第3話 ガバ勢とガチ勢見習いたち

 ルタの街と開拓地を結ぶ列車は、ほとんどが物資を運ぶための貨物車だ。

 街からは生活物資が運び出され、開拓地からは、それぞれの土地で発見された新素材や技術が届けられる。


 ごくまれに開拓地を巡る貴族や王族たち用の観光列車が出ることもあったが、それは月に一本あるかないかという頻度で、今回ルーキが飛び乗った列車の内部にも、開拓地に届ける物資の木箱が所狭しと置かれていた。


 レイ一門が乗り込んだ車両を探して、前へと進む。

 まさか、みんなそろって乗り遅れたなんてことはないだろう。いくらガバ勢でも。


「お、間に合ったか。ルーキ」


 簡素な手すりのみで囲われた、吹きっ晒しのデッキにいたサグルマが、こちらを見るなり手を挙げた。後ろで束ねた赤い長髪が風に揺れている。


「ぎりぎりでした」


 左腕のグラップルクローを見せながらうなずくと、サグルマは白い歯を見せて屈託なく笑った。


「いきなりガバらずに済んでよかったな」

「はい。あの、それで他の人たちは? それと、レイ親父は……」

「ああ、もう寝てるよ」

「ファ!?」

「ルート0の開始地点まで六時間強。おおよそ安全に休めるのは今だけだからな。おまえも眠れるなら寝ておけよ」

「いや、興奮しちゃって、それどころじゃ……」

「まあ、だろうな。本走は初めてだろうし」


 サグルマの苦笑を見ながら、ルーキは緊張が疲労に置き換わっていくのを感じた。


(せっかくレイ親父に挨拶できると思ったのに……)


 彼に対する憧れが本当なら、たとえどんな成績であっても一門を訪ねていたという宣言も本心だった。

 生きながら伝説化した最強のガバ勢、レイ。

 酒場でのチャンスを逃し、またここでもか。

 まさか寝顔に自己紹介するわけにもいかない。そもそも、彼の顔すら知らないのだ。


(いや、しかし)


 逆に言えば六時間後には必ず会えるということでもある。それを挨拶の中身を考えておく猶予と捉え直し、ルーキは落胆を脇に押しのけた。


「俺もそろそろ寝る。この列車には別のRTAに参加する連中も乗ってるから、紛れ込みたくなかったら四号車で休め。俺たちがいるのはそこだ」

「わかりました」


 ルーキは礼を言ってサグルマを見送った後、手すりに腕を置いて体重を預けた。

 さっきの余韻もあって、まだ寝つける気がしない。しばらくはこのオープンデッキの風で体を冷やしていこうと思った。


 RTA心得ひとつ。走者は、休めるタイミングでしっかり休んでおかなければいけない。王様の話が長そうな時や現地民の感動の再会シーンなどは、寝ていてもいいし、リトル・ジョーを済ませに行っていてもいい。


 ……のだが。


「実際にやってみるとそううまく切り替えられないもんだな。やっぱ、訓練と本走は違う……」


 ぼやいていると、前車両へと繋がる扉が開く。

 サグルマが戻って来たのかと思い、顔だけを向けたルーキは見たのは、見知った、しかし思いもよらぬ二つの顔だった。


「あれ? おまえ、ルーキか?」

「はあっ? ルーキって、あの同じクラスにいたルーキかよ?」


 軽薄な声を浴びせて来た同世代の男二人に対し、ルーキは顔をしかめて彼らの名前を口にしていた。


「ザニーと、ルドウ……!」


 すらりとした長身のザニー。彼に比べるとやや小柄だが筋肉質なのがルドウ。

 共にRTA学校の同窓生だが、再会できて嬉しいという顔ぶれでは決してない。

 二人は馴れ馴れしく、しかし決してこちらとは相容れない距離感を置いて、話しかけて来た。


「おまえもこの列車に乗ってたのかよ。ってことは、どこかのRTAに参加するのか?」

「はあ、マジで? こいつ、あの成績でホントに走者になったのかよ。うわ、ヤベェ。どうして向いてないって気づかないのかマジ不思議。普通、装備開発とかアイテム開発とか、別の道考えるだろ?」


