第20話 ガバ勢と決勝大会
三号と別れたルーキたちは、順調にハトボの町へと近づいていた。
委員長のチャートによると、今チャートにおける総戦闘回数は驚異の三回。
三兄弟によるテスト、大会本戦でダークヘッドの手下と一度戦い、その後の決勝戦。これのみだ。よって、それ以外のエンカはすべてロスに計算される。
「レベリングはこの三回で終わらせます」
というのが彼女の弁だったが、三兄弟との戦いでルーキの出番はほとんどなく、残り二試合で必殺シュートに開眼するほど土地に順応できる自信もなかった。
ルーキはリズを信用している。
いかに彼女のチャートが無茶でも、極力それに沿いたい気持ちはある。
だが同時に、RTAには不確定要素がつきものだということも知っている。
ハトボの町まであと少しということで、恐れていた事態が起こった。
「おい、そこのネーチャンたち。ちょっと待ちな」
リザードマン風の怪人に呼び止められたのだ。
「ヒッ……」
「ぴぃ……」
ルーキとサクラは悲鳴を上げ、互いをかばい合うように抱き合って震えだす。
頼れる仲間の三号はすでに使い切られている。
「へっへっへ、そんなにビビるこたあねえよ。ただよ、ちょっとオレと遊んでほしいだけさ。近々大会があるから、その準備運動を兼ねてな……」
そんな男の口上など三分の一も耳に入らず、ルーキたちはただ痙攣する眼差しでリズを見た。
ガチ勢にはガチ勢にしかわからない執着と信念がある。やると言ったら本当にやる怖さがある。
三号の次を舞うのはどちらか。
しかし彼女が告げたのは、どちらの名前でもなかった。
「狩ります」
『えっ?』
「相手は一人です。なら、倒す方が早いでしょう? わたしが行きます」
理路整然とした物言いに、異論をはさむ余地などない。九死に一生を得たルーキたちは『どうぞどうぞ!』と喜んでその提案を受け入れた。
すぐさま街道脇のコートへと移動する。
「チッ……。なんだ、よく見ればどっちのネーチャンもガキな上に貧乳かよ……。ジャンプボールのついでにあっちのハイジャンプも見せてもらおうと思ったのに、これじゃぴくりとも揺れねえじゃねーか。さっさと終わらせて、もっとイイ女探そ……」
その冴えない台詞が男の遺言になった。
ジャンプボールを制してからのお馴染みの一撃で相手を地面に仰向けに寝かせると、ルーズボールを確保後、リズは何を思ったか、突然コートの後ろに向かって走りだした。
それが助走だとルーキが気づいたのは、彼女が外野にはみ出るほどの大ジャンプをした後。
空中で振り向き、位置エネルギーと運動エネルギーを乗算させたシュートを撃ち放つ。
開幕の至近距離では必殺シュートのための助走ができない。それを、彼女はあえて敵とは逆方向に走ることで解決したのだ。
しかし、ルーキが戦法の多彩さに素直に感心できていたのはその時だけ。
「おぶぇ!?」
槍のように尖ったボールに腹部を直撃され、怪人は胃液をまき散らしながら転げ回った。しかし、続く一撃を胸部に受け「ウッ」とリアルな悲鳴を上げた後は、痛みから解放されたようでぴくりとも動かなくなった。
「そちらの体も少しは薄っぺらくなったようで、これでわたしたちお友達ですね……」
私怨がたっぷり詰まった目で見下ろす委員長の腕を引っ張り、ルーキたちは逃げるように事件現場を離れた……。
※
そんなことがありつつたどり着いたハトボの町は、ダドルたちの町とは異なる雰囲気に包まれていた。
「みんな外でキャッチボールしてるな……」
「ピリピリしてるっすねえ」
ルーキとサクラは物珍しそうな顔で、通りでボールを投げ合う人々を見つめた。
ダドルたちの町では、練習しているのは彼とリトルくらいしか見かけなかったが、こちらは町全体がそうなっているようだ。
