第四十五話 墓所の主


 鼻を鳴らして通路を先行していたリズィーが分かれ道の前で止まった。



「リズィーどうした?」



 止まったリズィーを抱き上げ、左右に分かれた通路の奥をそれぞれ覗き込む。


 右側の通路は石造りのしっかりとした通路だが、水に浸かっており、膝の部分までの深さがあった。


 左側は上に向かって緩やかな傾斜をしており、通路がしっかりと見えている。



「右側の道は水が入ってるな。なんらかの理由で水かさが増した時、より低い位置にあった奥の水没区画の方へ水が流れ込んだって感じか」


「たどってきた地形を考えると、そういった水の流れになるだろう。足元が見えなくなる分、罠にはより一層気を付けないと」


「まぁ、水上歩行の魔法をかけておけば問題ないでしょ」



 ヴァネッサさんの詠唱が終わると、足元が淡い光に包まれる。



「リズィーちゃんもこれなら濡れないし、水があれば下に落ちないから大丈夫よ。ロルフちゃん、下ろしてあげて」



 ヴァネッサさんに促され、抱き抱えていたリズィーを地面に下ろしてあげると、嬉しそうな鳴き声をあげて、そのまま分かれた通路の右側に向かって水面の上を駆け出していた。



「リズィー、待って」



 またも駆け出したリズィーの後を追い、右側の通路を進んでいく。


 しばらく一本道の通路が続いたかと思うと、通路の壁が天然の岩盤に変化していた。



「光が……」



 エルサさんが指差した先から、外の明かりが見えた。



 ここが正規の入口だった場所かな? どこに繋がっているんだろうか?


 水があるってことは、川か池の近く?



 光の差す方へ歩いて行くと、壊れた扉の先に水によって浸食された洞窟のような場所に出た。


 洞窟にまで出ると、視界の先には多くの水をたたえた水面が見えた。



「湖、湖か!? 郊外の森の奥って位置からすると、ここはヴァン湖ってことか」


「ヴァン湖とは?」


「ええ、アグドラファンの街へ飲み水を引いてる水源の湖です。僕たちが入ってきた出入り口の森を抜けた先にあるけっこう大きめの湖ですよ。こんな場所に入口があったとは」


「ロルフ君、ここに何か刻まれてるけど、あたしじゃ読めない」



 エルサさんが差し出した金属の板には、見たことのない文字が刻まれていた。



「それは神語で書かれてるわね。ドワイリス様と関係がある人のお墓ってことかしら。ベルちゃんなら読めるでしょ?」


「どれ見せたまえ。神語はそう得意というわけでもないが……『わが……盟友……であり、共に世界を創りし者、ここに葬らん』と書かれているな。あとの文字は擦り切れてて読めないが」


「ドワイリス様の眷属だった人のお墓でしょうか?」


「いや、私が見てきたドワイリス様の眷属の墓に、『盟友』の文字は使われてなかった。唯一『盟友』の文字を書いた碑文が残されたのは、大いなる獣を討ち取った地に残された戦勝碑文だけのはず」


「となると、ここに葬られたのはドワイリス様と同格に近い人ということですか?」


「分からない。ただ、ドワイリス様が『盟友』と碑文に刻むくらいに親しい人物であったことには間違いない。名前までは分からないようだが」


「それにしても、こんな場所にひっそりと埋葬されたとなると、誰も訪れる人なんていなかったでしょうね」



 墓所が作られた場所は、舟がなければ来られない場所にあり、その入り口もかなり狭い崖の亀裂の奥に作られている。


 ヴァネッサさんが言った通り、こんな場所に埋葬されていたら、訪れる者はほとんどいなかったと思われた。



「まぁ、本来の入口が発見されたことは喜ばしいことだ。あとは、中の探索と魔物の生態調査を終えれば、依頼を達成となる。昨日、ロスした分の挽回はしておきたいところだ」



 地図を書き込み終えたベルンハルトさんに促され、先ほどの分かれ道のところまで戻ると、今度は反対側に進んでいく。


 進んだ先には、先ほど倒した複数の特徴を持つ魔物の姿が描かれた金属製の扉があったが、すでに開け放たれていた。



「門には『守護者を倒した者のみが拝謁を可能とする』と書かれているな。あの広い部屋にいた魔物が墓所を守る守護者だということか?」


「魔物が守護者ですか? でも、ドワイリス様に近い人の墓所ですよね? 闇の眷属である魔物が守護者なんておかしくないですか?」


「長い年月で守護者が魔物化してたってことじゃない? 誰も来なかっただろうし、闇が溜まり過ぎてたということもあるかもよ」



 開け放たれた扉の先には、もう一枚金属の扉があり、そこにはリズィーが出てきた少女像と同じ図柄の絵が装飾されていた。



「ロルフ君、あの扉の女の子って、例の像の人だよね?」



 奥の扉を見たエルサさんも、自分と同じようなことを思ったようだ。



「たぶん、あの人がこの墓所に葬られたドワイリス様に近しい人ってことだと思う」



 慎重に罠を探っていたベルンハルトさんが、閉じられた扉に手をかけて開けると、何もない部屋の床が扉に連動して開き、下に降りる階段が姿を現していた。



「階段か。下は広い空間になっているようだが」



 ベルンハルトさんたちと一緒に階段を降りていくと、見覚えのある場所に出ていた。



「ここは、少女の像があった場所ですね」


「正規のルートで来るとなると、あの広い部屋で守護者を倒したあと、こっちに戻ってくるという道順になるということか――」



 喋りながら階段を降りていると、上の部屋で何かが動く音がした。



「ベルンハルトさん、何か動く音がしました」


「たぶん、上の扉が閉まったのだと思う。仕掛けは見つけていたが、応急の処置では止められなかったようだ。本当だと、水没区画の奥にあったという祭壇まで行って赤い石を手に入れてなければ、ここで閉じ込められて外に出られないようになっていたのだと思う」


「手順を間違えると永遠に出られない墓所だったというわけね。でも、エルサちゃんの力とロルフちゃんの力の前には、その仕掛けも用をなさなかったというわけか」


「ロルフ君たちが繋げてしまった穴は、脱出用の裏口として作られていたのかもしれないが、長年の風雨で倒壊して埋もれてしまったものか。もしかしたら、元々は墓所を作るための作業用の入口だった場所で完成と同時に埋められた場所だったのかもしれないな」



 ベルンハルトさんたちは、上の部屋の扉が閉まる音を聞いても動じずに淡々と仕掛けについての考察を続けている。


 出口が確保されていることを知っているとはいえ、罠が作動してるのを見ても動じないのはさすが経験が違い過ぎる人たちだった。



 階段を下まで降りると、床が持ち上がってできていた階段は一段ずつ消えていき、僕たちが少女像を見つけた時のように何もない広い空間になった。



「完全に帰り道を断たれる仕様でしたね。水没区画を抜けて、祭壇で赤い石を手に入れてても、出口は埋められてましたし」


「ふむ、この墓所を作った者は、よほど埋葬した人を隠しておきたかったのかもしれんな。よし、これで一通りの調査は終わったので、あとは魔物の生態調査をして依頼完了とさせてもらおう」


「はい、そうしましょう」



 地図を書き込み終えたベルンハルトさんに従い、探索から魔物の生態調査に変更した僕たちは、墓所の中をくまなく見て回り、スケルトンや正体不明の魔物以外に何か住み着いていないかを確認し終えると、アグドラファンの街に戻ることにした。

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