の者やってしまいなさい!」


 悪霊神官の高笑いと共にモンスター側の逆襲が始まる。


 今度こそ攻め込まれる。ルーキがそう身を硬くした瞬間、さらなる異変がソーラ神殿に巻き起こった。


 そのきっかけは「なっ、何事です!?」という悪霊神官の驚愕の声。そしてそれを呑み込むような重々しい無数のうめき声だった。


 モンスターたちの悲鳴が再び沸き起こる。


「ま、また走者たちが到着したのか!?」


 期待と不安が入り混じった声を上げたルーキは、すぐにさっきとは様子が違うことに気づいて眉をひそめた。


 活きのいい走者たちの鬨の声が聞こえてこない。モンスターでごった返す通路の奥から聞こえてくるのは、ただただ不穏なうめき声ばかり。


 その正体は、すぐに判明した。


「バ、バッドボディだと!?」


 ロングダリーナの洞窟にいたはずの歩く死体たちだった。


 全員が、あの古戦場に突き立っていた武器を握りしめ、その刃をソーラの青白い光で輝かせながらモンスターに襲いかかっている。


「バッドボディたちがなぜここに!? ソーラの影響で暴走しているんですか!?」


 混乱するリズに、ルーキはとっさに湧き出た言葉を覆いかぶせていた。


「違う! 帰ってきたんだよ、戦士たちが!!」


 その姿は悲壮の一言に尽きた。


 彼らが持つソーラの武器は、彼ら自身の体をも破壊する。見よ。かつての得物を一薙ぎした古き勇者たちが、手元から砕けてチリとなっていく痛ましい姿を。しかし彼らは一切の躊躇も保身もなく、かすかに残存する己のすべてを代償に、古の時代、自分に課した最後の義務を全うしようとしているのだ。


 これが勇者だ。

 これが、走者の原点となった者たちだ。


 こんな壮烈な生き様と死に様を見せつけられて、奮起しない者などいない。


「彼らが力尽きる前にケリをつけろ! これが最後のチャンスだ!」


 ルーキの肩をがしりと掴み、凛然たる戦乙女に舞い戻ったプリムがグレートソードを掲げた。


「全軍、突撃ィィィィィ!!!!」


 その瞬間、大乱戦ランペイジのボルテージは沸点に達した。


『ウオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 プリム(とその下にいるルーキ)を先頭に、走者たちはモンスターを文字通り部屋の外へと押し返した。


「くああああああっ!」


 正面にいたキリングマシンと鍔迫り合いをしたまま、ルーキは後方からの圧力に任せて敵を通路の奥へ奥へと追いやっていく。

 やがてモンスターの群れを通路の突き当りに追い詰めても、その勢いは収まらない。


「ぶち抜けえええええええ!!」

「いけえええええええええ!」

「最後の一撃くれてやるよオラアアアアアァ!」


 プリムのバフ効果――いや、それ以上の不可思議な底力を得て、走者たちはモンスターたちを神殿の壁ごと撃砕。そのすべてを、はるか地上にまで追い落とした。


「やったぜええええええええっ!」


 最前列でそれを見届けたルーキは腹の底から歓喜の声を上げた。


 すぐ隣の誰かと喜びを分かち合おうとした彼の目が捉えたのは、白骨化した頭蓋を半分砕かれ、片腕を失い、今にも崩れ去りそうな亡霊の勇者だった。

 深い闇を湛えた眼窩と目が合い、しかしルーキは何の恐れも、嫌悪感も抱かなかった。


 彼らは今日、ついに、成し遂げたのだから。


「完走、お疲れ様でした」


 ルーキはほとんど無意識のうちにそう言い、頭を下げていた。


 勇者は何も言わず、静かに、灰となって崩れ落ちる。


 語り継いでほしいとルーキは心から思った。彼の完走した感想を。彼の誓いと、奮闘と、乗り越えてきた困難のすべてと、それに聞き入る人々の様子を。

 かつての勇者とそれに続く走者たちの栄光は、すべてそこに詰まっているのだから。


 しかし、新たなRTAはまだ終わってはいない。


「ソーラはどうなった!?」


 誰かの叫びが、勝利の余韻に浸る走者たちをはっとさせた。

 ルーキたちは祭壇の間へと駆け戻る。


 そこでも一つの決着が着こうとしていた。


 うなりを上げて迫る巨大な悪魔の尻尾。それに呼応して跳んだ白髪の走者。

 大上段から放たれる垂直の断閃は、青白い煌めきと共に、白刃に空いた穴から笛のような高い音色を奏でかける。だが、それが音を立て切ることはなった。


 鱗を破り、肉を裂いて骨を断ち、同じ工程を経て向こう側まで斬り抜いた刃の後には、破壊精霊の大絶叫だけが衝撃波のように響き渡る。


 そして、続く声。


「てめえの敗因は俺を破壊しようとしたことだよデカブツ。床でもぶち抜けばまた違ったろうに、そんなんじゃ甘えよ」


 その走る意志は、破壊精霊でも砕けない。


 斬り飛ばされた尻尾が勢いよく壁にめり込んだ直後、ソーラの頭部に乗っていたスタールッカーの手のひらも、一段下へ、ぐっと押し下げられた。


 ソーラの体が大きく沈み、そこからは一気呵成。

 抵抗力を失った破壊精霊は、不気味な雄叫びを広げながら、ここではないどこかへと消え去っていった。


 フロアの床に初めて足をつけたスタールッカーが、下方向へと傾けていた体を静かに戻し、何も見つめていない目で、入り口のところにいるルーキたちを見る。


『よっしゃああああああああああああ!!!』


 無感情の彼女の瞳に、武器を放り投げて喜びを爆発させる人々の姿が、ただ反射していた。

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