住人全員が一つの競技にハマっているという、どこか熱狂的でお祭り騒ぎな光景は、しかし彼らの切迫した顔を見れば一瞬で消し飛ぶ。
本来色んな商品が陳列されていたであろう大店の棚に、プロテクターやシューズといったコンドジ用品しか置かれていないのも異様だ。
「ハトボの町は他と違って大会出場のためのテストがありません。みな、平和を取り戻すため、チャンスをうかがっているのでしょう」
町のあちこちに張られているコンドジ大会のポスターを見ながら、リズがそう分析する。
ポスターには鉄兜の人物が描かれていた。こいつがルート48・07を襲った魔王ダークヘッドと見て間違いないだろう。
一つ目の怪物を模した鉄面のせいで性別すら判然としないが、それよりルーキは、どこか賞金首の手配書を思わせるデザインの方が気になった。
作ったのはダークヘッド側だろうに、挑発のつもりなのか、それとも……。
「今日はあの人たちのゲームがある日だったよな」
試合会場である町の中央のコロシアムに向かう途中、キャッチボールをする人からそんなつぶやきがもれるのを聞いた。
「勝てるかな」
「やってくれるはずだ。あの人たちは走者だからな」
どうやらルーキたちより早くたどり着いた走者たちがいるようだ。
「せめて応援してあげたかったけど、闘技場は今日も満席……」
「もうよせ。俺たちにできることは、万一に備えて本番まで練習を欠かさないことだ。次、強めに行くぞ!」
人々の話を背後に置き去りにしながら進むと、やがてコロシアムが見えてきた。
石造りの立派な円形闘技場だ。ただ大きいというだけでなく、戦士や武具を象った石像や彫刻があちこちに見られる。ここまでの施設となるとルタの街にもない。
観客目当ての出店も出ており、魔王支配下の独特な緊張感の中にあって、意外に繁盛しているようだ。
「あのコロシアムは、開拓民が入植する前から存在していたものを補修して使えるようにしたそうです。いわば、古代の遺跡ですね」
「へえー、すげえなあ……」
「のんきしてる場合じゃないっすよ二人とも。さっさとエントリーして、安全なところに行くっす。ここでだってどんなヤツらに絡まれるかわかったもんじゃないんすから」
身の危険を感じているらしいサクラに背中を押され、入り口へと近づいた時だった。
闘技場が震えた。
人々の歓声だ。いや、声というより、それは感情の鳴動そのものだったのかもしれない。
ややあって、コロシアムの入り口から慌てて飛び出てくる複数の人影があった。
担架を担いだ小人ゴーレムだった。
白目を剥いたまま運ばれていくのは、明らかに町の人間ではない旅装束の男。
(走者だ……)
ルーキは呆然と立ち尽くした。
「クソッ、チャートが甘かった……!」
二つ目の担架に付き添う男が、血を吐くような声で叫んだ。
担架の中の男がズタボロなのに対し、彼自身はほとんど無傷のように見える。
「まさか、ダークヘッドがあんな卑怯な手を使ってくるとは……! 俺さえいれば、こんなことにはならなかったのに、すまん、マイク……!」
男は悔恨を言葉から迸らせつつ、人込みに消えていった。
「彼らは、よくて再走、悪ければ完全にRTA断念ですね」
彼らを見送ったリズが、重たい口調で言う。
三人のうち二人を倒されたのだ。もし一般の魔法医療が通じないようなダメージを負っていれば、完治までは数週間から数か月かかるだろう。とても即再走できるようなコンディションではない。
「あの人たち、決勝までは進めたみたいっすね」
「一体、どんな手を使われたんだ?」
「行きましょう。我々は、まず次の試合を勝たなければ話になりません」
リズにうなずき返し、ルーキたちはコロシアムへと入った。
外見の古めかしさは内部も変わらないが、タペストリーや照明で現代風にアレンジされ、古の歴史を感じさせつつも生の威厳を上手く混ぜ合わせている。
