残り物の記憶⑩
―――あれ?
―――どこかで見覚えが・・・。
記憶を失う体質になってからというもの、記憶を辿るということをしなくなった気がする。
靄のようにかすむそれを決して手に取ることはできないし、思い出せそうで思い出せないという段階にすら到達しない頭で過去を遡っても無駄だったためだ。
そんな中、今の美余はあっさり記憶を辿ることができ、目が合っている女性が明虎の母だと分かった。 母は優しい表情で近寄ってくる。
母に余裕があるのは明虎(?)の容態が無事だと聞かされたからだろう。
「もしかして美余ちゃん?」
正直美余は明虎に振られ元カノ状態。 だから母と会うのは少し気まずかった。
「こ、こんばんは・・・」
「もしかして、竜明(タツアキ)のことを見守ってくれていたの?」
「・・・竜明?」
聞き覚えのない名前を言われ首を捻る。
「そう。 明虎の弟よ」
「え・・・」
そう言われ驚いていた。 今まで彼氏として接していたのは明虎の弟の竜明だったのだ。
「あら、紹介していなかったっけ?」
「・・・まだ聞いていなかったです」
「竜明は明虎と違って、真面目でいい子だからね。 夜までバイトをして家計を支えてくれているから、家に遊びに来ても会わなかったかしら」
「・・・」
―――今まで私と付き合ってくれていたのは、明虎さんの弟だったんだ。
―――でもどうして明虎さんの弟が?
「丁度今、ここへ着いたら先生から連絡があってね。 竜明は無事だって言われて安心しちゃった」
「・・・そうですね。 本当によかったです」
「美余ちゃんはどうしてここにいるの?」
その質問にどう答えるのが正解なのか分からなかった。 どうして? それは助けられたからだ。
だが明虎と自分が付き合っていたと思っている母親からすれば、何故弟である竜明が自分を助けたのかということになるのかもしれない。
全てを話す気はなかったし、そうしたところで本質的に必要なことは伝わらないような気がしていた。
「・・・竜明くんの目覚めを待っているんです」
「あら? やっぱり面識があったんじゃない」
嬉しそうにそう言われ小さく頷くことしかできない。
「本当に明虎には竜明を見習ってほしいわね。 どうしたら女癖を直してくれるのかしら? 私が言っても言うことを聞かなくて。 竜明に言ってもらっても知らんぷりみたいだし」
明虎が女癖が酷いということは母も知っているようだ。 もしかしたら美余に同情してくれているのかもしれない。
「・・・きっと明虎さんなら大丈夫だと思います」
だが美余はその言葉に首を横に振った。
「うん? どうしてそう思うの?」
「明虎さんは、ちゃんと一人の女性を愛することができると思いますから」
「・・・ありがとうね、美余ちゃん」
母は小さく笑って頷いた。 確信はなかったが自然とそう思えたのだ。
―――お母さんは私と竜明くんの関係は知らないのかな・・・?
予想通り明虎の元カノだという記憶だけが残っているのだろう。 美余が記憶障害を持っているということも知らないようだ。 それも明虎なりの気遣いなのだと思った。
「さて、仕事を抜け出してきちゃったから一度戻ろうかしら。 私はまた後で竜明の様子を見に来るわ」
「分かりました」
「あとは竜明のことをよろしくね」
母が竜明の無事を確認すると病院を去っていった。 もう少し傍にいてあげてもよさそうだが、色々事情があるのだろう。
結局、手足の裂傷はあったが、他は軽い脳震盪程度だったため確かに心配はいらないのかもしれない。
―――・・・きっと、私に気を遣ってくれたんだろうな。
美余はロケットペンダントを取り出し竜明の顔を思い出した。
―――・・・言われてみれば、少し明虎さんと似ている。
―――やっぱり弟なんだ。
次に携帯のアドレス帳を見た。 名前は明虎のままだが自分が知っている明虎の連絡先ではない。
―――・・・連絡先も変えられているなんて、気が付かなかった。
写真フォルダも見た。
―――・・・明虎さんとの写真が一枚もない。
―――あるのは竜明くんとの写真だけ。
―――竜明くんに会って本当のことを聞かないと。
―――分からないけど、嘘をついていたのは悪い理由ではない気がする。
美余は少し迷う素振りを見せたが、決心して竜明の病室へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます