第二一話 偵察


 精霊樹の森に入り、すでに半日がすぎた。



 日が暮れかけており、周囲は暗闇に閉ざされている。見上げると、木々の隙間から巨大な白い木がかなり近くに見えた。



「そろそろ、敵の警戒網ですね。ここらで野営した方がいいかもしれません」



「分かった。今日はここで野営としよう」



 ベルンハルトさんが、馬たちの手綱を引き、馬車を停車させる。



「なら、馬車は隠しとくわね」



「ああ、頼む。私とロルフ君で偵察をしてくるから、ヴァネッサはエルサ君とここを守っててくれ」



「はいはい、ゴーレムも護衛に置いとくわー」



 全属性魔法のスキルを持つヴァネッサさんは、いろんな魔法が使える。



 敵から見えなくなる魔法や、敵を見つける魔法、ゴーレムを使役する魔法も簡単に使って見せてくれるが、そのどれもが各属性の高度な魔法だというのを最近になって知った。



 そんな魔法の達人であるヴァネッサさんが、残ってくれるなら、よっぽどのことが起きない限り、馬車は安全だと思われる。



「ロルフ君、気を付けてね」



 御者席から、居室内が見える窓を開けたエルサさんは、心配そうな表情をした。



「うん、気を付ける。エルサさんも気を付けて。ナグーニャとリズィーも頼んだよ」



 エルサさんは頷くと、リズィーを抱いたナグーニャを自分の近くに寄せた。



「任せて、ヴァネッサさんもいるし、こっちは大丈夫」



「ロルフ、ベルンハルト、気を付けて。夜はまっくら。怖い魔物もいっぱい」



「ああ、気を付けるよ。ナグーニャも、もう少しでみんなと会えるから待っててくれ」



「あい! それまで、おしごとしとくー。エルサ、ナグーニャのしごとー」



「じゃあ、偵察終えて帰ってくるロルフ君たちのご飯を作っておこう」



「あい! リズィー、ナグーニャおしごともらったー! まずは、おててきれいにするー!」



 駆け去ったナグーニャは、リズィーとともに貨物用の荷馬車へ通じる扉を開けた。



「ロルフ君、我々は偵察に出発するとしよう」



「はい!」



 馬車を後にした僕とベルンハルトさんは、最小限の明かりと冒険者ギルドの地図を頼りに、精霊樹の森の中を進む。



 カサリと音がしたかと思い、明かりを向けると、小動物が驚いて駆け去っていった。



「ふぅ、動物か」



「緊張するかね?」



「はい、こういう依頼は初めてなので」



「ナグーニャから受けた依頼は、状況によって、人と争わねばならない。その場合は、全力で自分の命を守るように」



「はい、ちゃんと自分の命は守ります! エルサさんを残していけませんからね」



「ああ、それでいい」



 真剣な表情をしたベルンハルトさんの言葉で、改めて自分がこれからやり遂げる依頼が大変なものだということを知った。



「まぁ、人と争うのは最終手段だから安心したまえ。あと、我々の受けた依頼は、砦に囚われた人の救出なのを忘れないように。悪徳貴族は、正義の貴族が処罰してくれる」



 僕は頷きを返すと、ベルンハルトさんの後に続いた。



 しばらく森を進むと、うっそうと茂っていた木々が切れ、開けた視界の先には巨大な精霊樹が天に向かって生えていた。



「間近で見るとデカいですね」



「しっ! 声を潜めるように」



 ベルンハルトさんが指差した先には、窪地を囲うように頑丈そうな木の柵に囲まれ、煌々とかがり火を焚いた砦があった。



 自分のいる場所から見下ろすと、檻の中に人影が多数見える。




「あそこが、ナグーニャの囚われていた砦ですかね?」



 ベルンハルトさんと一緒に、地図に書き込まれた周辺の地形を確認していく。



「間違いなさそうだ。砦に詰めている人数は、ラポ殿の私兵30名といったところか。防御施設があるとはいえ、魔物の襲来もあるだろうし、最低それくらいは詰めているはずだ」



「じゃあ、どうやって、救出します?」



「囚われている人たちに危害を加えられたら困るし、連中を砦から引き離したい。ロルフ君なら、どうする?」



 砦から引き離すか……。引き離す……。引き離すかー。



「ベルンハルトさん、先に精霊樹を消せばいいんじゃないですかね」



 僕の答えを聞いたベルンハルトさんが、ニコリと微笑む。



「そうだ。ロルフ君の言った通り、精霊樹を先に破壊してやれば、連中は混乱するだろう。なにせ、巨大な木が忽然と消えるんだ。そして、混乱してる間に馬車を砦に乗り付け、囚われた者たちを救出し、森から離脱するといった手順でいこう」



