第六話 侵入者

「ロルフ君、気を付けるように」


「はい」


 馬車の周囲を警戒して歩き回るが、人の姿はおろか、小動物の姿も見られない。


「私の勘違いだったのか……。たしかに何かの気配がしたんだが……」


「何かが通りすぎただけだったのかもしれませんね」


 音がして振り返ると、ヴァネッサさんが、馬車の窓を開けて顔を出した。


「ベルちゃーん、ロルフちゃん、何かいた?」


「いいや、何も居ない。問題ないようだ」


「じゃあ、中に戻って来てくれる。リズィーちゃんが、何かに反応してるの」


「リズィーが?」


 鼻が利くから、ベルンハルトさんが察知したものをリズィーが見つけたのかも。


「すぐに戻ります!」


 ベルンハルトさんと頷き合うと、急いで居室の中に戻った。


 中に戻ると、リズィーが貨物用の荷馬車に繋がる扉の前で鼻をクンクンとさせているのが見えた。


「ロルフ君とベルンハルトさんが、出ていったら、リズィーが急に反応して。ずっとあそこで鼻を鳴らしてるの」


 吠えないってことは、リズィーが敵意を感じてないってことだよな。


 尻尾も振っててわりとご機嫌な様子かも。


「探知魔法をかけてみる?」


「いや、私たちが見てきた方が早い。リズィーが吠えないってことは、脅威を感じてないってことだろうしね」


「ベルンハルトさんの言う通りだと思います。ちょっと、貨物用の荷馬車を見てきます。リズィー、ちょっとどいてくれるかい」


 扉の前に陣取っていたリズィーを避けると、貨物用の荷馬車に通じる扉を開けた。


 すでに日が落ちているので、貨物用の荷馬車の中は暗くてよく見えないでいる。


 近くにあった魔法の光を灯すランプのボタンを押すと、魔法による眩い光が室内を照らし出していく。


「誰もいないようだ」


 魔法の明かりに照らされた室内をベルンハルトさんと二人で見回すが、人影は見られなかった。


「ですね。やっぱり小動物かなにかでしたかね」


「ふむ、人の足音っぽく聞こえたのだがな……」


 周囲を見ていたベルンハルトさんも首をひねって考え込んでいた。


 もう一度だけ、室内に変わったところがないか、確認だけしておくか。


 ん? 奥の木箱の蓋がズレてる。おかしいな。


 荷物を積み込んだ時に、ちゃんと閉めたはずだけど……。


 蓋のズレた木箱が気になって近寄ってみると、蓋の隙間から緩衝材として入れた干し藁がチラリと見えた。


 誰かが隠れてる……なんてわけないよね。


 でも、いちおう確認しとくか。


 中身の確認をしようと、木箱の中に手を入れ、干し藁を避けた。


「は⁉ 人? はぁああああ⁉」


 干し藁の中から出てきたのは、獣人の小さな女の子だった。


「ど、どうした! ロルフ君!」


「ひ、人です! 人! 獣人の小さな女の子がっ!」


「何を言って――」


 状況が掴めないベルンハルトさんが、僕のもとに駆け寄ると、木箱の中身を確認する。


「た、たしかにいるな。私がさっき聞き取ったのは、この子の足音か!」


 獣人の小さな女の子は、眼を閉じて寝たふりをしている様子だった。


 ただ、髪はボサボサで着ている服はお世辞にも綺麗な物とは言えず、身体全体が薄汚れている。


 臭いもけっこうするな……。


リズィーが反応してたのもこの臭いだったのかも。


「君、君、起きて。起きてくれ!」


 揺すっても獣人の女の子は目を開ける気配はなく、寝たふりを続けている。


「ロルフ君、ベルンハルトさん? どうしたの? 何かいた? 手伝いがいる?」


 貨物用荷馬車から居室に繋がる扉の向こうから、異変を感じ取ったエルサさんが声をかけてきた。


「あ、あの! 女の子が居て! 木箱の中に!」


「え? ちょっと言ってる意味が?」


 扉を開けて入ってきたエルサさんが、駆け寄ってくると、木箱の中に視線を落とす。


「獣人の子? ま、まさか、ベルンハルトさんたちが運んでた荷物って⁉」


「いやいや、エルサ君、落ち着きたまえ。君たちもアグドラファンの街での積み込みを一緒に手伝ったはずだ。その時、木箱の中身を見ただろう この木箱は、ミーンズで売るための伝説級の防具を入れてた箱だ」


 冷静なツッコミをベルンハルトさんから入れられたエルサさんが、箱の蓋に書かれた文字に視線を向けると、納得したように頷いた。


「で、ですよね。びっくりしちゃった! つまり、後からこの子が勝手に入ったってことですか?」


「たぶん、さっき我々が食事してる最中に忍び込んだのだろう。その時、足音が私の耳に届いたのだと思う」


「でも、ど、どこから? 扉は全部施錠してあったはず」


 僕がさっき荷物を積み込んだ際、施錠の確認をしたわけで、ここには誰も入れないはずなんだけど。


 ベルンハルトさんが、室内の上の方を指差した。


「中身が湿気ないように作ってある通風用の小窓からかもしれないな……。小さな子ならそこにできる隙間を通れるかもしれん」


「通風用の小窓ですか! たしかに停車中の今は室内換気のため、少し開けてましたね」


「そこからこの子が入ったってこと? あんなに高い位置にあるのに?」


 通風用の小窓は天井に近い位置にあって、自分でも台に乗って背伸びしないと届かない位置に作ってある。


 目の前で眠っている獣人の女の子は、どう見ても4~5歳の子供で、側面をよじ登って入れるとは思えなかった。


「その子に聞いてみるしかあるまい。君、そろそろ寝たふりはやめたまえ。私たちは危害を加える気はない。ああ、そうだ。温かい食事を提供する用意もある」


 ベルンハルトさんの問いかけに、獣人の女の子のまぶたはピクピクと動いていた。


 反応してる。お腹も空いてるのかもしれないな。でも、この子どこかで見た気が――。


「リズィーちゃん、待ちなさいー」


 開いていた居室に通じる扉から、ヴァネッサさんの声が聞こえたかと思うと、リズィーが駆け出してきて、そのまま木箱の中の獣人の子供に飛び込んだ。

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