第4話 ガバ勢と初めての本走

 デッデッデデデデ! カーン。デデデデ!


 出発から六時間と十三分後、ルート0に挑む走者たちを降ろした列車は、鉄の軋みを上げながら森の奥へと消えていった。


 ルーキは周囲を見やる。

 森の一部を切り取って建てられた駅では、走者と彼らが持ち込んだ救援物資がひしめき合っており、さながら闇市のような雑多なにぎわいを見せていた。


 一部では本当に商人のような身なりの者もおり、


「忘れ物ないか忘れ物! そこの兄さん、薬草は? 忘れてたらガバ勢だよ。ここで買ってけばギリセーフだ!」

「掘り出し物の〈祈祷の指輪〉ありますよ。最後の一個! 壊れるまでは何度でも魔力を回復できますよ。えっ、やだなあ、某国製じゃないですよホント……大丈夫だって安心してよ」

「そんな重そうな鎧着てどうすんの! こっちの盾と交換しない? 大してダメージ変わらないから! マジで! チャート見直してほら!」


 どうやらルート0の走者相手に、最後の商売をしているらしい。


 RTAの大衆化で一番大きな恩恵をあずかったのは開拓民ではなく彼らである、とさえ言われているのは、こういう場所でも堂々と取り引きができる空気が生まれたからだ。


 紛れもなくレイ・システムの一環であり、こうした商売人のがめついサポートにより、走者はより走りやすくなった。これを好循環と呼ぶか、悪循環と呼ぶかは、その人の立場次第だろう。


 すでにRTAを開始する身軽な単独走者もいる中、ルーキの目は必死にサグルマの緋色の髪を探していた。


 委員長と別れた後、四号車には行ってみたものの、床は雑魚寝する走者たちで満員。仕方なく隣の車両で休んでいたのだが、駅に到着した直後の雪崩のような降車劇に巻き込まれ、レイ一門を完全に見失ってしまったのだ。


 一門の走者やレイ親父の顔を知らない以上、手がかりはサグルマのみ。走者たちは独自の進行チャートに従って行動するため、ここで置いてかれると最後まで合流できない危険すらある。


 と。


「おおい、ルーキ。こっちだ」

「サグルマ兄貴! よ、よかった!」


 しばらく走者チームの間をさまよううち、サグルマの方からこちらを見つけてくれた。

 東方風の具足を身につけた戦闘用の姿は初めて見る。振られる野太い腕に必死に手を振り返し、ルーキは小走りでそちらへ向かった。


 すると、


「よーし、忘れもんはねえな? チャートはちゃーんと確認しろよ!?」


 しゃがんで荷物を点検する走者たちの中で一人、白い髪の人物が声を張り上げているのが目に入った。


 その声は、あの事務所で、このルート0へのRTAを呼びかけたものによく似ている。……いや、間違いなく同一のものだ。


 つまり、あれが、伝説の走者レイ親父――。


 のはずなのだが。


「……え!?」


 ルーキの口から、踏み潰されたカエルのような声がもれた。


 白いセミロングの髪。背中に大太刀。淡い萌葱色の和装――着流し、手甲に脚絆。ここまではいい。

 しかし、肌は色白で、体つきはほっそりしており、髪にはリボン付きヘアバンド、おまけに顔立ちもあどけないとなれば、これはもう――。


「女の――ごっ!?」


 荒っぽく肩に腕を回され、ルーキの台詞は中断された。


「そこから先は慎重にならなきゃいけねえぜ、ルーキ……!」


 眼帯のベルトが横切るサグルマの左顔が、低くうなるように言う。


「サ、サグルマ兄貴? あの人がレイ親父ですよね!? けど、あれはどう見ても……!」

「おい待てルーキ。一つ聞くが、おまえ男が好きなタチか? 恋愛対象として」


 突然の質問にルーキはぎょっとし、意図が読めないまま素直に答える。


「い、いや、そんなことないですけど……。普通に女の子が好きですよ……」

「安心したぜ。俺もそうだ。だが……」


 サグルマは顔の向きでレイ親父を示し、


「レイ親父の容姿は確かにああだ。年齢不詳、種族不詳、ついでに性別も不明ときてる」

「不明っていうか、明らかに女の――ごへっ!?」


 ルーキの台詞は、サグルマの腕によって再び途中停止させられる。


「だから、迂闊な発言するんじゃねえって言ってるだろ!」

「な、何がですか……」

「親父は確かに“ああ”だ。おまえに見えてる通りの外見だ。だから、“そう”思っちまうのも無理はねえ。しかしな。言っただろ。あの人は性別不明なんだぜ。つまり、万一、いや……二分の一だが、男だったとしたらだ。おまえが抱いた感想はどういうことになる?」

「ハッ……! それはまずいですよ!」

「だろ?」


 ルーキは今更ながらに事の重大性に気づいた。

 男であるレイ親父を異性として見て可愛いと感じる、それはつまり……。

 青ざめる彼に、サグルマは言った。


「だがな、ルーキ。何事も胸の中にとどめておくうちはセーフだ」

「! そ、そうですかね……? 限りなくアウト的なふいんきを感じますが……」

「いや、ギリセーフだ。確かに、親父の性別は気になる。正体は気になる。実は一門全員が気になっている。しかし、あえて見ない、聞かない、確かめない! 親父は親父って生き物で、俺たちはあの人に与する門弟。そこでストップだ。そうすりゃ俺たちは、前段階で止まっていられる。つまり……“ほよ”だ!」

「ほよ!?」

「王様に呼ばれた場合は“よくぞ参ったほよよ”と言われる!」

「ほよよ!?」

「それで済むんだから、そこで止めておけ……」

「うぃす……」


 重々しく言ったサグルマに、ルーキはただうなずくしかなかった。


 サグルマが風貌からして強者であるように、傑出した人間というものは、やはり見た目からして人とは違うものらしい。


 実際のところレイ親父は中性的な童顔なので、男として見ることもさほど難しくはなかった。まあ、男の娘というジャンルのど真ん中を射貫いてしまう外貌には違いないだろうが、それはルーキにとっては踏み入れざる世界だ。


「よし、準備はいいな。イクゾー!」

『ホイ!』


 レイ親父の号令に合わせ、一門はいよいよルート0へ踏み出す。

 ルーキがまたも挨拶をし損ねたことに気づいたのは、しばらく黙々と森を歩き、彼の容貌に対する驚きを受け入れられるようになった頃だった。


 しかし、ルーキがその失敗を嘆くことはなかった。

 そんな暇がなかった。


 レイ親父の特殊性は、外見よりも中身の方に多く集中していたのだ。

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