第14話 ガバ勢と悪夢狩りの一族

「久しぶりだな親父殿。まさかこんなところで会うとは奇遇な!」


 レイ親父と笑顔で握手を交わすのは、黒髪を無造作に束ねた若々しい男だった。


 年齢は二十そこそこ。物腰は粗雑だが、顔立ちにはどことなく品があり、普通にしゃべっているだけなのに声に力がある。使い込まれた革のジャケットやズボンに傷んだ個所はあれど不潔感はなかった。


「それと親父殿、何度も言うが俺はバーモント家ではないよ。生まれを言うならオニガミ家だ」

「そうだっけ? まあ、〈悪夢城〉を後ろ向きに走ってるようなヤツは全部バーモントでいいだろ」

「参ったな。世間の目からはだいたいそう見られてるらしいんだ」


 言いながら、オニガミは気にした様子もなくからから笑った。その態度からも度量が広い彼の人柄が伝わってくる。


「なーんだ。悪夢狩りの本業が来てるんなら、わざわざガバ一門に頼むことなかったっすね。RTA警察も余計な依頼よこしてくれたっす」


 サクラが不満そうに唇を尖らすと、オニガミはやはり破顔したまま、


「そう言うな。俺がルタの街を出たのはつい昨日のことだ。それまでに〈悪夢城〉に異変があれば対処できなかった」

(昨日?)


 レイ一門がルタの街からここまで来るのに丸二日かかっている。聞き間違いか言い間違いだろうとすぐに判断したルーキは、サグルマに彼のことをたずねていた。


「あの、悪夢狩りっていうのは?」

「ああ。オニガミやバーモント家の者たちは、古くから〈悪夢城〉と戦い続けてきた勇者の末裔だ。いわば、このルートのエキスパートだな。サクラの言う通り、彼らが来たのならこの城はすぐに落ちるだろう」

