第一三話 精霊樹破壊作戦?

 全員が揃って席に座ったことを確認したベルンハルトさんが、口を開く。



「さて、我々、『冒険商人』は、ナグーニャから依頼された砦に囚われた人々の解放を達成せねばならない。そのために必要なことは何かね?」



 えっと、まずは囚われている正確な場所が分かってない。ナグーニャの描いてくれた地図じゃ、どれくらいの距離があるのか分からないし、到達するまでの道しるべもないし。



「砦の正確な場所の把握ですかね」



「正解だ。まずは我々が救出に向かう場所を知らねばならない。どこに行けば手に入ると思うかね?」



 地図……のある場所か……。


 冒険者ギルドなら、あるんじゃないかな。貴族の私有地になる前は、精霊樹の葉や枝を収拾しに冒険者が行き来してたわけだし、その際地図が作られたはず。



「冒険者ギルドですかね?」



「その通りだ。冒険者ギルドは精霊樹までの正確な地図を持っているはず。その地図と、ナグーニャの描いてくれた地図を突き合わせれば、砦の位置はすぐにでも分かるだろう」



「アグーニャ、おやくにたったー!」



「でも、冒険者ギルドがそう簡単に地図をくれるかしら? すでに貴族の私有地になってる場所だし、案外捨ててるかもよー」



 ああ、そうか。5年前に領主が私有地にして冒険者の出入りを禁じていた。


 だとしたら、ヴァネッサさんの言う通り、冒険者ギルドは地図を破棄してる可能性もあるよね。



「それはないな。冒険者ギルドは、精霊樹の森から溢れてくる魔物に手を焼いている。今は領主の私有地で手が出せないが、何らかの変化があり、魔物討伐のため、精霊樹の森へ入れるようになった時のことを考え、必ず保管しているはずだ」



「その地図を提供してもらうんですね!」



「ああ、そのつもりだ。だが、冒険者ギルドも簡単には提供してくれまい」



「どうして――。あっ! 領主様への配慮ですね!」



 僕たちに地図を提供することは、領主に反抗したとみなされる可能性があるってことだ。



 冒険者ギルドも街によっては、領主と対等の関係だったり、領主の影響下だったり、中立ってところもあるとか聞いたことがある。


 アグドラファンの街は、領主の影響力が強く反映される場所だったけど、このカムビオンの街はどうなのか、僕は知らない。



 もしかしたら、アグドラファンと同じく、領主の影響が強いのかもしれない。



「でも、昨日、ベルちゃんと一緒にギルドマスターと会談した感じでは、精霊樹の森を私物化し、魔物の狂暴化と巨大化を放置している領主のことを苦々しく思っているように感じたわね。領主への不満は高いはずよ」



「ヴァネッサの言う通りだ。5年前、王国直轄領だったカムビオンの街に領主として赴任し、冒険者ギルドの稼ぎ場だった精霊樹の森を私物化したラポ殿への恨みは深いだろう。稼ぎ場を奪われた冒険者ギルドは、街道を行き交う隊商の護衛業に力を注ぎ、今では精霊樹の稼ぎがなくても冒険者たちに仕事を与えられるようになったと、昨日の会談で話してくれた。ただ、精霊樹の森からあふれ出す魔物の被害が年々酷くなっていると嘆いてもいた」



 冒険者ギルドとしても、このまま領主が精霊樹の森を放置すれば、いずれ対処できない大惨事が起きると見越してるんだろう。



「つまり精霊樹を独占し、魔物討伐を放置する領主のことは恨んでいるけど、自分たちの力で排除したいとまでは思っていないってところですか?」



「まぁ、そうだろう。だからこそ、こちらが提示する条件次第では地図を提供し、砦に囚われた者の救出を黙認してくれる可能性はある」



 冒険者ギルドに提示する条件か……。



 話を真剣に聞いていたエルサさんが、おずおずと手を挙げて発言を求めた。



「どうした? エルサ君?」



「あ、あの! ちょっと質問なんですけど、魔物の狂暴化と巨大化の原因になっている精霊樹って、破壊してもいいんですか?」



「「「精霊樹を破壊⁉」」」



 エルサさんの発言に僕を含め、みんなが驚いた顔をした。



「ええ、街の人も精霊樹さえなければって話をしてましたし、あたしの力を使えば、あの巨大な木も破壊できると思います」



 その発想はなかった!



 たしかにほとんどの物を破壊できるエルサさんの力を使えば、精霊樹は破壊できると思う!



 冒険者ギルドは街の発展に対し、すでに精霊樹を邪魔な物とみなしているし、領主は精霊樹の根が採取できなくなる。そして、精霊樹の森の周辺に住む人は、森から溢れる強力な魔物に悩まされなくなる!



