第18話 ガバ勢とバトルスポーツマンシップ

 ルート48・07を襲った魔王ダークヘッドは、この地方最大の都市ハトボを根城としているという。

 そこでは連日連夜コンドジの大会が開かれており、ハトボの住民は無条件に参加が許されたが、他の町からこの大会に臨む場合は、各地域の試験を突破しなければならない。


 時は真昼。

 場所は、町の総合広場。


 普段は出店や大道芸人でにぎわう住民憩いの場なのだろう。しかし、ダークヘッドの手下によって出入り口を封鎖され、風通しの悪くなった今にその面影を探すのは難しく、むしろ吹き溜まったため息が薄闇となって立ち込め、陽光を陰らせている印象すらある。


「フフフ……おまえたちか、新たな挑戦者というのは……」

「どこの馬の骨か知らんが、ダークヘッド様に逆らう愚か者め……」

「たっぷりと可愛がってやるから覚悟しろ!」


 敵陣コートから至極わかりやすい悪党の台詞を並べ立ててくるのは、全身黒タイツに目出し帽をかぶった変人――もとい怪人たちだった。


 ルート48・07を襲った“魔王”の配下。彼らの声が響くたび、試合コートの外側にいる住民たちから滲み出た恐怖の揺らぎが、ルーキの肌を這いまわる。


「……あの子、可哀想に」

「か弱い娘が一方的に虐げられるところなど、わしはもう見たくない……」

「悔い改めて」


 聞こえてくるのは、試験にかこつけて徹底的にいたぶられた同胞たちを見守った人々のうめきばかり。

 耳を傾けるだけで陰鬱がうつりそうではあるが、


「RTAゆえマッハで蜂の巣にいたしますので、よろしくお願いします」


 頭も下げずに堂々と宣言したリズに動揺はなく、


「ま、初戦すから、リラックスして行きましょー」


 柔軟体操をしているサクラに至っては緊張感すら存在しない。

 二人の平素と変わらない態度に平常心をもらったルーキは、自分が立つ石畳のコートの様子を確認した。


 こちらの内野は、リズ、サクラに自分を含めた三人。あちらは全身黒タイツ三人。額に書かれた数字に従い、呼び名も一号二号三号でいいだろう。


 外野は、背丈がルーキの半分もない小人たちが務めていた。どこか赤レンガ造りのゴーレムを思わせる彼らは“魔王”側から貸し出されたその場限りのメンバーで、敵側も同じものを使っている。