当日の参加申し込みまでの刻限が看板に出されているのを見て、ルーキはぎょっとした。
かなりぎりぎりだった。どこかで時間を食っていたら、それだけで丸一日分の大ロスだ。
「ちゃんと間に合いましたね。チャート通りです」
リズが生真面目な顔を少しも変化させずに言う。
三号を犠牲にしてまでタイムを求めたのは、ここに実質的な足切りがあったからなのだろう。
一試合分の時間くらい、道中駆け足でもすればいくらでも取り戻せそうな気もするが、そういう考えは危険だ。走者の歩行というものは、一般人よりも明らかに速い。それをさらに急ぐとなれば当然体力を消費し、様々な場所で悪影響をもたらした末に、一番大事な場面で致命的なミスを誘発させる。
言い訳ともとられるかもしれないが、こうしたドライな部分は、走者がみな“覚悟”として持っておかなければならない気構えだった。
ルーキたちは足早に受付カウンターへと向かう。
受付係は町の人間が行っていた。こちらを見るなりはっとした顔になり、帳簿に記入の際にも「どうか頑張ってください」と哀願する声を聞かされたルーキは、彼女の事情を察して憤りを覚えた。
きっとこの女性は、何組もの敗北する挑戦者たちを見送ったのだろう。さっきの思い詰めた声は、自分が人々を地獄に案内していることに責任を感じている節さえあった。
ダークヘッドの支配は、他の開拓地に比べれば残忍というほどではない。しかし確実に悲劇を生み出している。その横暴を許すわけにはいかなかった。
観客たちとは異なり、ルーキたちは選手用の控室へと通された。
挑戦者はエントリー後、即時試合というのがここのルールらしい。
不満だともアンフェアとも思わない。
ここは町ごとダークヘッドの牙城だ。さっきの走者が言ったように魔王が卑怯な手を使ってくるのなら、試合までの日数を空ける方がむしろ危険だった。
控室に入った瞬間、ルーキは空気の質が変わるのを肌で感じた。
飲み込むのも一苦労な硬い空気が体を包み込み、それまで鮮明に響いていた闘技場の雑音を一回り遠ざける。物質化するほどに高められた緊張感と闘志が、そこにあった。
室内の人数は決して少なくなく、狭苦しいほどだった。
しかし気安く雑談している者はわずか。男女問わず備え付けのベンチに座り、ただ静かに集中している。
「チーム・ダークコンドル。試合だ。出ろ」
一つ目の怪人が戸口から呼びかけると、三人組の男女が、ばっと立ち上がった。
「よし、やってやらあ!」
「あたしらのポテンションを見せてやろうよ」
「どんな相手が来てもオレの〈毒針〉で一撃だ……」
他にもいくつかのチームが呼ばれて部屋を出ていったが、しばらく時間がたち、会場の声が何度か変化を見せても、帰ってくる者はいなかった。
そしてまた呼び出しがかかり、数人が出ていく。
先ほどの者たちより、さらに硬い空気を纏って。
その後も部屋の人数は減る一方だったが、解放感はない。空いたスペースにはまるで彼らの怨念のような重苦しい空気が居座り続け、誰も彼もをベンチに縛り付けていた。
残ったのはいよいよルーキたちを含めて二チームのみ。
「おい、おい……あんた……」
その段になって、すぐ正面にいたもう一つのチームの男がルーキに話しかけてきた。
恐らくは二十代半ば。部屋に入った直後に見た際は精悍な顔つきのスポーツマンだと思ったはずなのに、今、彼の目は落ちくぼみ、頬はげっそりとこけ落ちて、異様な数の汗の球を顔中に張りつけている。
出番を待つまでに何かの病にかかって、急速に衰弱してしまったかのようだった。
「あ、あんた、なあ、なあ、勝つ自信はあるのか……?」
彼の眼差し同様、声はひどく震えて聞き取りづらい。彼のチームメイト二人も顔を上げるが、共に病人の形相だ。
「あれだけいたのに、誰もいなくなっちまった。あんな強そうなヤツらが、みんな……」