 精霊樹が破壊スキルによって、この世界からなくなれば、砦に囚われた人を解放したあと、また同じ問題が発生することもないはず!



「精霊樹を破壊するか……その選択肢は私の頭の中になかったな。周囲への影響はかなりあるが、たしかにいろいろな問題が一気に解決する」



「さすが、エルサちゃん! わたしはその爽快な案に賛成よ! クソ貴族が悔しがる顔が思い浮かぶわ! それに冒険者ギルドも魔物を吐き出し続ける忌々しい精霊樹が消えて大喜びよ!」



「エ、エルサ、あの精霊樹、破壊できる⁉ す、すごい!」



 エルサさんの力を知らないナグーニャが、精霊樹を破壊できると聞いてびっくりした顔をしていた。



「冒険者ギルドのギルドマスターへ、精霊樹を破壊することを条件に、精霊樹の森の地図の提供を打診しましょう! 地図の提供をしてくれれば、こちらの動きを黙認してくれそうな気もします」



 僕の提案を聞いたベルンハルトさんが、顎に手を当て考え込む仕草を見せた。



「ふむ、うちにはヴァネッサもいるし、魔法で破壊するという話にすれば、エルサ君の力の件は誤魔化せるな」



「まぁ、あんな巨大な精霊樹を一発で破壊できるような魔法なんてないけどねぇ。エルサちゃんのためなら、あることにしておこうかしらね」

 エルサさんに備わった破壊スキルの力は、僕の再生スキルを発動させる鍵でもあるけど、単体でも異常に強力なスキルだ。



 そのため、知る人が増えれば悪用しようとして、彼女を捕まえようとするやつが出てくるので、できるだけ秘密にしないといけない。



 だから、ヴァネッサさんの申し出はありがたかった。『青の大魔術師ヴァネッサ』が魔法で精霊樹を破壊するって言えば、大半の人が納得するしね。



「ヴァネッサさん、すみません」



「いいって、いいって、いろいろと誤魔化すのは、ベルちゃんのせいで慣れてるからねー」



 問題ないとでも言いたげに、ヴァネッサさんはニコニコした笑みを浮かべた。



「冒険者ギルドは、エルサ君の提案してくれた条件で動くだろう。あとは、領主の方だが、そちらは任せてくれ。この近くに、私の古くからの友人である、グウィード・アルカイデ伯爵殿が領地を持っていてね。彼ならば、ナグーニャたちの置かれた境遇を正しく理解し、己の信念に従って、ラポ・プラテルラ男爵殿を弾劾してくれるはずだ。上席の貴族であるグウィード殿の質問に対し、虚偽の答弁が発覚すれば、それこそ、家を揺るがす大問題だ」



 平民にすぎない僕たちでは、領主のラポを処罰することはできないけど、グウィード・アルカイデって人の力を借りれば、それが行える。


 つまり、権力を持つ貴族を罰するのは、より上位の権力を持つ貴族ってことか……。勉強になるなぁ……。



「あー、あの脳筋貴族の力を借りるのねー。面倒くさいおっさんだけど、正義感はベルちゃんに負けないくらい強い人よねー。わたしは苦手だけど」



 ヴァネッサさんでも苦手な人がいるんだ。でも、ベルンハルトさんが頼りにする貴族なら、きっと素晴らしい人なんだろうな。僕も一度会ってみたい気はする。



「よし! これで、だいたいの方針が定まった! 冒険者ギルドから地図を提供してもらう交渉はロルフ君たちに任せる。私の徽章を持って行けば、ギルドマスターも会ってくれるはずだ。きちんと相手に利益があることを告げ、地図をもらってきてくれ。それと、今から私が書く書状を、グウィード・アルカイデ伯爵殿の領地に急いで届けてもらうように冒険者の手配を頼む!」



「は、はい! 分かりました! ベルンハルトさんは?」



「ああ、私はヴァネッサと敵の顔を拝みに行ってくるよ。証拠はいくらあっても困らないからね」



 領主のところに行って、違法性を示す証拠集めを続けるってことか、そっちは僕じゃできないよね。


 有名なベルンハルトさんたちだから、貴族の屋敷に行けるわけだし。



「領主の館での証拠集めは、ベルンハルトさんたちにお任せします!」



「ああ、任せたまえ、では、すぐに書状を書き上げる。それまでに、各自準備を済ませてくれ」



「「「はい!」」」



「今日は忙しくなりそうですね」



「そうだな」



 ベルンハルトさんが書状を書き終えると、僕たちは二手に分かれ、それぞれの目的地に向かった。

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