第一七話 証拠固め(ベルンハルト視点)
※ベルンハルト視点
「すっごい、お宝ですね! わたし、精霊樹の根なんて初めて見ましたわ! たしか、精霊樹って周囲に散乱する精霊樹の葉や枝を餌にした強力な魔物が発生しますよね? そんな危険な場所で、どうやってこんな大量に集められてるんです? 冒険者ギルドの冒険者たちは、精霊樹の森への立ち入りを禁じられてると窺ってますが?」
「我が家の私兵は猛者揃いでしてね。精霊樹の周りに発生する魔物をすべて倒し、安全に根を採取できるようにしているのですよ。おかげで、大量に採取もできるというわけです」
下手な逃げ口上だな。私兵が猛者で魔物を狩り尽くして採取しているなら、街や周辺の農村に魔物が溢れるわけがない。
「そうでしたか。実は、このカムビオンの街に来る前、農村が魔物に襲われておりましてな。ヴァネッサ、あれは、何度目と言っていたか覚えているか?」
わざとらしく、魔物が溢れていることをこちらは知っているとバラすように、ラポに向かって告げた。
「半年で5回目とか言ってたかしら? 10回だったかもしれないわね。とにかく困ってたみたいだったわ」
本当に農村でそんな話を聞いたわけではないが、それくらいの頻度で魔物が溢れていると、ギルドマスターと会談した時に告げられた。
こちらの話を聞いたラポの表情が引きつる。
自分が私物化している精霊樹の森に出現する魔物の討伐をしていないことを知られていると察したのだろう。
王国から任せられた領地の管理ができていなければ、代々の領主であろうと、上席の貴族に管理責任を問われ弾劾をされ、領地を召し上げられる可能性がある。
「か、かような話は冒険者ギルドから上がってきておりませんぞ。私は初耳だ。ベルンハルト殿たちが訪れた農村には、しかるべき対応を取らせてもらう。ささ、その話はそれくらいにして。まずは冷める前に食事をいたしましょう」
暑くもないのに、額から珠のような汗を浮かべたラポが、話題を変えるべく食事をとるよう勧めてきた。
動揺こそ見せているが、尻尾を出すということはさすがにしないか。もう少し揺さぶってみるのもありだな。
席に戻り、食事が始まるが、やはり出された食事は、食べ物に対し鷹揚な私の口でも合わないくらい味が濃い。
おかげで、ヴァネッサは、一口だけ口を付け、あとはワインをがぶ飲みするだけになっていた。
空虚なお世辞を応酬する会話をこなし、ラポにも酒が回ったところで、改めて揺さぶりをかけることにした。
「今日は楽しい宴席を用意して頂き、とても感謝しております。そのお礼と言ってはなんですが、道中で聞いた奇妙な噂についてお知らせしておきたくて」
「奇妙な噂ですと?」
「ええ、なんでもラポ殿の領地内で人を攫い、どこか人目のつかぬ場所に監禁して強制的に労働をさせている輩がいるとか、いないとか。このような話が正義感の強いグウィード・アルカイデ伯爵に伝われば、ご領内の強制査察となりかねませんぞ」
こちらの漏らした言葉に、ラポの顔色が一瞬で変わる。
「そ、そんなよからぬ輩が、我が領内にいるのですか! 早急に討伐せねばなりませんな! わざわざグウィード・アルカイデ伯爵様にお出ましになってもらう必要はありませんぞ」
明らかに先ほどよりも顔色を悪くしたラポが、落ち着きがなくなり、溢れ出す汗を拭き始めた。
「たしか王国で定められている法では、人攫いはどのような刑がくだされるのかな? 最近忘れっぽくなりましてな。ご領主であられるラポ殿にご教示頂けると助かります」
「ひ、人攫いは片手片足の切り落としですぞ。たしか」
「では、監禁と強制労働を強要した場合ではどのような刑が?」
「か、監禁と強制労働の強要は、鞭打ち100回ですな」
「さすがは領主を務めるだけのことはある。実に王国の法に詳しい。では、人攫いと監禁と強制労働の強要と殺人となればどのような刑が妥当でしょうか?」
ラポの顔色は蒼白となり、顔から噴き出した汗で、服の襟元が濡れていた。
「そのような凶悪犯は、即日、縛り首が妥当でしょうな。だ、は、は」
笑い声にいっさい力がこもっていない。
