第十六話 冒険者登録



 差し込んだ朝の光が、覚醒しろと告げていた。


 昨夜はアルマーニさんの予約してくれた宿で、美味しい食事と豪華なお風呂を堪能し、生きてきた人生の中で、初めて贅沢をした。


 一度も寝たことがないフカフカのベッドで、身体の方は心地よい眠りを体感していたが、頭にふにょんと柔らかい物が触れた気がする。


「……ロルフ君……そんなとこ触っちゃダメよ……。あのね、あたし……」


 頭に柔らかい感触を発生させている主は、エルサさんのようだ。


「エルサさ……ん!?」


 覚醒した僕は、自分の状態を見て焦る。


 エルサさんによって、自分の身体が抱き枕にされてしまっていたからだ。



 いやいや、この状態はマズいでしょ! というか、頭の感触って?



 自分よりも身長が高いエルサさんが抱き着いてきているため、ちょうど胸の辺りに自分の頭が収まっていたのだ。



 こ、こんな状況を、彼女に見られたら、勘違いされて嫌われちゃう! 早く抜け出さないと!



 ごそごそと動き、絡んでいるエルサさんの手足をどかそうとする――



「ロルフ君、ダメよ。激しいのはまだ無理だから……」


 完全に寝呆けているエルサさんが、更に強くこちらの身体を抱きしめてくる。


 解こうとしたが、エルサさんの力は思った以上に強く、息ができないほど彼女の肌が密着してきた。



 勘違いされるかもしれないけど、このままだと窒息しちゃう。


 なんとか、エルサさんを起こさないと。



 必死で身体を動かし、圧迫された顔に隙間を確保すると、寝呆けているエルサさんに声をかけることにした。



「エルサさん! 起きてください! 朝ですよ! 起きて!」


「ふぁぁああ、おはようロルフ君。もう、朝なの――――!?」


「あ、あの! これはわざとじゃなくて! 僕が起きたらこうなってただけなんです! 誓って変なことはしてませんから!」



 しどろもどろで現在の状況を弁解する僕に対し、エルサさんはぼそりと呟く。



「……ロルフ君なら、変なことしてもよかったのに」



 ちょ! エルサさん、その状況でそう言うことを言うのは、非常に困るんですけど!



 ぼそりと呟いたエルサさんは、抱きしめていた手を離すと、僕の頬にキスをしていた。



「ロルフ君への目覚めの挨拶。これから毎日してもいい?」



 僕の頬から唇を離して、少し照れた顔をしたエルサさんの問いに、無言で頷く自分がいた。



 朝からとんでもなくいいことだらけな気がする。


 もしかして、僕って昨日のオーガと戦った時点で本当は死んでるんじゃ……。



 不安になって、自分の頬をつねると、目の覚めるような痛みが返ってきた。



「夢じゃないや……」


「夢じゃないよ。ロルフ君」



 ニコリと微笑むエルサさんの顔を見て、自分が現実にいることを確信した。



「おはようございます。エルサさん」


「うん、おはよう。で、さっきの質問の答えは?」


「え、えっと……お願いします! ああ、別に変な意味とかじゃなくて!」


「ありがとう。じゃあ、毎朝するね」



 面と向かって彼女に言われると、とても恥ずかしい気持ちが湧き上がってきていた。



「そ、それよりも、今日はどうします? 僕は依頼を受けてくるつもりだけど。エルサさんも冒険者登録します?」


「うん、あたしもロルフ君と同じ冒険者になれば一緒に依頼を受けれるし、パーティーも組めるものね」


「本当にそれでいいんですか? 薬草はまだ残ってますし、換金すればこのアグドラファンの街でもそれなりに暮らせると思いますけど」


「ロルフ君とずっと一緒に居たいし。それに、あたしたちは二人で一人だと思うから」


「分かりました。じゃあ、朝ごはん食べたら冒険者ギルドに行きましょう」


「うん、じゃあご飯食べて準備したらいこっか」



 部屋で朝食を食べ終えると、着替えて冒険者ギルドに向かうことにした。



 朝の冒険者ギルドは、依頼を探す冒険者たちで溢れかえり、ごったがえしていた。


「あら、ロルフ君――。そっちの子はたしか、エルサちゃんだったわね」


 忙しそうに奥の部屋と窓口を往復していた、顔なじみの受付嬢であるマールさんが、僕たちに気付いて声をかけてくれた。


「マールさん、おはようございます。忙しそうですけど、冒険者登録って今できます?」


「冒険者登録? ああ、エルサちゃんの?」


「はい、彼女も冒険者になりたいそうなので」



 マールさんが、ちらりと依頼受注の窓口に視線を向けていた。



「ちょっとだけ待てる? もうすぐ朝のラッシュも越えるから」


「分かりました」


「じゃあ、そこの登録窓口の椅子に座ってて。エルサちゃんもどうぞ」



 マールさんに勧められた椅子に二人で腰を掛けると、朝のラッシュで込み合うギルド内の様子を見ていた。



「ロルフ君、冒険者の人って何をやってるの? あたしの村にはあまり来なかったし、よく知らないんだけど」



 依頼を受注している冒険者たちを見ていたエルサさんが、冒険者の仕事について聞いてきていた。



「冒険者は、冒険者ギルドが各地から集めて取り扱っている依頼案件の中から、自分の条件に合う仕事を選んで受注して、その依頼を達成すると報酬をもらえる仕組みになってるんです。隊商護衛、魔物討伐、希少植物の採取、指定素材の納入、要人護衛、ダンジョン探索等の色々な依頼がありますよ」


「へぇ、いっぱいお仕事あるんだね」


「まぁ、依頼成功実績を求められる仕事もたくさんありますんで、全部が全部受注できるわけでもありませんけど。ちなみに僕は薬草採取と清掃依頼しか達成してないため、新米冒険者と言われるFランク冒険者扱いで、魔物討伐系はゴブリンくらいしか受けられないです」


「オーガとゴブリン集団倒したのに?」


「討伐依頼じゃないから、たぶん実績には加算されないかと」


「そうなの……」


「でも、ゴブリン討伐とかで実績を積めば昇格はできるだろうし。伝説品質の剣でなら、倒せない相手ではないですしね」



 創り出した剣の力で、雑魚の魔物であれば苦戦することはないと思われた。


 その後もエルサさんと冒険者のことについて喋っていたら、朝のラッシュを捌き切ったマールさんがこちらの窓口のカウンターにやってきた。



「お待たせー。それで、エルサさんの冒険者登録だったわね。書類を持ってきたから、印があるところを記入して埋めてね」



 マールさんがカウンターの上に差し出した書類に目を落とす。


 名前、性別、出生地、年齢、親族構成、犯罪歴が登録者側の書く情報になっている。



「これだけ書けばいいの?」


「ええ、それだけで大丈夫。冒険者ギルドとしては、来る者拒まず、去る者追わずでやってるから」



 マールさんの言葉に、苦笑いをしたエルサさんが書類に必要事項を書き込んでいく。


 完成した書類を受け取ったマールさんは、記入漏れがないかチェックすると、一枚の金属カードに文字を打ち込み、エルサさんの前に差し出した。


「登録完了、名前に間違いがないかだけ確認して」


「間違いなし。大丈夫」


「じゃあ、これでエルサさんは冒険者として登録されたわ。これからよろしくね」



 その後、冒険者登録を終えた僕たちは、ゴブリンの討伐と薬草採取の依頼を受け、装備を整えるために武具屋に向かうことにした。

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