 ダドルの話によれば、彼らは指示に素直に従ってくれるため、こちらが不利になるということはないらしい。ただ、コンドジちからは一般人に毛が生えた程度だそうだ。


《ジャンプボールを行います。代表者、前へ》


 外野と同じ小人ゴーレムが、白いボールを持ってコート中央のサークルに入って来た。審判らしい。

 リズもサクラも小柄なので、ここはまだマシなルーキが跳ぼうと思ったが、


「わたしが行きます」


 リズが簡潔に名乗りを上げ、すっとサークルに入ってしまった。

 相手は二号。三人の中では一番の長身だ。互いに向き合った段階で、頭一つ分の差をすでにつけられている。


「ふん、これは楽勝だな」


 二号が唇を歪めて笑った直後、ボールがトスされた。


「はっ!」


 二号のジャンプは高かった。ルーキも走者として、自分の単純な身体能力はセンチ単位で理解している。その目測で、二号は自分を完全に上回っていた。しかし。


「遅い」


 二号が目を見開くのがわかった。

 彼が伸ばした腕を腰の位置で抜き去り、リズはボールをキャッチしていた。

 いくら大柄でも、人型のものが高さ勝負で鳥に勝てる道理はない。それを体現したかのような跳躍だった。


 そしてそこから、


「頭が高いですよ」


 空中でボールを両手に持ち直すと、リズは格闘家がハンマーナックルを振り下ろすように、二号の頭頂部にシュートをぶち込んでいた。


「ぐげえっ!?」


 押し潰れた悲鳴と共に二号の体がひん曲がり、コート中央に落ちてくる。跳ね返ったボールは期せずして、ルーキの手の中に飛び込んできた。


「ルーキ君!」

「おう!」


 ルーキはすぐに動いた。小柄な委員長にジャンプボールを制された驚きで、敵コートの一号と三号は浮足立っている。突き崩すなら今だ。


 ルーキが三号に狙いを定めようとした時。


「何やってるんすか、ガバ兄さん! 貸すっす!」


 風のように走り込んできたサクラが、いきなりボールをふんだくった。

 鋭くジャンプすると、まるでダンクシュートを叩き込むように、コート中央で寝ている二号の後頭部にシュートをぶち込む。


「え!?」


 ルーキの悲鳴と一緒に、二号の体がビクンと跳ねる。そして跳ね返ったボールの行き先は、すでに着地し、助走までつけ終えていたリズの手元――。


「終わりです」


 跳躍からの強烈なシュートが、直撃の衝撃でえぐれた地面ごと二号の体を空へと舞い上がらせた。ぱらぱらと降る石畳の破片に混じって墜落後、脱力した腕を胴体に巻きつかせながらごろごろと転がり、やがてねじれた体勢で止まる。


 ボールトスを行った審判係の石人形が駆け寄った。


《ダウンとみなします。カウント、ワン、ツー、スリー。アウトです》


「アウトどころかピクリとも動いてないんですが、それは……」


 ルーキは青い顔で、担架で運ばれていく二号を見送った。


 一呼吸分。ジャンプボールから、本当にわずかな間の出来事だった。

 二号ができたことと言えば、最初のジャンプだけだ。そこでボールを取り損ねた彼は、後の集中攻撃で一度も立ち上がることなく脱落させられた。


 コンドジが過酷な競技であることは百も承知だ。しかし、このやり口はあまりにも非情すぎるのではないか……。


 しかし。


「や……殺った!」

「なんて鮮やかな技なんだ!」

「がんばえー、がんばえー!」


 ゴミクズのように退場した二号に対して、観客から輝くような笑顔が放散された。

 今の光景に引いているのはルーキだけで、町の住人たちに「いかがなものか」という発想はカケラもないようだった。


「えぇ……」


 さらに同じチームの女子二人からも、


「ガバ兄さん、ちゃんと狙ってくださいよ。これはコンバットドッジボールなんすよ?」

「ルーキ君、審判のカウントが入るまでは、ダウンとは見なされません。起きてようが寝てようが手を止めないでください。狙える時は延髄を狙ってください。そこが一番有効です」


