第17話 ガバ勢とコンバットドッジボール
「うぽつ」
「うぽーつ」
「おまどうま!」
ルーキがレイ一門のたまり場兼事務所である〈アリスが作ったブラウニー亭〉を訪れると、すでに何人かの走者がテーブルで挨拶を交わしていた。
「おはようございます」
客の入りは初日に見たときの半分くらいか。目算しつつ、受付カウンターにいる受付嬢にも挨拶する。
「あら新人君、うぽつ。早いじゃない。初RTAにヘバって昼まで寝てるかと思ったけど」
「いや、大丈夫です。あの、うぽつとか、おまどうまって何ですか?」
美人の受付嬢は艶のある唇に指を当てて「んー」と考えると、
「挨拶みたいなものよ。誰が言い始めたのかは知らないけど、何となく通じてるからみんなで使ってるだけ。ただ古参はあんまり使わないから、見分ける指標にはなるかもね」
「へえ……」
「ちなみに、年寄り勢はこうするとわかるわ」
彼女は手でメガホンを作り、カウンターからテーブル席に声を放った。
「ぬるぽ!」
「ガッ」「ガッ」
「……ガッ。誰が年寄りだこら」
横合いから不機嫌そうな声を吐き出してきたのは、しかめっ面のサグルマだった。
「あっ、サグルマ兄貴。おはようございます!」
ルーキは慌てて頭を下げる。
「おまどうま、ルーキ」
「兄さんたら無理しちゃって。ホントは乙とか言いたいんでしょ。これは乙じゃなくてポニーテールなんちゃらとか」
「うるせえぞ。……昨日の完走した感想はおつかれだったな、ルーキ。なかなか客に受けてたぞ。またやろうぜ」
「あ、ありがとうございます。昨日のことは緊張してよく覚えてなくて……。とにかく、サグルマ兄貴に迷惑かけなくてよかったです」
褒められて悪い気がしないどころではない胸の内だったが、ルーキはすぐに本題を思い出し、切り出した。
「実はRTAに行かないかって誘われてまして……」
結果から言うと、ルーキはリズのRTAに同行できることになった。
すぐに発つべき開拓地はなく、大がかりな試走の予定もないから、好きなように動けとのこと。元同級生のガチ勢見習いと、例の忍者少女の三人で行くと告げると、サグルマも受付嬢も大層面白がり、「完走した感想聞かせるように」と念まで押されてしまった。
ルーキは礼を述べると、すぐにアパートに戻って準備を始めた。
そして――。
※
今。
「コンバットドッジボール、略してコンドジというのはっすね……」
ルタの街と開拓地を繋ぐ大鉄道。それに運ばれていく物資の隙間に陣取ったルーキは、これから行うRTAの内容を教わっていた。
「その前に、ただのドッジボールは知ってるっすよね?」
「それくらいはな。二つの陣地に分かれて、内野と外野からボールを相手にぶつけるやつだろ」
訓練学校で体育の一環としてやったことがある。特段技術も戦術もないただのお遊びのようなものだったが、最終的にはかなり白熱した。
「コンドジは、顔面セーフはもちろん、ボールがヒットしても相手がダウンするまでアウトにならないってルールのドッジボールっす」
「なるほど。まさに
「外野からの復活はなし。最初に外野だった人が、途中で内野に補充されるのもなしっす。後はだいたい普通のドッジボールと同じすね」
「わかった。ありがとう」
ルーキはサクラに礼を述べると、改めてパンフレットに目を通した。
そこにはルート48・07で行われるコンドジの大会の概要が書かれている。参加人数は一チーム一人から最大三人まで。参加費無料。優勝者チームには――。
「なあ、委員長」
「何ですか、ルーキ君」
貨物の上に座り、両足をぶらりと垂らしながらチャート表らしきものを確認しているリズが、呼びかけに応えて目線を降ろした。
「これ、“魔王”側が配ってんだよな?」
「そうですね」
「なんか、開拓地が襲われたって感じがしないんだが。普通のイベントじゃないか?」
「それがこの敵の狡猾なところです」
リズはそう言って眼鏡の位置を直す。