「となると、二手に分かれないと無理ですかね」



「そうなるだろう。ロルフ君とエルサ君は精霊樹の破壊。私とヴァネッサが人質の解放となるだろう。ロルフ君たちは、精霊樹を破壊したら東に向かって一直線に逃げたまえ」



 ベルンハルトさんは、僕が手にしている地図を使い、逃走ルートを指先でなぞっていく。



「そうすれば、半日ほどでグウィード・アルカイデ伯爵の領地に入る。そこまで行けば領境を越えることになるので、ラポ殿の私兵は追えないさ」



「ベルンハルトさんたちは?」



「我々ももちろん、そっちを目指す。ヴァネッサにはできるだけ派手にやってもらうつもりだ。そうすれば、ロルフ君たちを追う者たちも減るからね」



 人質たちを連れての脱出でも、ヴァネッサさんの魔法があれば、追手を簡単に阻止できる。



 ベルンハルトさんたちの方は問題なしか。



 問題があるのは、僕たちの方。



 精霊樹の近くは餌となる葉や枝がさらにたくさん落ちてるため、より凶悪な個体が多いはず。



 倒せない相手ではないけど、油断をしたら、こっちが倒される可能性はあるはずだ。



 装備はかなり強化してあるけど、破壊後の脱出は僕たちだけなので、不安なところはある。



「自信がないかね?」



 ベルンハルトさんには、こちらの内心を見透かされてるな……。



 でも、ナグーニャとも約束したし、僕は僕の仕事をやり遂げなきゃ。



「あるとは言えませんけど、仕事はやり遂げますし、エルサさんは絶対に僕が守り切ります」



 僕の返答を聞いたベルンハルトさんの表情が再び緩む。



「その気持ちがあれば、まず失敗はないさ。落ち着いて、いつも通りにやればいい」



 ベルンハルトさんは、僕を落ち着かせようと、肩を軽く叩いてくれた。



「はい、そうします」



「では、そこを動くな――」



 音もなく短剣を抜いたベルンハルトさんが、そのまま、こっちに向かって投げる。



 顔の横を通り過ぎた短剣を追って視線を動かすと、身体中にキノコを生やした人型生物の首に突き立った。



「危なかったな。マッシュルームドールだ。こいつには苦い思い出しかない」



 たしか、あの魔物は思考を混乱させる匂いを発生させたはず。


 ベルンハルトさんは、それを出される前に仕留めてくれたわけだ。



「なにかあったんですか?」



「まぁ、若い時の失敗だよ。私も駆け出しだった時はあったからね」



 魔物の首から短剣を引き抜いたベルンハルトさんが、肩をすくめてみせた。



 詳しく聞きたい気がするけど、あまりなんでも聞くのは失礼かなと思い、無言で頷くだけにした。



 また暇な時を見つけたら、さっきのマッシュルームドールのことを聞いてみよう。



 魔物を倒した僕たちは、さらに周囲の様子を観察する。



「精霊樹に向かう道は、あまり警戒されてないようだ。これなら、ロルフ君たちも魔物にだけ気を付けて移動すればよいだろう」



 精霊樹へたどりつくには、他の木が絡み合うように生えた傾斜のきつい斜面みたいな根元を登っていかないといけないか。


 でも、そのおかげで砦からは見えにくい場所になってる感じだけど。



「みたいですね」



 でも、巨大な精霊樹がエルサさんの力で破壊されると、根を採取している地下の洞窟が崩落とかしそうだ。


 やるなら、全員が檻に戻る夜間だよな。


 夜は闇の力が強くなり、魔物が活発化するから、闇が溜まる洞窟内は立ち入りを禁じられるってナグーニャも言ってたし。



「精霊樹の破壊は夜の方が良さそうですね」



「ああ、檻に戻っている間に精霊樹を破壊すれば、洞窟が崩落しても人的被害は出ないだろう」



「だとしたら、破壊する際、明かりか何か打ち上げたらよく見えますかね?」



「ああ、そうしてくれ。貨物用の荷馬車にそういった用途の魔導具があったはずだ。それを使おう。明かりが打ち上がれば、砦の連中にも見つけてもらえるだろうし、こちらも突入の時期を測れる。私らが突入して囚われた人を馬車に乗せたら、ヴァネッサが派手に暴れ出す。ロルフ君たちは、その隙を突いて逃げ出してくれたまえ」



「なるほど、敵に対して二重の混乱を仕掛けるんですね。了解しました」



「よし、偵察はこれぐらいにして、今日のところは帰ろう」



「はい!」



 僕とベルンハルトさんは、精霊樹と砦の偵察を終え、ヴァネッサさんたちの待つ馬車へ戻ることにした。



 そして、食事の席でベルンハルトさんから、囚われた人の解放を明日の夜に決行するという話を聞いた。

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