第一四話 ギルドマスターの思惑

 僕たちは、ギルドマスターに面会するため、朝のラッシュで混雑する冒険者ギルドに顔を出した。



 追手の件もあり、ナグーニャ一人を馬車に残すわけにはいかなかったため、顔が見えないよう外套を着せて、この場に連れてきている。



「改めて感じたけど、ベルンハルトさんたちが訪ねたら、貴族の人が必ず会ってくれるのってすごいよね」



「ですね。ベルンハルトさんたちは、冒険者として有名なだけじゃなく、商人としても成功されている方ですしね。貴族の人が会ってくれるのは、商人としてのベルンハルトさんたちに会いたいからだと思いますよ」



「なるほど、商人としてね」



「ベルンハルト、ヴァネッサ、すごい人?」



 外套のフードを目深に被ったナグーニャが、先ほど停車場で別れた2人のことを聞いてきた。



「ああ、すごい人たちだよ。だから、安心していいよ」



「そっか。ベルンハルト、ヴァネッサ、すごい人、ナグーニャ覚えた」



 ナグーニャがものすごい勢いで頷いたので、顔を覆っている外套がめくれそうになったのを、エルサさんがすかさず戻す。



「ナグーニャちゃん、リズィーのお世話をよろしくね。人がいっぱいいるし、ちゃんと見ててね」



「あい! 分かってる。リズィー、ナグーニャといっしょねー」



 頷いたリズィーは、ナグーニャの近くで大人しく座っている。



「お待たせしました。ギルドマスターのドグラス様がお会いになるそうです」



 事前に受付嬢へ、ベルンハルトさんの徽章と直筆の紹介状を渡しておいたことで、ギルドマスターが、僕たちとの面会に応じてくれたようだ。



「こちらへ」



 受付嬢の後ろに続いて、二階に上がると商談用の個室に案内された。



 中に入ると、いかつい顔の男が座っており、こちらを手招きして椅子を勧めてくる。



「あんたらが、あの『冒険商人』のメンバーとはな。ああ、いやこれは悪口じゃないぞ。意外だったということだ」



 ギルドマスターの人もやっぱそう思うよね。



 僕たちみたいな若い駆け出し冒険者が、超有名な冒険者集団のメンバーだって言われても信じられないだろう。



「ロルフと申します。隣の人は同じくメンバーであるエルサさん。そっちが、ナグーニャ」



 僕の名前を聞いた途端、ギルドマスターの顔色が変化した。



「キマイラの発見者! あんたが、ロルフだったのか! こんな若いやつが、あのキマイラを発見して討伐したのかっ!」



 あのキマイラを図鑑登録した件って、こんな離れた街にまで届いてたんだ。



 こんなにびっくりするとは思わなかった。



「あれは、みんなの力を借りて達成したことで、僕だけの力ではないですよ」



「いやいや、それにしたってすごいことだ。なんせ、3つの魔結晶を持ってたとかいう異形の新種魔物を見つけたわけだしよ。あの話を聞いた時、オレも現役時代を思い出してわくわくしちまったぜ」



「ありがとうございます。とりあえず、その話は置いておいて。ベルンハルトさんの書状に書かれていたと思われるのですが、そちらの件を聞かせてもらっていいですか?」



 書状の件を切り出すと、ドグラスさんの顔色が曇る。



「精霊樹の森の地図を提供してくれって件か」



「ええ、僕たちはそこにいるナグーニャから、精霊樹の森にある砦に囚われた人の解放を依頼されました。その依頼の遂行のため、こちらの冒険者ギルドが保管しているであろう、精霊樹の森の地図を提供してもらいたいと思っています」



 冒険者ギルドとしては、領主と事を構えたくないというのが、ドグラスさんの顔色からでもありありと見て取れる。自分たちに利益はないって判断をしているんだろう。



「そんな地図は残念ながら存在しないさ。知ってるだろ? あそこは貴族の私有地だ。勝手に地図を作れば処罰される。だから、5年前に全部処分したのさ」



 ギルドマスターのドグラスさんは、表情をいっさい変えずに地図は残っていないと言い切った。



 さすがに、真正面から利益の提示もなく聞いて、簡単に応じてくれるわけないよね。



「実は、僕たちは依頼の遂行にあたり、この地でナグーニャの受けた被害と同じようなことが起きないよう、精霊樹の破壊を決断しました」



 精霊樹の破壊と聞いたドグラスさんの表情が少しだけ変化する。



 反応したみたいだ! やっぱり、精霊樹の排除を冒険者ギルドも望んでいるようだぞ。



「何を馬鹿なことを言っているんだ。あんな巨大な精霊樹が破壊できるわけないだろう。『冒険商人』のメンバーともあろう者が虚言を弄するとは……」



 ドグラスさんが嘆かわしいとでも言いたげに首を振っていると、エルサさんが口を開いた。



「うちには『青の大魔術師ヴァネッサ』がいることをお忘れではないですか? あの人が本気を出せば、精霊樹の1本くらい消し炭も残さず消せる魔法を扱えますよ」



 また表情が変わった。



 もしかして、やれるかもって思ってくれたようだ。



 ヴァネッサさんの使う魔法に対する、周囲の人の評価はものすごく高い。



 おかげでエルサさんの力はバレずに済みそうだ。



「本気でやるつもりか? あの精霊樹を破壊するんだぞ?」



「ええ、そうすれば、このカムビオンの街に横たわる問題が解決するという判断に至りましたので、僕たち『冒険商人』は実行するつもりです。ですから、冒険者ギルドの保管している精霊樹へ至る道を描いた正確な地図が欲しいのですよ」



「たしかに街のシンボルだった精霊樹は、すでにこのカムビオンの街にとって邪魔な物に成り果てた。だが、地図を君らに提供すれば、領主に対するうちの冒険者ギルドの立場が悪くなると分かっているだろ!」



 ドグラスさんが怒気をみせ、机を手のひらで叩いた。



「ええ、分かっています。だから、そちらも手を打ってあります。これは、ベルンハルトさんからの依頼です」



 預かっていたグウィード・アルカイデ伯爵に送る書状を、テーブルの上に置いた。

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