 ザニーの言葉に、ルドウが追従して笑う。


(こいつら……)


 ルーキは奥歯を噛んだが、ねちっこい嫌味に対し、何も言い返すことはできなかった。

 卒業生の中でもトップクラスの実力者二人。戦闘技術からチャートの組み立てまでスキがなく「入学以来ガバったことがない」というのが彼らについて回る宣伝文句だった。


 クラス分けの基準に成績は関係なかったため、同じ教室にはいたものの、落ちこぼれのルーキとは住む世界が違う。

 教師たちからも、いずれ有名な走者になると太鼓判を押されており、ルーキ自身それを認めていたほどだった。


 どんなに性格が悪かろうと腕前は本物。そんな彼らに何を言い返そうと、負け犬の遠吠えでしかない。……今は、まだ。


「俺はレイ一門に入ったんだよ。これから“ルート0”を走るんだ」


 せめて押し黙って閉じこもることだけはしまいと、ルーキは最初に投げかけられたザニーの質問に答えを返した。

「レイ一門……」と確かめるように繰り返したザニーは、ルドウと含みのある目線を交わし、蔑むような笑みを向けてきた。


「そうか。あのレイ一門か。ならオレたちとは逆だな」

「そうそう。オレたちはガチ中のガチだからよ」


 ガチ中のガチ。もうそれだけで、どこに所属しているかがわかる。

 取り立ててうらやましくはないが、やっぱり、とは思う。


「落ちこぼれのおまえにはちょうどいい選択だと思うよ。無理してガチ勢になろうとしても死ぬだけだしな。同窓生に死なれるのは、まあ寂しいことだ」

「つっても、オレらはルート0よりはるかに高難度で重要な開拓地の試走に行くんだけどな。しょっぱなからそことか、ガチ勢はやっぱ違うわー、ガチ勢。マジ期待されてるって感じ。ま、きっちりこたえてみせるけどな。なんせオレら、ガバったことねえし」


 やたらガチ勢を強調したルドウの子供じみた口振りも、二年間教室で聞かされ続けた身としては、さほど堪えるものではない。

 世間の評判はどうあれ、RTA走者は実力第一主義だ。速くて強いヤツが、そうではない人間よりも優位なのは動かしようがない。


 しかし。それでも気に入らないことはある。


「お? ルーキおまえ、まだそのダセェグラップルクロー使ってんのか?」

「……なに?」


 見下すように振られたルドウの指先には、思わず胸がざわめいた。


「それって、あの貧弱ダメ野郎の置き土産なんだって? まあ、ガバ勢同士お似合いだとは思うけどよ。そんなオモチャに頼るより、もっと地力を上げる方が先なんじゃねえの?」

「おい、放っとけよルドウ」


 ザニーがたしなめるように声を挟んだが、本気で止めようとしているわけではないことは明らかだった。


「ま、楽なルート走る分にはそれでも十分かもな。おい、いくら地味でつまんねえからって、オレらが走るようなところに首突っ込むんじゃねえぞ? 野垂れ死にされたら、同じ卒業生として迷惑だからな。身の程を知れってことだよ。わかるか?」

「わかんねえ」

「あ?」


 ルーキは憮然とした顔をルドウに向けた。


「身の程なんて知りたくねえって言ってるんだよ。俺はこのグラップルクローがあればどんな難しいルートだって行けるし、野垂れ死にもしない。必ず生きて帰る。そういう約束でこいつをもらった」

「はあ? おいおいおい、落ちこぼれがなにイキってんだよ。変な夢見てねえで、おとなしくルート0だけ走ってろよ。ガバ勢にはそれがお似合いなんだよ。オレはあんな助けても意味ないとこ、頼まれたって走らねえけどな!」

「こいつ……!」

「今……何か言いましたか?」


 咄嗟に言い返そうとしたルーキの声に、さらなる声がかぶせられた。その場の全員が、はっとして振り返る。

 前車両へと通じる扉の前に、一人の小柄な少女が立っていた。


「げ」とルドウの苦い声がこぼれる。


 淡いグリーンのショートヘア。白を基調とした肩出しのタートルネックとホットパンツは、動きの妨げにならないよう体にぴったりとフィットするものを彼女らしい動機――実用性一点で選んだ結果だろうが、そのくせひどく似合っている。


