第十四話 ベリアの惨状
旅程は順調に進み、ベリアの街まであと半分というところまで来ていた。
トレッドさんの話では、今の道路状況と速度なら、あと三日ほどで街に到着できそうだという話になっている。
「それにしても、一向に雪が弱まる気配が見えねえな。オレはベリア生まれだが、こんなこと一度たりとも起きなかったんだがな」
トレッドさんの言葉に視線を上げると、雪の壁の隙間から見える上空には、どんよりとした雲が拡がり、白い雪を振りまいていた。
「この辺りは一度雪解けしたって聞きましたが?」
「ああ、そうだ。けどなぁ。雪解けしたディロス山の山頂から光の柱が昇ってな。それ以降、ずっと雪が止まないんだよ」
ディロス山の山頂で異変があったとは聞いてたけど、光の柱が昇ったのは初耳だ。
「トレッドさんが、その光の柱を見たのは、いつ頃です?」
「オレがベリアの街を仕事で出る前だから、二カ月前くらいだな」
やっぱり、異変が発生したのは、フェニックスを僕らが倒した時期と重なる。
父さんたちもディロス山の異変は知ってるだろうし、ベリアの街に向かってるのも、異常気象の原因を調査するよう神殿から依頼されてるのかも。
「ちょっとお聞きしたいんですが、そのディロス山の山頂って、創世戦争時代の古い遺跡とかあります?」
「創世戦争時代の遺跡? どうだろうなぁ……。オレは何度か登ったが、そんな遺跡っぽいもんはなかったと思うが……。あそこは夏場でも雪が残るし、野生の狼や魔物化した狼が多くてな。人がほとんど近寄らない場所なんだよ」
人が近寄らない場所か……。キマイラのいた遺跡も、フェニックスがいた遺跡も人がほとんど立ち寄らない場所に隠すように作られてたからなぁ。隠された遺跡がありそうな気がする。
「ただ、今回は光の柱が昇るという異変が起きたから、街も冒険者を現地に派遣したらしい」
「そうだったんですか! だったら、山頂の状況が――」
トレッドさんは、哀しそうな顔をして首を振り、言葉を続ける。
「残念ながら、現地に派遣した冒険者は帰って来てないそうだ。魔物に襲われたのかもしれないし、悪天候によって遭難したかもしれんって話だ。二カ月の間に三回ほど現地調査隊が送り込まれてるそうだがな」
派遣してる冒険者は現地の人だし、雪山でもそれなりに対応して活動できる人を選んでるはず。それなのに三回とも未帰還ってなると――。
キマイラやフェニックスみたいな強い魔物の犠牲になって、帰って来れてないのかな。
「三回も未帰還が続いて、調査隊はまだ送られてるんですかね?」
「いや、打ち切られたそうだ。雪も酷くなったそうだしな」
やはり安全を考えると、そういう判断を下すよね。異常気象の発生源らしい場所が分かってても近づけない状況ってことみたいだ。
「様子のおかしいディロス山には近づけないらしいし、本当にいつ止むんだろうな。この雪」
歩きながら上空を見つめるトレッドさんの表情は暗い。表情が冴えない原因は、この大量の雪が、いつまで降り続くのかさっぱり見当がつかない状況だからだろう。
「やまない雪はないって言いますし、きっともう少し季節が進んだらやみますよ」
僕の言葉にトレッドさんが力なく笑う。
「だといいな……。雪はもう見飽きた」
それから、しばらく歩いていくと、変化の見られなかった前方に何か動く物が見えた。
「対向車あり! 馬車は左側に寄れ!」
御者席で運転しているベルンハルトさんから、大声で指示が飛ぶ。話しながら隣を一緒に歩いていたトレッドさんと目が合った。
「ベリアで荷物を降ろして、モートンに戻るため、南下してきたやつらだろう」
「だったら、この先の道の状況とか聞けそうですね」
「ああ、ベリアの街の最新の状況も聞けそうだ。とりあえず、後方の馬車には速度を落として左に寄るよう連絡をするぞ」
「頼みます」
トレッドさんが、周囲にいた冒険者たちに目配せをすると、次々に後方の馬車に向かって冒険者たちが指示を伝えるために駆け出して行った。
しばらくすると、雪煙をあげた馬車の一団の姿がくっきりと見え始め、相手もゆっくりと近づいてくるのが見えた。
向こうもこちらを認識しているようで、狭い道幅でぶつからないよう反対側に寄ってくれている。
「停車! 停車! 小休止!」
僕たちの輸送隊は相手の接近を待つため、停車して小休止することになった。その後、相手の輸送隊のリーダーと情報交換も兼ねた立ち話に参加させてもらったところ――。
両親が参加した輸送隊との距離が、二日ほどに縮まっていることが判明し、遠くに感じていた両親の背中が見えたような気がした。
けれど、ベルンハルトさんの判断では、両親たちのいる輸送隊もかなりの早いペースで北上しており、ベリアの街へ到着する前に合流するのは厳しいとのことだ。
なので、まずは輸送隊を無事故で確実にベリアの街へ到着させることが最優先の目標になった。
それから三日がすぎ、大きなトラブルもなく順調に旅程をこなした僕らは、モートンから出て六日。ついに目的地であるベリアの街に到着した。
「城壁から雪を捨ててるみたいだね。すごい量の雪が城壁の外に積み上がってる!」
馬車の窓から身を乗り出して、ベリアの街の様子を見たエルサさんから驚きの声が上がる。
「積もった雪を捨てられる場所が街の中になくなったってことさ。話は聞いていたが、こんな酷いありさまとはな……。オレの想像以上だった」
二カ月ぶりに帰郷したトレッドさんも、変わり果てたベリアの街を見て絶句している。
