第19話 ガバ勢と熱き仲間

「俺は、三兄弟の中で一番ダメなヤツなんだ」


 独白にも似た言葉と一緒に投げられたボールを、ルーキは胸に抱え込むようにキャッチ。短いモーションで振りかぶると、すぐに投げ返す。


「一兄は長男だからしっかりしてるし、二兄は次男らしく自由に生きられる。だが、俺は何をしても二人には勝てない」


 再び投げ込まれるボールをしっかりと受ける。すぐに投げ返す。


「だが、こんな俺でも……。もしダークヘッドを倒すためにあんたらに協力できたなら、見つけられる気がするんだ。自分の中にあって、人に堂々と見せられる何かを」


 キャッチする。


「三号……。その気持ちは俺にもわかる。俺もRTAを通して、それを手に入れようとしてるんだ」

「ルーキ……! ありがとうよ……」


 投げ返した言葉とボールを、三号は全身で受け止めた。


 ――夕刻。

 街道を北上しながらハトボの町を目指していたルーキたちは、日暮れに合わせて野営の準備を始めていた。


 野営と言っても、辻馬車用の休憩所を一時借用しているから、雨風の心配はない。町と町との交通が制限されている今、他の利用者はなく、簡単な掃除を済ませたルーキと三号は、食事までのわずかな時間を惜しんで、競技用のボールでキャッチボールをしていた。


「食事の準備ができましたよ」

「ちょっと男子二人ー、遊んでないでありがたく食すっすー」


 リズとサクラが焚火のそばからルーキたちを呼んだ。待ってましたとばかりにそちらに向かう。


 肉をふんだんに使った豪勢な夕食がめいめいの皿に載せられた。

 今回は救援物資を運ばないRTAの上に、逆に町人たちから食料を持たせてもらえるという珍しい状況になっている。初心者のルーキには貴重な体験だった。


「はいルーキ君の分です。大目に盛っておきましたので、たくさん食べてくださいね」

「おっ、ありがとう委員長」


 肉汁滴るステーキに、この地方の特製ソースがたっぷりとかかって、夜気に薫香を染み広がらせた。楽しい食事の始まりだ。


「え? ルーキも必殺シュートが使えないのか?」


 三号の饒舌は食事時でも変わらなかった。

 ボールとリンチを組み合わせたまったく新しい拷問を受けた記憶などすべて抜け去ったように、彼は親しげによくしゃべった。

 ルーキはうなずき、


「ああ。コンドジ自体が初めてなんだ。委員長とサクラは使えるみたいだけど……」

「加速と跳躍ですよルーキ君。後は慣れですね」

「まあ、走者ならすぐできるようになるっすよ」


 しれっと言う二人に三号は少し湿気った様子で「それができれば苦労はねえよ」とぼやいてパンをかじった。全員の視線が集まる中、彼は話を広げた。


「そもそも俺たち三兄弟がダークヘッドに全然かなわねえのも、必殺シュートが使えないからなんだ」

「どういうことだ?」


 ルーキが聞くと、三号は背中を丸め、怖い話でも始めるような声を作る。


「聞いた話によると、ダークヘッドには普通のシュートが通じないらしい」

「通じない?」

「ヤツはシュートの威力も凄まじいが、何よりキャッチ力が飛び抜けている。必殺シュートじゃなけりゃ、ダメージを与えることはまず不可能だって話さ」


 ルーキは真偽を確かめるようにリズを見た。


「ええ、彼の言う通りです。ですがご心配なく。そこへの対策はしっかりチャートにありますので。しかし、そうですね……」


 彼女の澄んだ目が、ルーキを見据える。


「ルーキ君が必殺シュートを使えるようになれば、より勝率は上がるでしょう」

「……! わかった。決戦までに必ず使えるようになってみせる」


 委員長の期待に応えたい。その気持ちをそのまま意気込みに変換すると、隣の三号も拳を握って同意を示してくる。


「俺もやるぜルーキ。必殺シュートが使えるようになれば、兄貴たちを超えられる! 一緒に強くなろう!」


 ガシィ! と、二人は固い握手を交わしたのだった。


 ※


 翌朝、ルーキたちは万全の体調を維持したまま出発した。


 ルート48・07には、危険な魔物や獣の類はほとんどいない。治安の良さは、町の発展具合からもよくわかる。

 ただ、街道がまったく安全かというと、それもまた違う。


 朝は日が昇る頃から、夜は日が沈む前まで、という歩き旅の鉄則を遵守しつつ、ルーキたちが二時間ほど歩いた頃だった。


 目指すハトボの町の方角から、二つの人影がこちらに向かってきていた。


「誰か来るな。開拓民かな?」


 ここまで歩いてきて初めて見えた通行人に、ルーキがそうつぶやいた時には、もう彼らの異様な風体が目視できる距離になっていた。


 灰色の肌をした、一つ目の怪人だ。

 単眼の巨人サイクロプスのようにも見えるが、背丈や体つきは人間とほぼ同格程度しかなく、逆に本家が粗野な半裸であるのに対し、こちらは衣服の上にスポーティーなプロテクターを着込む文明人振りだった。


「ダークヘッドの手下ですね……。道を空けて通りましょう」


 無用な諍いは不要。リズの指示に従い、ルーキは道の端に寄ってすれ違おうとした。


「おい、ちょっと待て」


 しかし、嘲りを含んだ声がルーキたちの足に絡む。


「おまえら、誰に断ってこの道を歩いている?」


 大きな一つ目をアーチ状に細め、いやらしく笑いながら怪人の一人が言う。


「わたしたちはコンドジの大会の参加者です。許可なら、この人からもらっています」


 一切臆することなく、リズが三号を目線で示して答えた。


「そ、そうだ。この人たちは俺たち三兄弟がきちんとテストをしたファイターだ。通してもらおう」


 三号も努めて毅然とした態度で対応する。だが。


「ハッ! 誰かと思えば、ザコの全身黒タイツじゃねえか!」

「ダッシュシュートも満足に使えない素人の分際で、どんなテストをしたのやら」


 彼らは三号を指さし、ゲラゲラと笑いだした。


「く……」


 三号は何も言い返せず、悔しそうに唇を歪めるばかりだ。どうやらこの二人の実力は、彼よりも上らしい。

 単眼の一人はそんな三号からねっとりと視線をルーキたちへ動かし、厄介なことを言い出した。


「ふん……。あの町の人間でもないようだし、どれほどの力があるかは疑わしいな。よし、オレたちが再テストしてやる。かかって来い!」


 薄々予想していたが、まずいことになった。が。


「仕方ありません。受けましょう」

「委員長!?」


 あっさりと受諾したことにルーキは驚く。しかしリズは百も承知という顔で首を横に振り、こっそりと耳打ちしてきた。


「話が通じるような相手ではありません。それより、こちらの実力を示す方が早いです」

「わ、わかった」


 彼女の言うことには十理ある。これはRTA。紛争解決の正義は一つしかない。今すぐ終わらせられることだ。


 ヤツらもなかなか手強そうだが、リズとサクラがいれば負ける気はしなかった。ちょうどいい。レベリングに使わせてもらおう――密かにそう考えたルーキの耳に入ってきたのは、リズの意外な言葉だった。


「彼らの相手は、三号。あなた一人に任せます。我々は外野に」

「……!」

「い、委員長!? いくらなんでもそれは……」


 異議を申し立てようとしたルーキを、三号の手が遮る。


「いや……。リズ姐さんの言う通りだ」

「三号!?」

「あんなヤツら、俺一人で十分さ。これくらいできなきゃ、あんたたちについていく資格はねえ。ここで男になれと、姐さんは言ってくれてるんだ」


 ルーキは、真っ直ぐに三号を見据えるリズを見やった。彼女は何も言わず、しかし片時も視線を外すことはない。


「フッ、まあ見てなルーキ。俺はこの戦いで必殺シュートに開眼してみせるぜ。おまえより一歩リードだが、焦るなよ。おまえの進む先に俺はちゃんといるんだからな」


 三号の覚悟は決まっていた。これ以上何か言うのは、男として野暮というものだ。


「わかった三号……! 外野からのフォローは任せろ」


 ゲームは街道脇にあった草原のコートで行うことになった。

 この地方では、道で出会ったファイター同士がいつでも辻バトルができるよう、あちこちにコートが作られているらしい。


 ルーキたちが近寄ると、打ち捨てられた廃品のようだった小人ゴーレムたちが元気に動き出し、試合の準備を始めた。

 敵チームは怪人二名が内野、外野は小人ゴーレムという陣容。こちらの内野は宣言通り三号一人。外野はルーキたちだ。


《ジャンプボールを行います。代表者は前へ》


「頼むぞ、三号!」

「任せろルーキ! 俺様の真の実力を見せてやんよ!」


 審判がボールをトスした。

 相手側にボールが渡れば、待機している二人目がすぐに攻撃に出るだろう。ここのボールは何としても取りたいところさん。


 高く上がったボールが落下軌道に入る。ルーキがその行方を両目でしっかりと見つめる中、同じ外野から奇妙な会話が聞こえた。


「サクラさん、お願いします」

「イ、イエッサー」

(え……?)