「そんなにすごいんですか……?」

「完全なガチ勢だ。〈悪夢城〉のスコア上位は、彼らが完全に独占している。それ以外の者と大差をつけてな」


 ルーキは、他の走者たちとも気さくに握手をし、拳を打ち合わせたりしているオニガミをしげしげと眺めた。


 後ろ向きに走って(?)来た時は驚いたが、一門とも旧知の仲のようだし、受け答えも明瞭で生気に満ちている。言葉も通じないスタールッカーのような奇人ではない。


 彼女の印象が強すぎて、ルーキは自分が勘違いをしていたことに気づいた。

 ガチ勢はそんなにおかしな集団ではないのかもしれない。ただ突出しているために、どこか人と違うように見てしまう自分がいるだけなのだと。


「時に親父殿、跳ね橋を降ろしているとは珍しいな。普段、一門の面々は地下道から侵入していたと思ったが?」


 オニガミが言うと、レイ親父はルーキを親指で指し、


「ああ、鉤縄使いのルーキーが入ってな。開けてもらった」

「ほう、鉤縄か。いいツールを持っているようだ」


 力ある彼の目に捉えられ、ルーキは緊張して頭を下げた。


「今回からレイ一門に入れてもらってるルーキです」

「ルーキーのルーキというのか。ははは、覚えやすくていいな。俺はオニガミだ。オニに噛みつくという意味があるそうだ。よろしく頼む」


 小馬鹿にした様子はなく、笑い声はあくまで爽快かつ豪快だった。


「俺の盟友であるバーモント一族も悪夢を祓うために鞭を使う。跳ね橋の崖を渡るようなことも可能だ。おまえはここのRTAとは相性がいいのかもしれない」

「そうなんですか……」


 似たような道具を使うというだけのことだが、勇者の系譜と並べられたことがルーキには少し嬉しかった。


「そうだ、オニガミ。その新人をつれてって、ここのRTAを見せてやってくれないか」

「えっ!?」


 横合いから差し込まれたレイ親父の提案に、ルーキは驚いた。


「かまわんぞ」

「ええ!?」


 オニガミの返事にもさらに驚く。

 ルーキはあたふたしながら、


「い、いいんですか。俺、ド新人だし、それにその、ガチ勢のチャートを人に見せるっていうのは……」


 するとオニガミはきょとんとした顔で首を傾げ、


「全然かまわんぞ? チャートを見たいというのならむしろ大歓迎だ」

「え……そういうのって、秘密にしたりとかしないんですか? タイムとか、その、抜かされたら困るんじゃ……」


 おずおずと言ったルーキを、彼はやはり笑い飛ばした。


「ははは。確かに、我々は親父殿たちのように完走した感想をしないから、秘密主義だと思われても不思議はないか。だが、〈悪夢城〉を走る仲間が増えるのは大歓迎だぞ。仮に俺より速くなってしまっても全然かまわん。むしろそうなることを願う。チャートは多くの人が磨くことによって、より洗練されていくものだから」

「……!!」

「実はこっそり完走した感想をやったことがあるんだが、すぐに終わってしまってな。いや、難しいなあれは。長時間続けられる親父殿や一門が羨ましいよ」


 失敗談を打ち明けるように顔の片側だけをしかめてみせたオニガミはどこまでも好青年で、ガチ勢であることを鼻にかける様子など微塵もない。

 訓練学校では、腕前で勝る者が格下の相手を見下すのなんて、日常茶飯事だったのに。


 驕らず、しかし、自信と信念が体から溢れている。それがオニガミという勇者だった。


 再びレイ親父が話しかける。


「オニガミ、おまえと新入りじゃ速さが全然違うから、置き去りにされないよう命綱で繋いでもいいか?」

「ああ、俺は問題ない。人一人程度の重さなら、タイムに影響もないだろう」


 レイ親父の提案に従って命綱を体に回しながら、ルーキの中に小さな対抗心が芽生えた。


(置き去りに、だって……?)


 確かに、単純に走る速さならあちらの方が上だろう。さっきの動きは相当素早かった。

 しかしこっちにはグラップルクローがある。これを使えば普通に走るよりずっと速い。訓練学校時代ひたすら練習し続けた。たとえ、かなわないまでも――。


(食らいついてやる)


 ふと、オニガミが自分を見つめていることに気づき、ルーキは慌てた。

 彼はこちらの心情を見透かしたように、ニヤリと笑ってみせた。悪意はなく、そういうのでいいんだ、とでも言っているかのようだった。


「よし、いいかルーキ。〈悪夢城〉を走る時に大事なのは、呼吸だ」

「え……。こ、呼吸ですか?」

「ムッ、ムッ、ホアィ、だ。やってみろ」

「ムッ、ムッ、ホアィ?」

「それだ。呼吸を乱さなければ、RTAが乱れることはない」

「は、はい……」

「よし、では行くか!」


「ムッ!」(00:00:01)

「うおわ!?」(00:00:31)


 オニガミはすさまじい勢いで後退を始めた。いや、進行方向に背を向けているだけなので、後ろ向きに前進しているのだ。(00:00:32)


「くっ! だが、このくらいならまだっ……」(00:01:12)


 ルーキは命綱が完全に伸び切る前にグラップルクローを射出し、前へと飛び出した。ぎりぎりでオニガミの動きに追随する。(00:02:44)


「ほう、なかなかやるな。使い方が様になっている」(00:03:45)


 オニガミは前方に後退しながらニヤリと笑った。(00:04:00)

 庭園を一気に渡り切り、二人でエントランスへと飛び込む。(00:06:75)

 ここまではまだ互角!(00:06:81)


「ホァイ!」(00:08:48)


 オニガミはエントランスの中央で跳躍すると、同時に柱の燭台を蹴った。ルーキはその意図を計りかねる。明らかに速さを殺す無駄な動きだ。(00:08:49)


「だったら、ここでリードをもらう」(00:08:50)


 ルーキが初めてオニガミの前に出た。徒競走をしているわけではないが、少なくともまだ一度も命綱の世話にはなっていない。ちょっとはいいところを見せられた気になった彼は、その眼でオニガミの表情を探ろうとした。(00:08:51)


 そこで、信じられないものを見る。(00:08:52)


 燭台を蹴った彼は、その反動というだけでは説明がつかない異様な加速を経て、城内へとぶっ飛んでいったのだ。(00:08:53)


「なっ……うおおおお!?」(00:08:71)


