第21話 ガバ勢と超必殺シュート
耳にかぶさる薄い膜となって周囲の音を遠ざけていた緊張感も、フィールドに出るなり押し寄せた歓声によっていともたやすく破り捨てられ、掻き消えた。
コロシアムのフィールドには、四つのコートがあった。
一つは先ほどのチーム・ジモトメンズがすでに試合を始めており、最初から逃げ惑う彼らに対し、客席の怪人たちから嘲りの笑いが飛ばされている。
他二つのコートに人影はなく、最後のコートにルーキたちの対戦相手が待ち構えていた。
「あれが四天王っすか」
「コンドルのマスク……じゃないよな」
「ええ、あれが彼らの生来の姿です。我々が知る動物とはかけ離れた種族ですね」
身長は二メートル以上あり筋骨隆々のムキムキマッチョマン。頭部はコンドルそのものだが、体は人間の作りと酷似している。他二名のチームメイトも鳥の顔をした怪人だった。
「フン、おまえたちが今日の最後の相手か」
コートのラインを挟んで向かい合うと、リーダー格、つまりは四天王の一人であろう怪人コンドルが大木のような腕を組んで、こちらを見降ろしてきた。道中でエンカした連中とは明らかに纏っている空気――いや、風格が違う。
「結局、手応えのない相手ばかりのつまらん一日だったな。相手が兎以下では全力を出す気にもならん。また明日に期待するとしよう」
「いえ。あなた方の明日の予定は、一日中病院のベッドの上です」
筋肉量を含めれば三倍以上大きく見える相手に対し、リズは平然と告げる。
それを聞いた敵チームの一人が、硬いくちばしを曲げてニヤリと笑い、
「おもしれえ。ガキだろうと気の強い女は好きだぜ。のたうち回る姿が最高に無様だからな。何試合か前に、よりによってオレたちの前でダークコンドルとか名乗るチームがあったが、あそこの女も傑作だった。男二人をツブしてやったら、途端に真っ青になって、おかしいだとかありえないだとかわめき散らして、最後は――」
「そのへんにしておけ。おまえの趣味の悪さは理解できん」
コンドルが諫めると、チームメイトは「ちっ、反省してまーす」と笑いながら言葉を止めた。どうやら、陰惨なプレイングをする選手がいるようだ。
《ジャンプボールを行います。代表者、前へ》
こちら側は例によってリズ。相手側はやはり、あのコンドルが代表だった。
会場の空気が静まる。観客たちはすでに勝負にもならないもう一つのコートを見限り、こちらの試合に注目しているようだ。
ボールがトスされ、最高地点に達したところで両者が同時に飛んだ。
「!」
ルーキはぎょっとした。
これまでのジャンプボールは、どんな相手だろうとリズの圧勝だった。
しかし今回、跳躍した彼女の前には、巨大な筋肉の壁がせり立ったままだ。
「甘いな!」
腕の長さ分で勝り、コンドルがボールをキャッチする。
「取られた!」
ジャンプボールで競り負けた相手がどうなるか、ルーキはそれを何度も目の当たりにしてきた。
コンドルが空中でボールを振りかぶる。あの剛腕。助走なしでも恐るべきシュートを繰り出すことは火を見るよりも明らかだ。
バシッ! と盛大な音がして、リズが吹き飛んだ。
「委員長!」
ルーキは思わず悲鳴を上げたが、リズは猛スピードで地面へと落下しつつも途中でクルクルと体を回転させ、足から着地を決める。
勢いで数十センチ滑った彼女の腕の中には、ボールがしっかりと抱き留められていた。
「……! やるな」
着地したコンドルが目を見張る。
「受け止めたのか委員長。あの至近距離からのシュートを……!」
「ええ。膂力のみでのシュートなんて、大したことはありませんから」
とんでもない反射神経、そして冷静な判断力だ。ワンミスからチャートをあっさり崩壊させる走者もいる中で、あの程度は想定内というわけか。さすがはガチ勢の卵。
「次はこちらの番です」
「いいだろう。来い!」
コンドルはこちらを向いたまま素早く後退した。
それを追うリズは、ラインぎりぎりまで踏み込んで、強烈なシュートを繰り出す。
しかし。
「フンッ!」
コンドルはそのシュートを分厚い胸板と腕で封殺しきった。
「小兵ながら魂のこもったいいシュートだ! しかし、まだ足りんなあ!」
今度はコンドルの反撃。リズはまたもふっ飛ばされながらも、これを受ける。
「委員長、大丈夫か!?」
少女の剥き出しの腕が赤くなっているのを見て、ルーキは目を剥いた。
コンバットドッジボールの一つの厳しさに気づく。
当たれば即アウトのドッジボールと違い、コンドジは必ずしも相手に当てることだけが正解ではない。たとえキャッチされても、相手にダメージを与えられれば意味はあるのだ。
「あのコンドルは強い。まずは、まわりの敵から倒すべきじゃないか?」
「いい案ですね、ルーキ君。わたしもそう考えていたところです」
リズは眼鏡の位置を直すと、コンドルのチームメイトを狙ってシュートする。
しかし、その威力は目に見えて衰えていた。