 ふと見れば、それぞれの持ち場に散っていたはずのリズがなぜかサクラのそばにおり、しかもサクラが何か筒のようなものを口にくわえてコート内へと向けている。

 そして。


「フッ」


「ウッ!?」


 ボールを求めて跳び上がった三号の姿勢が、突然、空中で乱れた。

 ボールは相手側がゲット。しかも三号は退避せず、着地後も首のあたりを抑えながらセンターサークルに居残っている。


 最大の助走をつけた怪人が、勢いよくボールを振りかぶった。


 ドゴォ! グシャア! ドゥーン(逝)


「三号ォォォォ!!!」


 審判がカウントする間、ねじれるような姿勢で倒れたままピクリとも動かなかった三号にルーキは駆け寄った。


「三号、生きてるか!?」

「ルーキ……。止まるんじゃねえぞ……」


 三号は止まった。


「三号ォォォォォ!」


 ルーキは吠えた。

 三号はかつて敵だった男だ。だが、彼なりに悩み、足掻き、そして前に進もうとしていた。同じ飯を食い、同じ場所で眠り、同じ夢を語り、同じボールでキャッチボールした。

 それならばもう彼は友だ。仲間だ。


 ルーキは怪人たちをにらみつけた。

 三号の敵討ちだ。ヤツらを無事に帰すわけにはいかない――。


「さ、行きましょうかルーキ君」

「へっ?」


 突然ルーキはリズに右腕を掴まれ、引っ張られた。


「何してるすかガバ兄さん。ガバーっとしてないで、早く出発するっすよ」

「えっ?」


 サクラが後ろからぐいぐいと押してくる。


「どうだ、これで実力がわかっただろう。これに懲りたら大会に出るのはやめておくんだな! じゃあな!」

「えっ、えっ?」


 怪人Aは背を向けて歩き出した。


「町に帰ってめちゃぶつけでもしてな。おつかれ!」

「ちょっ、待……」


 怪人Bは片手をあげ、上機嫌で去っていった。


「お、おいィィィィィィ!? 二人とも待て! 三号がまだ……。敵だってまだ倒してないのに何帰って……これは一体!?」

「いいから行くっす。これがイインチョーさんのチャートなんすよ、兄さん」


 二人に抵抗しようとしたルーキは、背後からのサクラの低い声を聞いた。


「チャート? いや、その前におまえ、ジャンプボールの時に三号に何かしてなかったか?」

「ああ、見てたっすか。吹き矢っす。単なる痺れ毒すね」

「な!?」


 あっさりと白状したサクラに、リズの声が続く。


「いいですかルーキ君。この開拓地の通常エンカウントは、実は、勝とうが負けようが、大して変わらないのです」

「えっ……」

「試合が終わればそこで解散。勝つまで先に進めないなんてことはないんですよ。ならば、二人を倒すより一人負けるほうが断然早い。わかりますね?」

「そりゃわかるけど……。ま、まさか、そのために三号に毒矢を?」


 ルーキが慄然とうめくと、眼鏡の奥にあるリズの氷点下の片目が、肩越しにこちらを見た。


「逃げ回られても厄介ですから……。一番体力のない彼なら、二発もあれば沈むでしょう。野良エンカによるロスは軽微です」

「……うぐっ!」


 ならばすべて。


 ここまでのすべてが、彼女のチャート通りだったのだ。

 兄弟でもっとも体力がない三号が選ばれたのも。そして、彼が一人でコートに立たされたのもすべて、タイムロスを最小限に抑えるためのただの保険、いや、贄。


「三号を心配してるなら大丈夫ですよ。この開拓地では、ノビてる人は審判たちが病院に放り込んでくれるそうなので」

「あ、あの、委員長……」

「何ですかルーキ君? 質問なら、何でも聞いてください」

「もし……。またさっきみたいに敵にからまれたら、次は誰が……?」


 勇者の血を引く少女はぴたりと黙り、そして、冷たく笑った。


「それは、その時になったら教えますね。大丈夫……ルーキ君は何も考えなくていいんですよ。何もかも、わたしの言う通りにすれば、全然問題はないんです。……ね?」


 彼女の笑みが崩れることはなかった。だが、その眼は笑ってはいなかった。きっと、最初からそうだった。


「い、いやぁ……。これはサクラ、藪から虎の尾を引っ張り出して、ちょうちょ結びにしてたかもしれんっすわ……」


 ルーキしか聞き取れないような小さな震え声が耳元をかすめ、草原の風に消えた。

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