「よろしければ、ラポ殿の領内で拡がる奇妙な噂の元となっているであろう、不逞の輩の討伐を我々がいたしましょうか? お安くしておきますぞ。これでも冒険者もやっておりますので、そういったご用命も承っておりますからな」
汗を必死で拭うラポは、手を振って拒絶を示す。
「いえいえ、わざわざ高名なベルンハルト殿のお手を煩わせることなどせずとも、領主として私が不逞の輩を取り締まりますので、問題ありません」
「そうですか……。お役に立てると思ったが、残念だ」
「ベルちゃん、お仕事熱心すぎよ。ラポ様も困ってるわけだし」
挙動不審さが増したラポは、必死に流れ落ちる汗をハンカチで拭く。
その様子を見る限り、彼が主導して精霊樹の根の採取を行っていると思われる。
とりあえず、ラポ自身が精霊樹の根を販売していたという証拠は押さえないといけない。
商談という形で、ラポから精霊樹の根を手に入れておくか。
「べルンハルト殿とは、ぜひ、精霊樹の根の販売の方でお付き合いして頂きたいですな」
「承知した。では、商談に戻りましょう」
ラポが手を鳴らすと、メイドたちによってテーブルから食事が下げられた。
「お待たせした。で、ベルンハルト殿はどれくらい入用ですかな?」
「ラポ殿が今持っているすべての精霊樹の根をうちで買い取らせてもらいます。まとめ買いするので、1本120万ガルドほどで卸してもらえると」
すべてと聞いたラポの顔色が明るくなった。
「ちょ、ちょっとお待ちください。手元にあるのが200本ほど、明日には320本用意できます」
明日になると増えるのは、砦から取り寄せるつもりだろう。
証拠となる契約書を作りたいだけなので、砦の分も含めて、全部まとめて購入することにしよう。
「320本、すべて卸して頂けますかな。1本120万ガルドですので――3億8400万ガルドになりますかな」
「さ、さんおく⁉」
「さすがに現金は無理なので、冒険者ギルドの口座を介しての取引となりますが」
「は? はぁ! 問題ありません」
服の内ポケットから常備している契約書を取り出すと、品名と数量、取引金額を書き込む。
冒険者ギルドへ提出する取引金額を書いた口座振替用紙も同時に書いていく。
「あ、あの! 本当に全部よろしいのですか⁉ 320本もあるのですぞ?」
「心配されるな。私はいろいろな伝手がありますので、それくらいはすぐにでも捌けますよ」
購入した精霊樹の根は、証拠品としてグウィード・アルカイデ伯爵に提出するつもりだ。
その後、ラポが弾劾されれば、取引は無効とされ、返金対応はしてもらえるはず。
「さ、3億が私の手に……」
金に支配されたラポは、取引の成立後に手に入る金を想像し、醜い笑みを浮かべている。
「では、契約書に署名を頂けますかな?」
私が差し出した同じ内容を書いた2通の契約書を執事が受け取り確認していく。
書類に問題ないことを確認したため、ラポの目の前に置かれた。
「やはり、ベルンハルト殿は素晴らしい商人だ! 今後とも、私との取引を継続してもらいたいものだ。.ダハハっ!」
羽ペンを持ったラポは、契約書に署名をして、1通が私の手元に戻った。
これで、ラポが精霊樹の根を売った証拠を手に入れた。
あとは、砦に囚われた者の証言と私兵を数名掴まえれば、グウィード・アルカイデ伯爵が追及をしてくれるはずだ。
「それは、またの機会にいたしましょう。私も今回仕入れた物を捌かないと資金がない」
「それはそうですな」
「では、その契約書と一緒に精霊樹の根を冒険者ギルドに持ち込んでもらえば、間違いなく代金のお支払いはされます」
巨額の売買契約を交わしたことで、ラポの鼻息は荒く、先ほどまでの狼狽した様子はなりを潜めている。
「承知した。品物は間違いなく明日にでも冒険者ギルドに持ち込ませるので、安心してください」
「では、商談は成立ね。ベルちゃん、そろそろお暇させてもらおうかしら」
「そうだな。ラポ殿、よい取引をさせてもらったことを感謝します」
私たちはご機嫌なラポと握手を交わすと、彼の屋敷から退散し、停車場に停めてある馬車に戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます