⑦ 幽霊とか信じる?
「男なんていないから! そういうことは、ちゃんと確認してから言いなさいよ!」
「いま確認しているだろ! いないと言うなら、なんで人の目を盗むように、誰かとひそひそ話をしているんだよ。しかも、そのときのおまえ、……目つきも顔つきも、おまえじゃない」
舞は急に不安になる。うっすらと気がついている人間がいて、その人から見える幽霊のような男と接している時の自分は、いつもの舞じゃないと言われた。どんな様子で幽霊のような男とその時、接しているのかだった。
言い切ったからなのか、あんなに勢いよく突っかかってきた優大だったのに、酷く疲れ切ったように俯いて、息を荒く吐いていた。
そんな彼を見て、舞も我に返る。そして、わかってしまうのだ。これが優大らしさ。そして理解されてこなかった、彼の正直な熱い気持ちなのだ。
『舞はちゃんとわかっていますよね。彼にどう返事をするべきなのか』
いつもの如く、空気のようにそこいただけのカラク様が、こんな時は威厳ある神々しさで舞を見据えている。もちろん、舞も頷く。カラク様が言いたいこと、舞ももうわかっている。
いつもエプロンのポケットにしまっているスマートフォンを舞は取り出し、優大へと差し向けた。
「見て。私の電話の履歴」
その画面までタップして開いて、優大に堂々と見せる。
そこには父と、札幌の伯母、札幌の女性友人、花のコタンでお世話になった高橋チーフしかいない。父以外は、ひと月に一度、すべて一ヶ月以上前の履歴。
「密会している人だと思う人がいるなら、その人を指さして」
優大も辛そうな顔つきで首を振っている。
「メールも、他のSNSの履歴も、優大君に見せても全然平気だよ」
「そこまでしなくていい……」
大きな手が舞のスマートフォンを押しのけ遠ざけた。そのまま優大は通ってきた土の路へとへたり込んだ。いわゆるヤンキー座りをしてうなだれている。
「わりぃ。心底、謝る。俺だって……。舞はそんなんじゃねえって、わかっているよ。でも、オーナーもちょっと心配していたんだよ。時々舞がぼんやりして独り言を呟いているようで、もしかして気丈な振りをして精神的に追い詰めていないかどうかって……。もしかして恋人でも隠しているのかな。それならそれでいいんだって笑っていたけどさ」
父にもちょっとした様子を感じ取られていたことも、心配させていたことを知り、にわかに胸が痛んだ。
「いないよ。恋人なんて。ずっと。こんな私だから長続きしないの」
立っている舞の足下に、まるで詫びるように座り込んでいる優大が、意外そうな顔つきでこちらを見上げる。
「そうなんだ。俺は……、おまえが結婚しちゃえば、ここなんかすぐに離れていけるだろうし、札幌の男なら、そのうちに都市部に帰れるぐらいに思ってんじゃねえかって」
「ひどい。こんなに必死に花を咲かせたのに」
「腕試しなんだろ。今年、それを達成して満足したらいつだっていなくなれるのかもしれないとかさ」
「まだ優大君にとって、私はお父さんのおかげで腕試しをしている程度のお嬢さんなんだね」
「そんなんじゃねえよ!」
がっと立ち上がった優大が、舞へと詰め寄ってきた。背が高い彼が迫ってくると、舞は後ずさり、身体が後ろに撓る、それほどの迫力を彼は放ってくる。
「この前も言っただろ! おまえのガーデンはすげえって。俺、本当に花がこんなにいいもんなんだって、初めて知ったんだからな! だからおまえに続けて欲しいから、すげえって言いたかったんだよ!」
「あ、そうなんだ。ありがとう」
熱く向かってきた彼に対して、舞はいつもの冷めた態度が出てしまった。
彼もそんな舞の性質はよく知っているだろうに、調子が狂ったかのように茶色の短髪をガシガシとかきむしって、なんとか落ち着こうとしている。
その時、花畑の片隅で向き合っている二人の間にざっと強い風が、緑の丘から吹き付けてきた。
牧草地のように植えた白や青にピンク色、黄色や赤い花々がざっと舞と優大のほうへと頭を向けてそよいだ。花の香りが一斉に、二人を包み込む。
まるでお互いお間に籠もり濁った熱を、吹き飛ばし冷ましてくれるかのようだった。その時になって舞はすぐ隣にいるはずのカラク様がどうしているのかと目線を向けたが、もう気配も姿もなく、見上げたその空にカラスが飛んでいるだけだった。
サフォークの丘の風が、ちょっとした仲介のような気がした。
「優大君らしくて、なんかもう腹立つもなにもない。らしくって……」
本心だった。言いたいことをぶつけられる相手だということも再認識した。そして吐き出したから舞もなんのわだかまりも、怒りもない。
優大は落ち込んだようにして肩を落として、また泣きそうな顔をしていた。
「俺、ほんと、いっつもこんなふうにしてぶっ壊して。駄目にしてきたんだ。全然、その、反省してねえっつーか……」
舞は少しくすっと笑いが浮かんでしまっていた。
優大が何がおかしいんだよと睨んできたその顔つきさえ、笑えてきた。
「な、なんだよ」
「いままで優大君がどうやってぶっ壊してきたか、退職に追い込まれてきたかって、私、リアルに体験しちゃったんだなあと思って!」
彼の顔が真っ赤になったのを舞は見る。
そんな素直な優大だから……。舞はどこか柔らかな気持ちになっている。
「私も言ったでしょ。それが優大君の真っ直ぐすぎる情熱だって。私に真剣にやってほしい、中途半端なことをするなよといつも言っていたのは、父のカフェが続いてほしいからだよね」
「俺にとって、ここはもう大事な居場所だからだよ。おまえがいなくなっても、オーナーと続けていくからな」
「そんな優大君が羨ましいって言ったよね、私。羨ましいよ」
一年半、彼を見て思ってきたことをこれまで以上に舞は吐露していた。
「でも、おまえさ。本当に大丈夫なのか。疲れたり、父ちゃんに言えないような不安があったりするんじゃないのか。オーナーに心配かけたくなくて、一人でプレッシャーを抱えたりしてるならさ。他人の俺で言いたいことが言えるなら、聞くからさ」
それはカラク様がいるから、優大君はお呼びじゃないんだよな――とは思いつつも、そうか、他人だから言えること本当に結構あるんだなと、舞はまた痛感していた。
父と二人で生きてきたと思っていたのに。
舞は意を決する。
大輪の赤いバラが揺れている側に立ち尽くしている優大に、初めて言ってみる。
「ねえ、幽霊とか……信じる?」
さすがに優大が恐れおののき、息を引いた様子を見せた。
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