第四十四話 リズィーの成長



「リズィー、それは食べ物じゃないわよ。ほら、干し肉をあげるから口から出して」



『黄金の獅子』のメンバーを見送っていたら、リズィーをたしなめるエルサさんの声が聞こえた。


 見ると、リズィーが拳大の大きさの魔結晶を口の中に含んでいる。



「リズィー、だめだって。それは食べたら魔物化しちゃうから、早く吐き出して」



 リズィーのパンパンに膨らんだ頬を見て、慌てた僕はすぐに口から吐き出させようとした。


 闇の力を凝縮した魔結晶は、魔導具の電源として広く使われているが、反面生物にとって有害であり、摂取して身体に取り込んでしまえば魔物化を促進してしまう物質であった。



「リズィー、お願いだから吐き出してくれ」



 リズィーは口の中に入れた魔結晶を出さないようイヤイヤと首を振る。


 その魔結晶を口から取り出そうと奮闘していたら、リズィーの喉がゴクリと音を出した。



「飲んじゃった!?」


「ええ!? リズィーのお腹の中に魔結晶が入っちゃたの!?」



 悲鳴のような声を上げたエルサさんに、僕はコクコクと頷くことしかできなかった。


 次の瞬間、リズィーの身体が眩しく光り始めていた。



「リズィー!? まさか、魔物化? そんな!?」


「ロルフ君、落ち着きたまえ。魔結晶を取り込んだとはいえ、そんなに早く魔物化するなんて聞いたことがない」


「ベルちゃんの言いたいことは分かるけど、飲み込んだのがあの魔物からできた魔結晶だし、普通のと違うってことはない? 普通の魔物なら一体につき魔結晶一個だし、素材も一つなはずなのにそれぞれ三つ落としたから異常だと思う」



 ベルンハルトさんたちも、リズィーの身に起こった変化で焦っている様子が見えた。


 身体が光り始めたリズィー本人は、何が起きているのか理解してないようで、エルサさんの差し出していた干し肉を美味しそうに食べている。



「光がおさまった……。リズィー痛いところとかないの? 大丈夫?」



 エルサさんに抱えられ、早々に干し肉を食べ終えたリズィーは、ポンポンに膨らんだお腹を見せてげっぷをした。


 そのげっぷとともに、リズィーの口から小さな炎が吐き出される。



「ちょ!? リズィー? 炎が!?」


「炎の息? リズィーが魔物化しちゃったの?」


「いや、魔物化したら体躯ももっと巨大になるだろうし、攻撃性もあがるはずだ。だが、リズィーはそんな変化を起こしていない」



 そう言えば、二人にはリズィーが狼じゃなくて、魔狼っていう生物だと言いそびれてた。


 炎の息が操れるようになったのは、リズィーが魔狼の影響なのかもしれない。



「すみません、ベルンハルトさんたちには言いそびれてたんですが、リズィーはただの狼じゃなくて魔狼という種族らしくって。でも、魔狼なんてのは聞いたことありませんよね?」


「リズィーは魔狼? 狼とは違うということかね?」


「ええ、たぶん」


「でもまぁ、炎の息を吐き出せるようになっただけで、大人しいし、食い意地以外は人の言うことも聞いてるし問題はないんじゃない? 見た目はただの子犬に見えるし」



 ヴァネッサさんが、エルサさんに抱えられていたリズィーの頭を撫でた。



 ヴァネッサさんの言う通り、リズィーの見た目は、狼というよりも子犬に近い。


 それに人の言葉を理解するし、こちらに敵意を向ける者以外には吠えない賢さも持ってる。


 きちんと面倒を見ていれば、問題を起こすことはないと思われた。



「ヴァネッサの言う通りか。リズィーも大事なうちのメンバーではあるしな。魔物とも言い切れないし、私たちがきちんと気を付けておけば、外部の者に迷惑をかけることもなかろう」


「リズィーちゃんのことも秘密ねー。リズィーちゃん、わたしたち以外の人の前で炎を吐いたらダメよ。分かった?」



 リズィーはヴァネッサさんの言葉を理解したのか、『分かった』と言いたげに吠えた。



「さて、食いしん坊なリズィーのお腹は満たされたようなので、素材と魔結晶を回収したら、邪魔者が消えたダンジョンの探索を続けさせてもらうか」


「はい、了解です。リズィーも腹ごなしにちゃんと自分で歩いてくれよ」



 エルサさんに抱えられていたリズィーは、こちらの言葉を理解したようで、地面に降りると鼻を鳴らして本当の入口に繋がる扉の方へ進んでいった。



「リズィーに遅れるわけにはいかない。さぁ、探索再開だ。気を引き締め直してくれ」



 ベルンハルトさんに促され、先行したリズィーに遅れないよう、ダンジョンの探索を再開することにした。

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