「ルート48・07はダークヘッドを名乗る敵に、確かに侵略されています。交易所は抑えられ、町の出入りは制限。唯一の自由はこのコンドジの大会に参加することだけ。土地の開拓は不可ですし、生活物資の搬入にも監視がつく。真綿で首を締めるようなやり方ですが、危険性や緊急性が低いことから、このRTAは後回しにされることが多いんですよ」
「なるほど……うまくいけば、走者がみんなスルーしちまうわけか。委員長の方も、そういう関係で?」
「ええ。ウェイブ一門でも、目ぼしい走者は別件を優先するとのことで。もしその気があるのなら、という形で新人のわたしに話が回ってきたんです。ただ、走り慣れている先輩もいずれ動きますし、人数の問題もあったのでどうしようかと悩んでいて……お二人に会えたのは幸運でした」
事細かに説明するリズに対し、サクラは頭の後ろで手を組む姿勢で、
「なーんだ、サクラはてっきりシットノホノーでガバお兄さんを……」
「ん? 俺が何だって?」
「あっ、いや、何でもないっすよ。いやー、高名な勇者の一族のお手伝いができてサクラも光栄っす! foo!」
うさん臭く笑うサクラを奇妙に思いつつも、追及するのも時間の無駄と、ルーキは再び視線を友人に戻す。
チャート表を確認する物静かな横顔を見ていると、訓練学校時代の空気が胸の中に蘇る。
まだお互い一度の走りを経験しただけなのに、長い戦いを経て再会したような気がするのは何なのか。
そんな郷愁に浸りかかる自分を慌てて諫めたルーキは、彼女に再び質問を投げていた。
「それで、委員長はこのRTAにどんなチャートを立ててるんだ?」
これが今言うべき一番大事なところだ。
RTA心得一つ。チャートなくしてRTAなし。できれば、脳内に置くよりも紙に書いて常に身につけておくことが好ましい。
列車まで駆け足だったこともあって、ルーキはまだ詳細を知らされていなかった。
が。
「あなたには秘密です」
「へ?」
予想外の返事に、ルーキは目を丸くした。
「サクラさんは見てください」
「は、はいっす?」
戸惑い半分の顔で彼女が持つチャート表をのぞきこんだサクラの顔が、唐突にニヤリと歪んだ。
「……なるほど。そういうことっすか。確かに、ガバ兄さんには秘密っすね」
「えぇ、どういうこと……。
ルーキがぼやくと、リズが積み荷から飛び降り、至極真面目な顔でこちらを見据えた。
「あなたは重要なパーティーメンバーです。今言えることは、ルーキ君がチャートを知らないということが、すでに作戦の内なんです。信じてくれませんか」
悪戯でも悪意でもない。真摯な本音と直結した瞳に揺らがず捉えられたルーキは、迷うことなく答えを返していた。
「わかった。俺は普通にコンドジをすればいいんだな?」
「ありがとう」
リズが柔らかく微笑むのを見て、ルーキも笑った。
「へー、ずいぶん素直っすねえ?」
「委員長の言うことだからな。何でも信じるしかないさ」
「い、言い切ったすねえ。お二人はそんなに深い仲なんで?」
サクラが疑わし気な目を向けると、リズは少し気恥ずかしそうに目を伏せ、
「ま、まあ、二年間、苦楽を共にした仲ですからね。何でも信じるというのは、ちょっといき過ぎな気がしますけど……」
「いや、俺はマジに信用してる。もしリズ・ティーゲルセイバーが世界を敵に回したとしても、正しいのは委員長だと思うよ」
「や、やめてください。そんなこといきなり言うのは。ま、まったくあなたという人は……」
生真面目な顔を維持しようとしているが、リズの口元は今にもにっこりしそうにひくついていた。
「あー、はいはい。さっぱりしてなくてべたつく甘さっすねー。ココアは安物を使ったのかな? さ、もう寝るっす。開拓地まではまだまだかかるんすから」
サクラが積み荷の上にひっくり返ったのを見て、ルーキとリズも、仮眠の準備に取りかかった。
RTA心得一つ。走者たるもの、RTAを始めたら走りに専念すること。突然の来客、カーチャンからの呼び声、絡んでくる猫に対応する必要、一切なし。
※
「おお……! ここがルート48・07かあ!」
「初めて来たけど、いい
駅を出たルーキとサクラは、眼前に広がる光景に目を輝かせた。
道には整然と石畳が敷かれ、赤や緑の屋根を持ったレンガ造りの家屋が、まるでステンドグラスを描くように交互に並んで真昼の太陽を照り返している。
危険な開拓地に作られたとは思えない色鮮やかな町並みが、そこに広がっていた。
「見たところ、町が被害にあってる様子はないな」
開拓町と駅が隣接しているということ自体が、襲撃者の決して破壊的ではないやり口の証明にもなっている。
「どうする委員長、まずは情報収集か?」
ルーキが短い階段を下り、通りへと踏み出した直後だった。
「うおっ!?」
目の前を鋭い速度で白い影が通過し、彼は思わず尻餅をつきそうになった。
「バカ野郎! 何だそのヘロヘロシュートは! そんなんじゃ、平和を取り戻すどころか、この町から出ていくこともできねえぞ!」
続く険しい叱咤に視線を吸われたルーキは、白いボールを片手で鷲掴みにした大男の姿を確認。続いて、それに正対する一人の若者――というか小さな男の子も視界に収めた。
年齢でいえば十歳そこそこ。汗と擦り傷にまみれた腕はまだ細く白い。
「危ないですよ。何事ですか」
リズが抑揚のない落ち着いた声でたずねると、大男はそこで初めてこちらに気づいたように、意外なほど友好的な笑みを浮かべて応じた。
「おっと、こりゃすまねえ。ついトレーニングに夢中になっちまってたみたいだ。あんたたち、駅から出てきたのかい? 今、物資の搬入はできねえはずだが……」
「わたしたちは走者です。この開拓地を奪還するためにルタの街から来ました」
『おおっ!』
それを聞くなり、男と男の子は歓声を上げて駆け寄った。
「もう来てくれたのか、走者。俺の名前はダドル。こっちはリトル。俺は町でコンドジのインストラクターをやってるモンだ」
「インストラクター?」
ルーキたちが首を傾げると、
「ああ。この土地ではコンドジができないと生きていけないからな。普段は町の外で使う護身術程度で済んでるんだが――」
ダドルはリトル少年を方を見やった。
「“魔王”からの襲撃がある時期はそうもいかない。ダークヘッドとその部下は、コンドジによる勝負でしか倒せないからな。走者を待つまでもなく、俺たちの手で自由を取り戻せればそれが一番だろう?」
「なるほど。自衛の意識が強いのですね。立派な心掛けです」
リズが感じ入ったようにうなずいた。
敵の侵略に対し、開拓民たちの対応は様々だ。
すぐに町を放棄して避難所に隠れることもあれば、今回のように比較的緩い支配を受ける場合は、町の内部でひそかに反攻作戦を練る人々もいる。彼らとの協調も、走者には有効な作戦の一つだった。
「おれだって必殺シュートが使えるようになれば、テストに合格して大会に出られる。だから練習してたんだ。隣町の友達と早く会いたいから……」
話を聞いていたリトルがぐっと拳を握りながら、足元に声を落とした。
「そのテストっていうのは?」
彼の声を拾ったルーキは、ダドルにそのままたずねる。
「ダークヘッドと戦う前に、町ごとに、大会に出られるかどうかの選抜テストを受ける規則になってる。試験官もヤツの手下だが不正はない。単純にコンドジで勝てばいいだけの話だ。これまで何人も挑戦してるが、合格者はゼロ……」
「おじさんはやらないんすか?」
と、これはサクラの質問。
「最終的には、やる。だが、俺が負けた場合、コンドジを教えられる人間がいなくなっちまう。今のうちに町の人間を少しでも鍛えておきたい」
「先生は負けねえよ! もう少しで必殺シュートをマスターできるって言ってたじゃん!」
リトルに返したダドルの笑みは、優しいと同時に弱々しくもあった。
それを見たルーキは呼びかける。
「委員長」
「わかってます、ルーキ君。ダドルさん、テストの会場を教えてください。我々が行きます」
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