 厚手のニーソックスとブーツで足元を補強し、防塵用の外套を羽織れば、およそ地上で少女が走破できない場所はないとさえ、ルーキには思えた。


「ルート0の人々を助けることに意味がないとか聞こえましたが、そう言いましたか、ルドウ君」


 飾り気のない眼鏡の奥、大きなツリ目に険を宿しながらひたりと据えた静かな眼差しに、高慢だったルドウの表情が歪む。が、それも一瞬のことで、彼の薄笑いの口からすぐに余裕ぶった声が押し出された。


「いや……それは勘違いだぜ、リズ」

「勘違い、ですか?」

「ああ。オレは、わざわざガチ勢のオレたちが行かなくとも、他の走者に任せられるって意味で言ったんだ。開拓地は無限に広い。手分けして走っていかないと、人手不足になっちまう。適材適所ってやつだ」

「そうですか」

「ああ、言葉足らずで誤解させちまったのなら謝るわ」


 訓練学校でも教師を相手に猛威を振るったルドウの口八丁に、少女――リズは一旦同意したような口ぶりを返しながらも、緩まない視線を向け続けた。


「それで、さっきのはケンカですか。走者同士で」

「う……」


 この追及にはザニーとルドウだけでなく、ルーキもうめかざるをえなかった。


「仲間うちで争うくらいなら、三人ともわたしがぶっ飛ばしてあげますが、どうですか」


 さしものルドウも、いや、力の差が社会的立場の決定的な差であると規定している彼だからこそ、不遜な態度を続けるのは難しかったのだろう。


「べ、別に、同級生と話をしてただけだよな。オレたち」


 顔を背け、同意を取り付けるようにザニーと顔を合わせる。ザニーもすぐにうなずき、


「ああ、そうだ。だがもうそれも済んだ。オレたちは戻って休むよ。リズも早く休めよ。目的地までは遠い。移動で疲れて試走に差し支えてたら話にならないからな」


 そう言い残すと、二人はそそくさと前車両に戻っていった。

 扉が完全に閉まってから数秒後。少女はため息と同時に小さな肩を上下させると、こちらに振り向いた。


「あの二人にバカなことを言われてませんか、ルーキ君」


 相変わらず生真面目な顔。しかしその表情には、先ほどまでの険は一切なかった。


「や、やあ、委員長。久しぶり」

「委員長はやめてください。もう学校は卒業したんですよ」


 困ったように微苦笑を浮かべながら隣まで来ると、少女はデッキの手すりに手を置いた。

 真面目で規則に厳しく、しかし面倒見のいい、かつてのクラスメイト。

 リズ・ティーゲルセイバー。


 小さな体に細い手足、生真面目な顔つきは、戦う者というより物静かな学者の印象を受けるが、その実さっきの二人をはるかに凌ぐ訓練学校のナンバーワン走者であり、おまけに真の意味で勇者の血を引く少女だった。


 ティーゲルセイバー家。ルタの街でも知られた勇者の血統の一つ。RTAが成立する前からの世界の守護者だ。


 こちらとは細胞レベルでデキが違う少女が、こうも親しげに話しかけてくるのはわりと謎ではあったが、もとより大雑把な下町育ちのルーキが旧友相手に気兼ねする理由もない。


「そう言われても馴染んじゃってさ。俺の中ではまだ委員長なんだ」

「いつまであなたの委員長でいればいいんです?」


 くすくす笑って言い返してくるが、咎める様子はない。


 実力者の不遜や傲慢さは微塵もない人当たりの柔らかさ。正義に対する理想と現実をほどよく分け合えば、人間、こんな棘のない笑顔もできるようになるのだろう。

 唯一の欠点は胸が小さいことだと言う人もいたが、果たしてそれは欠点なのだろうか?