 ルーキは悲鳴を上げた。半歩分のリードなどあっという間に追い抜かれ、一瞬で限界まで伸び切った命綱になすすべもなく前方へ連れ去られる。(00:08:91)


「なっ、何だこの超スピード!?」(00:09:11)

「ムッムッ! ルーキ、呼吸を忘れるな!」(00:09:44)


 あっという間にエントランス奥の廊下にたどり着く。行き止まり。しかし壁に激突する直前で、オニガミの体が不可解な急上昇を見せた。まるで上に落ちていくかのような原始的なスピードに引っ張られ、ルーキの体も天井へと向かう。(00:09:60)


「ぶ、ぶつか――」(00:09:82)


 ぶつからずに透過。天井の中に体が潜り込む。(00:09:90)


「何で!?」(00:10:02)

「〈悪夢城〉は人々の悪夢の産物だ。その気になれば、隙間を探すことはたやすい!」(00:10:20)

「うそつけ絶対無理ゾ!」(00:11:02)


 そのまま変態的に上昇を続け、ついに屋根を突き抜けたらしく鈍色の空が見えた。(00:11:28)


「うおおあああ!?」(00:12:21)


 上昇の次は落下。きちんと下に落ちる変態。だが再び落ちた先は元の場所ではなく、空中回廊、下水道の壁の中を、濁流に呑まれるように移動していく。もはや自分がどこにいるか、微塵もわからない。(00:13:30)


 気づくと、大きな階段の壁に張りついてまたも上昇していた。(00:14:40)

 オニガミは前方でなんかクルクル回転している。なぜあれで進むのか、何ひとつとしてわからない。(00:16:80)


 まともな人間だったはずだ、ついさっきまで。なのに今はなんか回転しながら〈城〉の壁の中を突き進んでいる。どう見てもまともじゃない。やはりこれがガチ勢の本質だったのだ。(00:16:90)


 そこからまたオニガミが壁の中に潜っていく。ルーキも、浮き上がらないまま引きずられる凧の気分で暗闇に突入した。(00:17:00)


 いつもの曲。(00:17:11)


 暗く冷たい岩か何かの中を落ちていく感覚が、途中で上向きに切り替わった。(00:20:39)


「う、浮いてる?」(00:21:00)


 やがてようやく暗闇――というか地面の中から頭が出た。ここは地下空間のようだ。いつの間にか城を突き抜け、地面の方に入っていたらしい。(00:21:50)


 ここで初めてオニガミの動きが止まった、と思ったら、代わりに足場が動き出す。(00:21:65)

 何かの仕掛けらしい。そのまま普通の速さで上に運ばれていくことに、なぜかとても安らぎを覚える。(00:21:70)


 たどり着いた場所は、異様な空間だった。内臓のようなピンク色に蠢く壁が四方を埋める中、骨と肉を乱雑にこね合わせて造った醜怪なバケモノがルーキたちを待ち構えていた。(00:22:00)


「な……何だこの……敵、なのか? どうやって戦えば――」(00:23:00)

「オニガミ流奥義!」(00:23:77)

「ヴォー!」(00:29:03)


 バケモノはしんだ。(00:33:83)


 トロフィーらしきオーブが現れ、オニガミは跳躍してそれを手にする。(00:39:41)


「呪われし闇の眷属よ、これが人の可能性だ! 確かにおまえたちを呼び込んだのは人々の暗い心かもしれん。だが、悪を憎み、善を為そうとする正しい心も、人にはある。まどろみの中に帰るがいい、悪夢の王よ! おまえが目覚めることはもうない」(最終タイム00:39:41)


 仁王立ちするオニガミのすぐ後ろに倒れていたルーキは、曇天へと猛烈な速度で吸い上げられていく悪夢の城を見ながら、白目でうめいた。


「俺、人じゃなかったかもしれんな……」




 デレデレデェェェェェェェェェェェェン。




     RTAにガバ一門の栄光を!

   ~BOY meets GABA~




     SAKUSHA

       ―戦犯―

    ISE NEKISE




    RESPECT FOR

        ―偉人―

   『B』ANIKI and hisCHILDREN

 



    SPECIAL THANKS

         ―来訪―

    DOKUSHA=SAN




    AND YOU!!


 

 ドゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン。




    THE END

      ―完走―


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