「まずいっす……イインチョーさんの腕のダメージが……」
サクラが珍しく焦りの声を発する。
ダメージが蓄積すれば、動きが鈍るだけでなく攻撃力も落ちる。一度劣勢に立てば反撃は難しい。それがコンドジの性質だった。
「へっ、軽い軽い!」
四天王の取り巻きにすぎない相手にも、あっさりと受けられてしまう。
「オラァ! いい声で鳴けよォ眼鏡っ子ォ!」
「……!!」
強烈なシュート。何とか受けるも、それが倒すための球でないことは、ルーキの目にも明らかだった。いわば相手を削るためのシュート。そうしてじっくりいたぶりった後にトドメを刺そうというのだ。
「まずい委員長、狙われてる。下がれ、俺が受ける!」
「いいえ、ルーキ君。ここはわたしに任せてください」
「だけどよ!」
「いいから!」
相手の目論見を知ってなお、リズは譲らなかった。
ガチ勢のプライドゆえか、それともチャートを維持するためなのか。何にせよ、この頑固な判断が吉と出る未来がルーキには見えなかった。
RTAの心得一つ。オリジナルチャートは再走の元。しかし、チャートに固執しすぎることもまた悪手。走者たるもの、時にはチャートを崩して柔軟に対処することも必要なのである。
彼女はそれを忘れてしまったのか。
敵チームもリズの強情さを理解し、それを逆手に取って徹底的に狙い撃ちにしてくる。
敵の内野と外野でボールが行き来する中、ルーキは何とかリズをかばおうとしたが、敵が、そして何より彼女自身がそれを許さなかった。
あえて狙われやすい位置取りをする。
再びコンドルのシュートがリズを捉えた。
バシッという小気味よい音に相反して、受けたリズの体が浮き上がるほどの重い衝撃が、空気を介してルーキにも伝わる。
ボールを抱えてしゃがみ込んだまま動かないリズに、彼はとうとう悲鳴じみた声を発していた。
「もう無理だ委員長。後は俺とサクラに任せて、回避に専念してくれ!」
駆け寄ってボールをもぎ取ろうとした腕を、彼女の手のひらが止めた。
土ぼこりに汚れた汗を一筋垂らした端正な顔が、ルーキを静かに見返す。
「いえ。もう勝負はつきました」
「えっ?」
コートの外から声が響いた。
《当該選手のキャッチカウントが五回に達しました。超必殺シュートの使用が許可されます》
――ウオオオオオオ!!!
会場がどよめく。ルーキは戸惑いつつ周囲を見回した。
客席は総立ち。特に、開拓民たちが両腕を振り上げて絶叫している。
「委員長、これは……!?」
「ルーキ君。コート脇にあるあの看板に気づいていますか?」
委員長が目線で示した先に顔を振り向けると、そこには選手の名前を書き出したボード。そして名前の横には、何かを示すマークが並んでいる。
「相手からのボールを五回キャッチした者は、ボーナスとして必殺シュートを上回る超必殺シュートを撃つ権利を与えられるのです」
「ちょ、超必殺シュート!?」
それは、これまでの戦いでは起こり得なかった事態だった。
しかし考えてみれば、そもそもドッジボールというのは、回避をメインの防御としたスポーツではなかったか。
特にコンドジでは、ボールを手にした以上は一球一殺。一人のプレイヤーが五回も捕球すること自体、稀にしか起こらない珍事なのだ。
これは、そんな拮抗状態を打破するための一種の措置ともいえるルールなのかもしれなかった。
「し、しまったァ! そのためにあの小娘は、自分にボールを集中させてやがったのか!?」
「落ち着け! ヤツの低下した体力では強力な攻撃などできるはずがない。耐えきればいいのだ!」
うろたえる仲間を鼓舞するコンドル。
確かに、ヤツの言うことも一理ある。委員長の受けたダメージは本物だ。シュート力はあとどれほど残っているか。
「大丈夫なのか、いいんちょ……」
ピリッという音がリズから弾け、ルーキは言いかけた言葉を飲み込んだ。
少女の華奢な体から、青みがかった光の筋が新芽のように芽生えては、音を立てて散っていく。大きな碧眼が内側からぼんやりと輝き、徐々にその度合いを増していった。
「こ、これは……ッ!」
知っている。この彼女の眼と体を這う無数の紫電を、訓練学校時代に見たことがある。
勇者の一族のみが使える大魔法。訓練場に並んでいた藁人形十体を、一瞬でスミクズにしてみせたあれを、必殺シュートに応用しようというのか。そんな器用なことができるのか。
「ん?」
しかしルーキは違和感を覚える。委員長はその場に棒立ちで、助走もつけないどころか、ボールも脇に抱えたままだ。
「え、あ、あの、い、委員長、超必殺“シュート”撃つんだよな?」
開拓地では敵側のルールに沿わなければならない。
それは試合前に彼女自身が口にしたことだ。
シュート。あくまで、ボールでの攻撃なのだ。
しかしリズは何も言わない。さらに放電音を強めていく。
「キレてるのか委員長!? まずいですよ!」