「それはそれとして卒業式以来だな。委員長も、ザニーたちと同じガチ勢の……?」

「ええ。ウェイブさんのところでお世話になっています。ほんの二日前からですけど」


 ――ウェイブ。ウェイブ親父。


 RTA界隈でレイ親父と双璧を為す凄腕の走者だ。

 双璧を為す、といっても両者の性質はまったく違う。レイ親父がガバ勢の代表格なら、ウェイブ親父はガチ勢の極北にあたる人物だった。


 世界を救うという勇者の潮流を堅守し、率いるのは速さと効率のみを求める最精鋭集団。そのためならチームメイトを、あるいは自分を犠牲にすることもいとわない。

 その活躍は完走した感想などではなく、昔ながらの吟遊詩人によって人々に届けられる。まさに古の勇者伝説そのものだ。


「ルーキ君は、確かレイさんのところに行ったのでしたね」

「ああ。知ってたのか」

「元クラスメイトですから。さっきの、あの二人が言ったことはおおむね予想がつきます。気にしちゃダメですよ。彼らはウェイブ一門に入れてちょっと浮かれているだけです」


 変わらない気配りの丁寧さにルーキは思わず苦笑し、


「ああ、わかってるよ。それに、ヤツらが一流で、俺が力不足なのは事実だ。そこだけは揺らぎようがない」

「……それはどうですかね」

「え?」

「いえ、何でもありません」


 彼女の言うことはよくわからなかったが、ルーキは気にせずに話を続けた。どうせ時間は余るほどあり、眠気はやってきそうもない。


「委員長もザニーたちと同じところに試走?」

「はい。ルート1・47・50というところを知っていますか?」

「いや、全然知らない」

「相変わらずルートの名前を覚えませんね……。熟練者でもおいそれと手が出せない難しい地域です。何でも、生物ですらない奇怪な存在にたびたび襲われる土地だとか」

「えぇ……。大丈夫なのか? いくら委員長でも、まだ入って二日なんだろ?」


 余裕ぶっていたあの二人より格上のリズを気遣うのは何だかおかしな気もしたが、少女は気にした様子もなく、


「さらに言うと、試走も初めてです。けれど、指導役の先輩もついてくれますから」

「へえ……。それなら安心……だ――!?」


 ルーキは、リズの背後に見知らぬ少女が立っていることに気づいてぎょっとした。


 鮮やかな桃色の髪というだけでもかなり目を引くはずだが、デッキに出てきたことにまったく気づかなかった。扉が開閉した音さえ聞いた覚えがない。

 まるで、突然そこに現れたような唐突さだった。


 リズは彼女を片手で示し、


「この人が指導役の先輩、通称“スタールッカー”です」

「へ、へえ……」


 委員長も小柄だが、この走者の少女も負けず劣らず華奢だった。移動中に重武装している必要もないが、ゆったりとしたワンピースは、アンダーウェアとしても荒事に向くとは思えない。

 しかし、何より異質だったのは、その目――。


(何だ……?)


 ルーキは眉をひそめた。

 スタールッカーの大きな緋色の瞳は、意志のある焦点を一切持っていなかった。すぐ近くにいるこちらの存在にすらカケラも関心を示さず、手すりから外を――空を見つめている。


「彼女は星を見ているそうです」

「星を……? こんな昼間から?」

「彼女には見えるそうです」


 ルーキはふと気づいた。リズの小さな肩に強い緊張が根を張っている。さっきまではリラックスした様子だったのに。


 奇妙ではあったが、いつまでも同窓生で話し合っているのは失礼だった。ルーキはスタールッカーに頭を下げ、自己紹介する。


「あの、ルーキです。委員長とは同じ学校の出で……レイ一門のところでお世話になってます。どうぞよろしくお願いします」


 少し待ったが、返事はなかった。顔を上げてみると、彼女は変わらず真昼の星とやらを見つめたまま微動だにしていなかった。完全無視だ。


「無駄です」


 リズのいやにはっきりとした断言が、ルーキの顔をそちらに向けさせる。


「彼女は極めて困難なルート1・47・50を何度も完走するうち、人類を超越した感覚の領域に踏み込んでしまったんです。そのせいで現在、彼女と正確にコミュニケーションを取れる人間はいません。今、空を見上げているのも、唯一交流可能な星々と対話しているからだとか」