 スポーツマンシップの片鱗すら見えない発言が相次ぎ、ルーキを完全に沈黙させることになった。


「ちょ、調子に乗りやがってメスガキがあ!」

「所詮二号兄は三兄弟でも二番目……! 長男属性も末っ子属性もない敗北者じゃけえ……!」


 一号と三号の動揺とルーキのそれが大差ないまま、試合は再開。


「このやろ!」


 すっかり腰が引けた一号がその場から放ったシュートは、リズに楽々止められた。

 彼女が目だけでルーキを見る。


「いいですか、ルーキ君。コンドジで大切なのは、助走とジャンプです。この二つがシュートの威力を高め、必殺技に昇華してくれるのです」


 必殺シュート。それは確か、駅前にいた男の子も口にしていた単語だ。


「はっ!」


 助走をつけたリズが跳躍、相手コートの実に半分近くの中空まで飛び込むと、殴りつけるような距離で三号の顔面にシュートをめり込ませた。


「ほげえ!」


 助走とジャンプによって生じた運動エネルギーをすべて移され、顔面を歪ませた三号が、発射されたスリンガー弾のように盛大に吹っ飛んだ。


「強力な必殺シュートを受けた相手は、世界を一周して帰ってきます」

「え!? どういうこと!? 世界の端は大きな崖になってるってうちのじいさんが!」


 ルーキのじいさんをまるで忖度せず、ぶっ飛んだはずの三号が背後から降ってきて真実を告げる。

 そしてインパクトの反動で大きく弾かれたボールは、またもこちらの陣地に戻ってきていた。


「自陣のコートから出てしまった場合、速やかに中に戻らなければいけません。それ以外のあらゆる行動は禁止されています」


 ――もっとも、この場合は何もできませんが。と言い捨て、リズは倒れている三号にボールを振り上げた。


 グッシャアアアアア!


 人体が出したらダメな擬音をまき散らしながら吹き飛び、三号はピクリとも動かなくなった。


「必殺シュートの威力を微調整して、こちらのコートに落ちるよう調整したっすか。やりますねえ!」


 サクラが何を言っているのかちょっとわらかない。


 だが結果として、またもボールはこちらの手元に残った。

 リズの冷たい目が、凍える夜の月のようにぼんやりと光って、最後の生贄――もとい選手を見据える。


「さて……。以下、これの繰り返しです。では、あそこに立ってるあれでもう一度おさらいをしましょうか」

「ヒッ……ま、待て、わかった、もういい! 実力は十分にわかった! おまえたちは合か――」


 ドゴッ! ベキッ! グッシャアアア! ドゥーン(死)


 こうして記念すべき最初のゲームは、開始からわずか四分で終わりを迎え、町は殺伐とした大歓声に包まれたのだった――。


 ※


「すごいや君たち! こんなに優れたファイターがいるとは思わなかった! 本戦もぜひ優勝目指して頑張ってくれ!」


 当たり所が悪かったのか、息を吹き返した一号は脳の構造が変わってしまったかのようにフレンドリーな笑顔でルーキたちを賛美した。


「では、ハトボの町に向かっていいですね?」


 リズが淡々とたずねると、


「ああ、もちろんだ。ただ一つ頼みがある」

「はい?」

「俺たちのうち一人を、君たちの仲間に加えてほしいんだ。どうか頼む。外野でも雑用でも何でもする!」


 三兄弟(全員生きてた)は揃って頭を下げた。

 リズはやはり淡泊な応答で、


「今、何でもするって言いましたね?」

「ああ。男に二言はない。実は俺たちも、ダークヘッドに無理やり従わされてるだけなんだ。ヤツが倒れれば、俺たちは自由になれる。だから協力させてくれ!」


 これまで町を支配しておきながら身勝手というか、意外な申し出だった。敵側も一枚岩ではないということなのか、それともボスに極端に人望がないのか。


 しかし、これは熟考が必要な場面だと、ルーキはチームリーダーであるリズの動向を見守った。

 彼らはあくまで敵側。仲間が増えるのは悪いことではないだろうが、さっき一方的にぶちのめされた程度の力量しかないとすれば、抱え込むのはリスクしかない――。


 しかしリズはあらかじめわかっていたかのように、短い沈黙の後にうなずいた。


「いいでしょう。この中で一番体力のない者は誰です?」

「それなら、俺だが……」


 三号が条件の絞り方に戸惑いを見せつつ挙手する。

 確かに、普通なら一番強い選手を引き抜くべきところだ。


「では、あなた。一緒に来てください」

「わ、わかった。よろしく頼むぜ……!」

「ええ。あなたのような人を待っていましたから、しっかり働いてくださいね……」


 リズの差し出した手を嬉々として握る三号。


「頑張れよ三号!」

「俺たちを代表して、頼む!」


 一号二号から激励され、力強くうなずく三号を見るリズの目は、どこまでも冷え冷えとしていた。まるで、そこに一個の命など映していないかのように。


「何ボーッとしてるすか。早く行くっすよ兄さん」

「あ、ああ……」


 サクラに急かされ、ルーキは歩き出す。

 これもチャート通りなのか。リズの考えがわからなかった。

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