第八話 夕食

「ロルフ君、なんか喋りたくないみたいだから、先に髪を梳いてあげていいかな?」



「あ、ごめん。それがいいね。君、喋りたくなったら教えてくれると、助かるよ。僕らに手助けできることがあるかもしれないしね」



 獣人の女の子は一瞬薄目を開けて、こちらを見たが、また閉じてしまった。



 その獣人の女の子に抱えられたリズィーが、僕を見て困ったように首を傾げる。



 まぁ、何か事情があるんだろうと思うけど……。


 言えないのか、言いたくないのかどっちなんだろうか。



「まぁまぁ、言いたくないことってわりとあるよね。あたしもあったしさ。でも、ロルフ君って意外とこう見えても頼りになる子なんだ。貴方の困ってることを解決してくれるかもよ」



 獣人の女の子の後ろに座ったエルサさんが、まだ濡れている髪を櫛で梳かしながら、拭いていく。2人の様子を見ていたら、一瞬だけ親子のように思えてしまった。



 エルサさんと僕が結婚したら、子供もできるだろうし、こういう時間もできたりするんだろうな。



「ロルフ君? どうしたの? 眠い?」



「ひゃ、ひゃい! え、いえ、エルサさんがすごいお母さんっぽいなって思ってただけで――。ああ、違うんです! そういう意味じゃなくて!」



 急に名前を呼ばれたことで、驚いた僕はありえないくらい狼狽してしまった。



 その様子を薄目で見ていた獣人の女の子が、我慢できなかったのか噴き出した。



「笑っちゃダメよ。ロルフ君はあたしの大事な人だからね」



 エルサさんの言葉を聞いた獣人の女の子は、笑いを必死にかみ殺すと頷いた。



 それからはしばらく無言の時がすぎ、ボサボサだった獣人の女の子の髪が、エルサさんによって綺麗に整えられた。



「よし、終わり。いい子だったわね」



 エルサさんが、ギュッと抱き締めてあげると、眼を閉じて口を真一文字に結んでいる女の子の表情が安らいだ。



 やっぱ、なんか事情を隠してそうだけど……。今は聞けそうにないな。



「ロルフ君、ベルンハルトさんたちも戻ってきたみたい」



 扉の方を見ると、濡れたことで若干身体が萎んだベルンハルトさんがぐったりと立っていた。



「なぜ、私まで巻き添えを食らったのだ……」



 タオルで自分の耳を丁寧に拭いていたベルンハルトさんに、ヴァネッサさんが腰に手を当て説教をする。



「ベルちゃんも数日入ってなかったでしょ。わたしは気になってしょうがなかったの」



 ヴァネッサさんがシャワーに連れ込む時は、いつもベルンハルトさんが観念する時期を見計らっている感じがする。きっと2人の間には、暗黙の了解があるんだろうな。



「まぁ、まぁ、お二人とも落ち着いてください」



 二人とも妥協点を知っている大人のため、喧嘩には発展せず、それぞれが椅子に腰を下ろした。



「それよりも、この子が何者なのか聞き出せたかしら?」



「いや、まだです。エルサさんが相手をしてくれてましたが、口はいっさい聞いてもらえませんでした」



「悪い子じゃないと思うんですけど、こっちの質問には答えてくれないですね。着ていた服にも何もなかったですし、今のところどこの誰の子か、全然わからないです」



 シャワーを終え、寝間着に着替えたヴァネッサさんが、髪を拭きながら口を開く。



「わたしが察するに、どこかから逃げた子って感じかもしれないわね。身体に傷も多かったし。特に手足には、枷でできたであろう傷があったから、牢獄かなんかに囚われてた子かも」



 自分の話をされていると察した獣人の女の子は、口を真一文字に結んで、目をギュッと閉じたままだった。



「言いたくないのは構わないが、私らとしては保護した君を衛兵に届けねばならん。その時、君が自分のことを衛兵に喋ってくれるならいいが、喋らなければ、勝手に私の馬車に忍び込んだ者として突き出さねばならなくなる。だが、そうはしたくないのだ」



 タオルで耳を拭き終えたベルンハルトさんは、床でリズィーを抱っこしている獣人の女の子に素性を喋るよう促していく。



「僕たちは君の手助けをしたいだけだよ」



 もう一度、先ほどと同じ言葉を獣人の女の子に語りかけた。



 その言葉に目を見開いた獣人の女の子は、まだ喋るべきか迷っている様子を見せている。



 無言の時間が流れると、お腹が鳴る音がした。



「お腹が空いているのかね。だったら、食事を食べたまえ。君が何者なのか聞くのはその後だ」



「そうね。お腹空いてたら、考えもまとまらないでしょうし、エルサちゃんのご飯は美味しいから食べていきなさい。はい、貴方の席はここね。いらっしゃい」



 顔を真っ赤にした獣人の女の子は、ベルンハルトさんたちの申し出に無言で頷くと、リズィーを放して、椅子に座った。



「じゃあ、消化にいいシチューにして出します。ロルフ君、手伝ってくれる?」



「あ、はい!」



 エルサさんが、新たに作ったシチューをテーブルの上に並べていくと、獣人の少女の視線が食べ物に集中する。



 僕もすきっ腹でアグドラファンの街を歩いてた時は、今の彼女みたいな顔してたのかも。相当お腹が空いているんだろうな。



 配膳が終わると、獣人の女の子にスプーンを差し出す。



「おかわりはあるから、いくらでもしてもいいよ」



 獣人の少女はこちらを見ると、食欲に負けたようで、スプーンを手にすると、皿のシチューをものすごい勢いですすり始めた。



「うまっ、うまぁ、あったかい。うまぁ」



 顔中にシチューを付けながら、あっという間に平らげると、皿をこちらへ差し出した。



「お、おかわり?」



 獣人の女の子は無言で頷く。僕は受け取った皿をエルサさんに差し出す。



「はい、どうぞ」



「あーがと!」



 あらためてシチューが入った皿を受け取った獣人の子は、再び勢いよく食べ始めた。



 それから、おかわりすること3回。メインの精霊樹の燻製焼きも平らげたところで、お腹が満ちたらしく、獣人の女の子はスプーンを持ったまま寝落ちしてしまった。



「相当、空腹だったみたいだね。この様子では、今日中に素性を聞き出すのは無理らしいな」



「ですね。明日にします?」



「ミーンズの街への輸送依頼は期日にかなり余裕を持っているから、数日くらい旅程を変更しても問題はないが」



「この様子だと、このまま放り出すわけにはいかなそうだしねー」



 ベルンハルトさんもヴァネッサさんも、寝てしまった子を起こして、素性を聞き出すのは無理と判断したらしい。



「じゃあ、話を聞くのは明日にしますか?」



「ああ、それがいいだろう」



「了解です」



 お腹が満ちて、ちゃんと考えられるようになれば、この子も自分のことをきっと喋ってくれると思いたい。

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