「へあっ!?」


 ルーキは思わずスタールッカーの横顔を見やった。幼い顔立ちには不釣り合いな無表情と遠い眼差し。確かに社交的ではなさそうだが、今の説明はあまりに突拍子もない。まだコミュ障だと言われた方が納得できる。


 しかしリズのこめかみから伝う汗を見て、それが嘘ではないことを理解する。

 訓練学校時代、モンスターの群れを前にしても動じることのなかった彼女が、確かな脅威を感じているのだ。味方のはずのこの走者に。


「どういうことだよ。走ってるうちに人外になるRTAって、何だよ……!」

「わかりません」


 リズは残念そうに首を横に振った。

 これがホンモノのガチ勢というものなのか。

 人間の人間離れ。速さのために人を捨てた、新たなカタチというものなのか。


「現在、人類わたしたちが能動的に取れるコミュニケートはこれだけです」


 立ち尽くすルーキに、彼女は手のひらに収まるほど小さな箱を取り出した。


「これは?」

「“かりう”です」

「かりうって?」

「かりうのことです」


 リズの声はそれ以上の説明を拒むように頑なだった。


「…………。そ、それで、これをどうするんだ?」

「あの人に渡します」

「すると?」

「いやそうな顔で受け取ってくれます」

「……え、そうなのか。で?」

「以上です」

「へ?」

「以上が、彼女と我々が確実に取れるコミュニケートのすべてです」

「ただのいやがらせでは!?」


 思わず大声でツッコミをし、ルーキは慌てて口を声を潜めた。声のトーンを落としたまま、ぼそぼそと聞く。


「な、なあ委員長? それだけ? それしかできないの? そんなんで、現地で指導してもらえるのか?」


 答えるリズの声も重く、


「わかりません……。あるいは、見て覚えろということなのかもしれません。スタールッカーの意図を読むのは不可能だと、他の先輩走者から何度も言い含められています」


 その時、スタールッカーが動いた。

 ルーキとリズは思わずビクッとして、互いに身を寄せ合う。


 先輩走者は、ふわふわとした重力を感じさせない足取りで前車両へと向かっていく。どうやら気が済んで、車内に戻るつもりのようだ。


(ん……?)


 そこでルーキは違和感を覚えた。

 彼女はすでに扉に近づきすぎている。扉は多少の揺れではびくともしない頑丈な引き戸で、当然ながら人の手で動かさなければ開かない。


 しかし彼女は手をだらりと下げたまま、ただただ歩いていく。まるで、誰かが先回りして扉を開けてくれるのが当然の、王家のお姫様のように。


 このままでは顔面からぶつかる。そう思った瞬間。

 ルーキは腹の底から跳ね上がる「ヒッ!?」という自分の悲鳴を聞いた。


 スタールッカーの顔が、扉に、沈み込んだ。


「!!!???」


 まるで水面に顔をつけるように、彼女の体がずぶずぶと扉に潜っていく。

 扉は壊れてはいない。ヒビ一つ、傷一つついてはいない。

 それなのに、彼女の体はそこを通過する。風を、音を、光を遮断するはずの物質を、それ以上の不可解な法則で上書きするように、透過していく。


 やがて桃色の髪の最後の一房まで扉の中に沈み込むと、彼女の姿は見えなくなった。


 後に残ったのは、ただただ呆然とするばかりの二人の人類。


 これが、ガチ勢。

 これが、伝説の勇者たちの行き着く先。


 人とのコミュニケーションを失い、物理法則さえ素通りする。

 こんなの、どう見て学べっていうんだ?


「ルーキ君」

「は、はい!?」


 地面を這いずる低い呼びかけに、ルーキは思わず顔を強張らせてリズに向き直った。ひどく思い詰めた二つの目が、こちらを見つめていた。


「わたしがああなっても、今日と同じように話してくれますか……?」

「い、委員長おおおおお!?」


 ルーキはわけもわからず叫ぶしかなかった。

 ガバ勢は確かに、走者としては色々マズい人々の集まりなのかもしれない。

 しかし、人間として本当にマズいのは、きっとガチ勢の方だった。

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