かろうじて城門から出入りする道の除雪はされているが、門の向こうに見える街中では屋根近くまで雪で埋まった民家もいくつか見受けられた。
「あの家は誰か住んでるんですかね?」
周囲の様子をキョロキョロと見まわしていた僕の質問に、トレッドさんが答えてくれた。
「あそこまで雪が積もったら、屋根が抜ける可能性もあるし、危なくて住めないだろうな。たぶん、他の家に身を寄せてると思う。まだまだ雪が降りそうだしな……」
どんよりと曇ったままの空から、大粒の雪が街中にやむことなく降り注いでいる。
街の惨状を直接見たことで、僕も今まで口にしていた『やまない雪はありませんよ』という言葉をかけることができずにいる。
馬車はゆっくりと城門の中に入り、後に続いた僕の目に、街の中の様子がさらに酷いことが見えてきた。
「あれって……」
僕が指差した先では、建物の解体作業をする人たちの姿がチラホラ見えた。
「雪で潰れた馬小屋を解体して、暖房の燃料にする薪にしてるんだろうな」
「薪も不足してるんですね。たしかにあの雪では外に薪を取りに行くのも一苦労ですもんね」
「その通り。だから、街中で調達してるのさ。もちろん家主も了承したんだろうけどな」
それくらいベリアの街に住んでる人たちは、今の異常気象に苦しんでいるということだろう。
両親に再会するという自分の用事を後回しにしても、ベリアの街の窮状を救うため原因調査を申し出た方がいい気もする。
行方不明だった両親が生きているのは確定してるわけだし。
被害の様子を見ながら歩いていると、僕の様子を心配したトレッドさんが肩を軽く叩いて、明るく街のことを話してくれた。
「今は雪だらけだけど、ベリアの街はわりといい街だぞ。ここで生まれ育ったオレが保証してやる。特に馬は王国一の良馬が揃ってる牧場が郊外にたくさんあるぞ。あそこの広場では馬市もされるしな。毎年、仔馬を求めて今の時期に商人が集まって来てたのさ」
ゆっくりと街中を進んでいた馬車は、街の中央部にある広場に着くと、そこで停車した。後続の馬車が次々と広場に停車していく。参加者の顔には安堵の表情が浮かんでいた。
全ての馬車が広場に停車を終えると、ベルンハルトさんが参加者全員を集めるよう指示を出す。すぐに輸送隊に参加していた冒険者や商人が集まってきた。
「とりあえず、無事に到着したということで、ここで輸送隊は解散とさせてもらう。冒険者諸君は、冒険者ギルドへ依頼達成を各自でしてくれたまえ。商人たちは、それぞれ荷の受け渡しをするように。ここまでの皆の協力に感謝する」
参加者からベルンハルトさんへの拍手が贈られる。大きな事故もトラブルもなく旅程を大幅に短くできたことにみんなが感謝をしている様子だ。
「では、これにて解散する! ありがとう!」
ベルンハルトさんが一礼すると、一緒に旅をしてきた人たちが一段と大きな拍手を返してくれた。
それからベルンハルトさんは参加者と挨拶を交わし、しばらくすると、参加者は各々自分の目的の場所に向かって散っていった。
そんな様子をエルサさんと一緒に見ていた僕に、トレッドさんが声をかけてきた。
「ロルフ、エルサ、途中でいろいろと温かい物を差し入れてもらったし、今回はかなり楽させてもらった。ありがとな」
トレッドさんが差し出した手を握り返し、握手を交わす。
旅の間、ベルンハルトさんとは違った視点の興味深い話も聞かせてもらえたし、人柄もとてもいい人だと分かったので、今回の縁を大事にしたいと思うようになった。
「いえ、大したことはしてませんから気になさらずに」
「オレにできることがあったら何でも言ってくれ。とりあえず、しばらくは街に留まるつもりだしな。この辺りのことはけっこう詳しいつもりだ」
両親の件や、ディロス山の異変のことも気になるし、しばらくはベリアの街に逗留することになるかもしれないから、トレッドさんの申し出はありがたかった。
「困ったことがあったらお願いしますね」
「ああ、任せろ。そう言えば、ロルフは両親を探してるんだろ? だったら、あの端にいる連中は、オレらより先に出た輸送隊の連中だと思うぞ。オレの知り合いもいるし、話を聞くか?」
トレッドさんが指差した先には、僕たちの輸送隊に参加してた人とは、別の人たちが固まっているのが見えた。
「い、いいんですか?」
「ああ、だいぶ早く着いたからな。ちょっとくらい寄り道しても家族は怒らんよ」
ベルンハルトさんたちは、まだ商人や冒険者の人たちと喋ってるみたいだし、自分の用事でもあるから、先に情報収集しておくのもありだよね。
「ロルフ君、トレッドさんも、ああ言ってくれてるしさ」
隣にいたエルサさんも僕と同じように、先に情報収集をしようと思ったらしい。
「ですね。じゃあ、すみませんけど一緒に行ってもらえます?」
「おうよ」
僕たちは馬車を離れ、トレッドさんと一緒に両親がいたと思われる輸送隊の一団に声を掛けにいった。
トレッドさんの知り合いの冒険者を介して、情報を集めた結果。両親はすでに冒険者ギルドの依頼を受けて、ベリアの街を出た可能性があることが判明する。
その向かった先が、異変の起きているディロス山ではないかという話も聞けた。
両親は神殿からの依頼も受けているっぽいし、僕を助けるためという理由で行動してることも聞いているため、今回のディロス山の異変に、僕の存在が関わっているのではないかと、より一層強く思うようになった。
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