ルーキの声にとうとう最後まで答えず、リズは紫電を纏わせた腕を大きく振り上げ、死刑宣告のごとき人差し指をコンドルたちに突きつけた。
「我、ティーゲルセイバーの白き血脈が勅命する! 激昂の精霊たちよ、かの黒き敵に
晴れ渡っていた空が、黒い絵具を落とされたように一瞬にして淀む。
「ギガレイン!」
「直にいったああああああああああ!」
轟音と閃光がルーキの五感を白く圧倒した。
雨の如く降り注ぐのは、それ一筋一筋が必殺の威力を秘めた雷撃だ。初撃で叩き伏せられたコンドルたちが、雷光の中でのたうち回るが、しかしそれは、彼らの抵抗の証ではない。激流に呑まれた落ち葉が、行く先々の水流に右へ左へ翻弄されているのと何一つ変わらないのだ。
一瞬あれば死ねる地獄の時間はたっぷり数秒続き、リズが指先を大きく横に振り切ると同時に、唐突に収まった。
コンドルたちはピクリとも動かなくなった。
「い、委員長……」
ルーキはキーンと鳴る耳を押さえながら、何とか彼女に言った。
「あの、シュート……」
「え? …………。ああ……」
リズは思い出したようにボールを見つめ、敵陣に手投げした。ボールはのどかな山なりの軌道を描き、てんてんと転がった後、コンドルに当たった。
《プレイヤーがボールを投げ、相手が倒れているので超必殺シュートと見なします》
「因果関係ィィィィィ!?」
ウオオオオオオオ!!!
ルーキのツッコミは、観客席たちからの歓声に飲み込まれて消える。
「勝ったぞ! 四天王を倒したああああ!」
「じゃあ明日は!?」
「魔王閉店の日!」
魔王側が用意した小人ゴーレムが可としたのだから、双方から異論が出るわけがなかった。そのまま担架で運ばれていく敵チームに若干納得いかない気持ちはありつつも、ルーキはすぐにもっと大事なことを思い出した。
「そ、そうだ委員長、腕見せろ!」
「えっ」
ルーキはリズの両手首を掴むと、内側にひっくり返した。
彼女の細腕は、キャッチのダメージで赤く腫れあがり……。
「ん?」
ルーキはまじまじとそれを見た。
リズの腕は腫れてはいるのだが、それ以外にも奇妙な傷跡がついている。
「あ、これ、わたしがつけた引っ掻き傷ですよ」
彼女はあっけらかんと言った。
「ひ、引っ掻き傷……?」
「バレないよう、試合中にこっそりと腕を引っ掻いてたんです。よく赤く腫れるように。あんなシュートぐらいで、わたしの腕がどうこうなるわけないでしょう?」
「ど、どうしてそんな……」
するとリズは薄く笑い、
「相手が弱っていると思えば、そこにつけ込みたくなるのが戦士というものです。これで、敵の攻撃をわたしに集めさせたというわけですね」
すぐ横にいたサクラも、
「鳥の中には、偽傷といって、巣のヒナを守るためにわざと傷ついたふりをして敵をよそに誘導する利口な種がいるっす。まあ、あの鳥頭たちは知らなかったみたいっすけどね」
言うそばからリズの腫れは早くも治まりかけている。
「じゃあ、ここまでの流れは全部……」
「ちゃーんとチャート通りっす。焦りの演技をしたサクラのさりげないサポートもヨロシク!」
変な決めポーズまでついたサクラの返答に、ルーキの全身から気が抜けた。
「驚いたぜ……。それならそうと……ああ、言わないのが、委員長のチャートだったな」
「すみません。でも……心配、してくれたんですね」
「そりゃあするさ。何とかしねえと委員長がやられるって、マジでクッソ焦ったよ」
「ど、どうも……。それで、その、そろそろ手を離してもらえませんか」
居心地の悪そうなリズに言われ、ルーキはまだ彼女の手首を掴んだままだったことに気づく。腕はもう、普段の白さを取り戻していた。が。
「ん……? 委員長、今度は顔が赤いぞ。それ何だ?」
「えっ」
「だから顔が赤いんだって。何かあったのか? 今、聞き返したってことは、それはチャート通りじゃないな? 何だよ。やっぱり、何かダメージを受けてたのか?」
「え、あ、い、いえ、これはその、そういうのではありません。全然元気ですから、そんなに見ないでください」
リズは顔を手で隠しながら後ずさった。
「ナズェ逃ゲルンディス!? 決勝戦は明日だぞ。風邪とかだったらマズいだろうが! あれか? 傷の治りは早いけど、消費するエネルギーも大きいとかそういうことなのか!?」
「元気いっぱいです。でも来ないでください。ほっといてください」
「そんなこと言われたら余計心配になるだろうが!」
「はあ……。あんたたちホントに仲いいっすね。うーれさせばとみさ」
サクラのそんな意味不明なつぶやきを挟みつつ、ルーキとリズの言い合いはしばらく続いたのだった。
そしてルーキはその日の夜、リズに散々さっさと寝るように言いつけた後で気づく。
「レベリング、まったくしてなかった……」
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