言って彼は顔を手で覆った。まるで汗で顔を洗っているかのような濡れた音がした。
「勝ちますよ。チャートは勝つことを前提に組むものですから」
怨念ばかりになった空気に、凛とした声が吹き込まれ、彼らの目線を集めた。
「チャート……? そうか。き、君ら、やけに若いと思ったが、走者だったのか。オレたちはこの町の人間だ。ス、スポーツが得意だから、目立てると思って軽い気持ちで参加したんだ……」
町の自由のために戦う人間ばかりではない。中には人気者になろうとする者もいるだろう。ルーキはそれを浅はかさは愚かしいと責めることはできなかった。RTAだって、正義感だけで行われるわけではないのだから。
「必殺シュートは使えるのですか?」
リズが確認するように聞いた。
「いっ、いや、全然。走ってもジャンプしても、普通のシュートしか打てない」
「では、棄権した方がいいかもしれません。大会本戦の初戦は、四天王率いる四チームのうち一つと戦い、それに勝てばダークヘッドとの決勝戦になります。必殺シュートもなしに勝てるような相手ではないでしょう」
彼らは、その一言を待っていたのかもしれない。やつれた顔に暗い輝きを宿し、
「そっ、そうか! そうだよな! やっぱ無理だよな! な? な?」
仲間を見やり、彼らもまた救われた顔を何度もうなずかせる。今までどうしても言えなかった本音をようやく告白できた様子だ。
しかし、その直後。
「チーム・ジモトメンズ、チーム・ティーゲルセイバー。おまえたちで最後だ。出ろ」
彼らにとっての死の宣告が、扉を塞いでしまった。
「ま、待ってくれ。オレたちは棄権する。無理無理無理、やれない!」
三人で身振り手振りをふまえてギブアップを宣言するが、返されたのは無慈悲だった。
「一度エントリーした者の棄権は認められない。ゴーレム、つれて行け」
「い、いやだあっ!」
「うわあ、助けてくれえ!」
「カッチャマ!!」
小人ゴーレムたちが現れ、ベンチにかじりつく彼らを引きずっていく。
「い、委員長。あの人たちを助けないと……」
「いえ……。ここでは彼らのルールに従いましょう」
リズは目元をこわばらせながら、こらえる声で吐き出した。
「ここで実力行使に出たところで、すべてが悪化するだけです。それがRTAのルール。あなたもわかっているでしょう?」
「ああ……そうだ。そうだったな」
悲鳴を上げながら廊下へを消えた彼らの行き先を偲びつつ、ルーキは力ない返事をする。
走者たちは、伊達や酔狂で戦闘以外のバトル――ドッジボールやカードゲームに挑むわけではない。
それはいわば戦争のルールなのだ。
魔王側が思想として掲げているジャンルでの勝利。それを無視して解決を図った場合、たとえばここで、コンドジを無視してダークヘッドの暗殺に走ったりしたらどうなるか?
首尾よくダークヘッドを倒せたとする。しかし、そうなった場合、配下の者たちは敗北を認めず、開拓地に居残り続けることになる。
魔王たちが認める力の価値観に従ってこそ、彼らは敗北を、あるいは走者たちの力量を認め、一斉に退くのだ。
もしそれをせずに殲滅戦の泥沼に突入すれば、その開拓地が解放されるのは何年、何十年も後になってしまうだろう。人類が初めてその土地を拓いた時代に逆戻り。それでは意味がない。たとえ相手に余力を残す結果となっても、人類はこのやり方で住処を増やしていくしかないのだ。
「チーム・ティーゲルセイバー。おまえたちも案内係が必要か?」
怪人が挑発的に口を歪めるのに対し、リズは毅然とした態度で立ち上がった。
「ええ、案内してもらいましょう。そちらにとって最後の思い出作りになるでしょうから」
いよいよ大会本戦が始まる。
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