第七話 巻き添え


 眠っていた獣人の子がパチリと目を開け、リズィーと顔を見合わせる。



「あー、わんちゃんだー。かわいいね」



 リズィーも警戒をしていないのか、獣人の女の子の顔をペロペロと舐めて喜んだ様子を見せている。



「リズィーが、その子を気に入ってる様子だね」



「と、とりあえず、どうします? 目を覚ましたみたいだけど」



「僕は保護した方がいいと思います。親とはぐれたかもしれないし」



「ロルフ君の言う通りだな。こちらで保護して、明日にでも衛兵に迷子として届け出よう」



 でも、どこかでこの子を見た気がするんだよなぁ。どこだっけ……たしか、つい最近の気が――。



 獣人の女の子と、どこで会ったのか記憶の中で考えていたら、ヴァネッサさんが僕の前を通りすぎた。



「なら、ちょっと綺麗にしてあげないと、居室には入れてあげられないわよ。リズィーちゃんも今日は一緒にシャワーねー」



「いやー、お水いやー、やめてー、わんちゃん、たすけてー、いやー」



 手をワキワキさせたヴァネッサさんが、リズィーと一緒にジタバタ暴れる獣人の女の子を捕まえると、シャワー室に消えていく。



「あの子に合うサイズの服があったはずだから、エルサちゃん、持ってきてー」



「お水いやー。わんちゃん、たすけてー」



 シャワー室の中から水の音とともに、獣人の女の子が泣いてる声とリズィーの悲しく鳴く声が聞こえた。



「あ、はい! すぐに持っていきます」



 エルサさんが貨物室の木箱の中から、衣装と書かれた箱を開け、子供用の衣服を取り出すとシャワー室へ走り込んだ。



「あ、あのヴァネッサさん、小さい子なんでお手柔らかに頼みますよ」



「分かってるって、エルサちゃんはそっち洗ってあげて」



「はい、この子、身体中が傷だらけですね」



「うん、これは酷いわね。ちょっと、回復魔法かけるから待ってて」



「お水いやー。いやー」



 シャワー室内から2人の会話が聞こえてくる。



「迷子かと思ったが、身体に傷があるとなると、訳ありの子っぽいかもしれないな」



「ですね。事情を聞いたら衛兵に早急に届け出た方がいいかもしれません」



「ほら、痛みは消えたでしょ。お水も怖くないわ」



「綺麗にした方が気持ちいいよ。大丈夫、安心して」



「あうー、ほんと? いたいことしない?」



「しない、しない」



 獣人の女の子は落ち着いたようで、泣きわめく声は止んだ。けど、リズィーは悲し気に鳴いたままだった。



 リズィーもシャワー嫌いだからなぁ……。



 女の子に抱えられたままだったことで、巻き込まれてシャワーされたわけだし、あとでしっかりと拭いてやらないと拗ねるだろうな。


 シャワー室内が大人しくなると、ベルンハルトさんが僕の服の袖を引いてきた。



「我々は、居室に戻っていた方がいいな。うん、そうしよう」



「ベルちゃーん、この子とリズィーちゃんが終わったら次はベルちゃんだからねー」



「いや、私は大丈夫だ! 問題ない! 問題ないぞ! ロルフ君、早く居室へ戻ろう」



 ベルンハルトさん、シャワーもお風呂も嫌いだしな……。ヴァネッサさんに連れて行かれないようここには居たくないみたいだ。



「ベルンハルトさん、あの子はヴァネッサさんとエルサさんに任せ、僕たちは居室に戻りましょう」



「そ、そうしよう。彼女のことをどうするか考えねばならんからね」



 シャワーの危機を感じたベルンハルトさんは、脱兎のごとく足早に貨物室から立ち去る。



 僕も長居をしてはマズいと思い、ベルンハルトさんの後を追って居室に戻ることにした。



 しばらくベルンハルトさんと、今後のことについて話していたら、 貨物室にあるシャワー室からエルサさんに呼ばれた。



 シャワー室に顔を出すと、エルサさんがびしょ濡れでしょんぼりしているリズィーを差し出してきた。



「ロルフ君、リズィーの身体拭いてもらっていいかなー」



「はい、任せてください。リズィー、そんなにしょんぼりしないでくれよ。すぐに拭いてあげるからさ」



 悲し気に鳴いたリズィーを受け取ると、タオルで包んで居室に戻った。



「リズィーは、酷い巻き添えを喰ったようだね……恐ろしいことだ」



 びしょ濡れのリズィーを見たベルンハルトさんが、カタカタと身体を震わせて蒼い顔をした。



 そこまで、シャワーが嫌いなんだ……。でも、この流れだと、きっとベルンハルトさんもヴァネッサさんに許してもらえない気がする。



 震えているベルンハルトさんを横目に、僕はしょぼくれているリズィーの身体をしっかりとタオルで拭きあげた。



「はい、終わり! リズィーも綺麗になってさっぱりしたろ?」



 リズィーは僕の問いかけに対し、首を振って応じる。どうやら、巻き添えになったことが納得いかないようだ。



「そんなに不貞腐れなくてもいいじゃないか」



「ロルフちゃんの言う通りよ。今日はリズィーちゃんもいっぱい外を歩いたんだし、綺麗にした方がよかったの。で、エルサちゃんは、その子頼むわねー」



「はい、じゃあ、リズィーのところに行こう。髪はあたしに梳かして」



「わんちゃーん、いっしょー」



 シャワーを終えた獣人の女の子は、綺麗な服を着てこちらに駆け寄ってくると、リズィーを抱えこんだ。



「ベルちゃーん、ついでにシャワー浴びよっか?」



 タオル姿のヴァネッサさんが、扉の向こうで手招きをする。



「問題ない! 問題ないのだ! ヴァネッサ、私は断固としてシャワーは浴びな――」



「はいはい、それはダメでーす。今日という今日は許しませーん」



「待て、話せば分かる! 兎人族の私がシャワーを浴びるわけには――」



 ヴァネッサさんに、がっしりと拘束されたベルンハルトさんが、シャワー室に連行されていった。



「さすがに今日で5日目だからね。ヴァネッサさんも今日は見逃さないみたい」



 エルサさんの言葉を聞いた獣人の女の子が、リズィーを抱えてガタガタ震えていた。



「だ、大丈夫。別に危害を加えられるわけじゃないし。君も綺麗になっただろ」



 チラリとこちらを見た獣人の女の子の顔を見て、脳裏に今日の昼食前のことがよぎった。



 あっ! この子! たしか、あの時、ガラの悪い連中に追われてた子だ! 何で今まで気づかなかったんだ!



「君さ、今日の昼間、街中で怖い人たちに追われてたよね?」



「あ! そう言えば、そんなことあったよね! あの時の子だ!」



 僕の問いかけに、ビクリとした女の子が口を真一文字に結んで目を閉じた。



 喋る気はないって意思表示だろうか……。


 この後、彼女が自分で素性を喋らなかったら、明日の朝にでもガラの悪い連中に追われたことを、ベルンハルトさんたちに伝えることにしよう。



 彼女にも気持ちの整理を付ける時間があった方がいいだろうし。



 無言の時に耐えられなくなったエルサさんが櫛を手に取った。

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