第一六話 悪徳貴族(ベルンハルト視点)



 ※ベルンハルト視点



 ロルフ君たちと別れ、ヴァネッサとともに、カムビオンの街を治めるプラテルラ家の当主ラポの屋敷を訪れていた。



 商談をしたいと申し出ると、プラテルラ家の当主は門前払いすることなく、屋敷の中に招いてくれた。



 だが、あまり趣味がいいという感じの屋敷ではない。



 成金趣味とは言いたくないが、高価だが統一感のない調度品が並んで品を感じられない。



 当主とは会ったことはないが、こういった邸宅に住む貴族にはたいがい碌な者がいなかった。



「よくぞ、おいでくだされた。『赤目』のベルンハルト殿と『青の大魔術師』ヴァネッサ殿とお会いできるとは光栄ですな!」



 執事に通された部屋の奥には、でっぷりと肥えた中年の男が座っているのが見えた。



 あれが、ラポ・プラテルラか。あまり知り合いになりたくない類の人相をしている。



 人を人と思ってないような目をして、傲慢で貪欲な悪徳貴族様を丸出しにした男だな。



 想像通りの男が目の前にいて、ため息が出そうになるが、情報を引き出す前に相手を不快にさせるわけにはいかないので、商談用の笑顔を作った。



「こちらこそ、突然の訪問を快く受け入れてくださり、感激しております」



「著名な冒険者であり、高名な商人である『冒険商人』の二人からの訪問を無下にはできませんよ。これを機会に、貴殿と新規の取引を始められれば、我が家もさらに大きくなることは間違いなしだ。ダハハッ! まぁ、まぁ、座ってくれ」



 勧められた席に腰を下ろすと、肌の露出が多い使用人の若いメイドたちが食事をテーブルに並べていく。



 食材は豪華そうではあるが、味付けは見た目通り濃そうで、ヴァネッサの機嫌が露骨に悪くなる食事だ。本当に成金というか、悪趣味な貴族様だ……。



 ため息を吐きたくなる衝動をグッと押さえ、配膳を見守っていると、ラポが話しかけてきた。



「そう言えば、ベルンハルト殿たちは、つい最近、アグドラファンで、新種の魔物『キマイラ』を発見したとか。あれで、いくらくらい儲けられたのですかな?」



 聞くことは金のことだけか……。



 まったく、面白味もない会話だ……。



 それに、情報も正確ではない。



「ああぁ、あれは我が冒険者集団に、新たに加入したロルフという若者が成し遂げたことですよ。図鑑登録者は彼ですしね。私は近くで見ていただけにすぎません」



 面倒とは思いつつ正確な情報を答えたが、私の返答を聞いたヴァネッサが咳払いをした。



「んんっ! まぁ、それなりに稼がせてもらったわよね。ベルちゃんもわたしも。なにせ、十数年ぶりの新種の魔物だったわけだし、魔結晶を3つも持つ異形の魔物だったわけだしね。魔結晶の売却金だけで億は超えたかしらねー」



 金額を聞いたラポの表情が醜く歪む。



 金に心を蝕まれたやつ特有の表情だった。



 醜さで吐き気がする。



 それにしても、キマイラの魔結晶売却で億ももらった記憶はないな。ハッタリをかましすぎだ。だが、ラポに効果は抜群だったようだな。



「そうであったのか。でも、さすが、『冒険商人』の方々だ。商売に余念がない」



「我らは冒険者でもありますが、商人でもありますからね。利益が稼げる機会は逃しませんよ」



「それは素晴らしいことですな。私も同じ考えをしております」



 ラポの脂肪で膨らんだ顔が揺れる。



 腐った悪徳貴族は商売柄幾人も見てきたが、これだけ金に執着し強い腐臭のする悪徳貴族は久しぶりだ。



「ラポ殿とは良い取引ができそうですな」



「そうそう。取引で思い出しました。。本日、我が家を訪問してもらったのも。昨日、私が持ちかけた取引の件を真剣に考えたいとのことでしたな」



 ラポの顔が醜く歪んだ笑みを浮かべる。



 ヴァネッサがかましたハッタリで、私たちが『キマイラ』で大いに稼いでいると思っているのだろう。



「ええ、なんでも希少な精霊樹の根を、大量に販売してくれると聞いておりますが、それは本当でしょうか? 治癒の力に溢れた精霊樹の根は、貴族の方が特に所望される品。できれば、うちも扱いたいと思ったところです」



 ラポが使用人に目線で合図を送ると、別の部屋から木箱が持ち込まれ、蓋を使用人に開けさせた。



 中身は地中の魔素を吸収し、禍々しいほどに赤く染まった木の根が敷き詰められてる。



「高名な商人であるベルンハルト殿でも、これほどの量の精霊樹の根は見たことないであろう」



 これが、ナグーニャが囚われていた砦の奥に作られた洞窟で、採取した品だな。



 たしかにこれだけの量がまとまっているのは、見たことがない。



 精霊樹の地下に洞窟を掘れば、闇も溜まりやすくなるうえ、魔物が発生する可能性もあるわけだし、まともな人間ならそんな危険な場所で採取させようなんて考えないはずだ。



 ラポはそんな簡単なことすら考えず、金を稼ぐためだけに、砦と洞窟を作ったのだろうか。



 そうであれば、私が出会った悪徳貴族の中で一番の悪人になる。



 目の前の腐臭を発する貴族を殴り倒したい衝動を押さえ、品物が本物か確認することにした。



「鑑定させてもらっても?」



「ええ、構いませんよ。全部、本物。偽物など一切ありませんぞ!」



 自信満々のラポは、鑑定を快く了承してくれた。



 木箱に収まっている精霊樹の根を一つ手に取ると、左目の眼帯を外し、見切りスキルを発動させる。



 ほぅ。この根一つで150万ガルドの価値は超えてるな。たしかに精霊樹の根で間違いなさそうだ。



「本物ですな。これだけの量があるとは……素晴らしいですな」



 木箱の中はパッとみただけで、十数本の精霊樹の根が入っている。



 この一箱で2000万、いや3000万ガルドくらいにはなるかもしれないな。



「ああ、これはごく一部です。木箱に入った精霊樹の根は、あと10箱はありますので、数量に関しては安心してもらって問題ありませんぞ。ダハハッ!」



 これを手に入れるため、罪のない人を攫い砦に監禁し、朝から洞窟の採掘と根っこの採取をさせ、死んだら周辺に捨てて、魔物に食わせて証拠を隠滅しているというわけか。



 今までも自分の伝手を使い、いろんな貴族や商人に売り捌いていたのだろうが、私の伝手を使い、さらに手広く売り捌きたいということだろう。



 私が鑑定を終えたところで、ヴァネッサが精霊樹の根を一つ手に取った。



 表情からして、何か仕掛け、ラポの反応を引き出すつもりだろう。

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