残り物の記憶⑧
息を切らしながら大学へと走る。 医務室へ着くとノックもせずにドアを開けた。
「美余!」
そこにはベッドで上半身を起こしている美余がいた。 元気そうとは言えないが、具合が悪そうにも見えなかった。
どこかボーっとしているように見えるのは記憶が混濁しているからなのかもしれない。 それを肯定するかのように自分を見た美余は言葉を詰まらせていた。
「あ、えっと・・・」
記憶が残っていればまた責められるのは見えていた。 それがないということは――――
―――また俺の記憶が飛んだのか?
―――・・・今の状況だと、俺は美余と付き合ったままにすることはできない。
―――これ以上は嘘をつけないから。
静かに美余に近寄った。 美余は見覚えのない誰かが近付いてくると感じているのか、少し怯えている。
「俺のこと、憶えてる?」
美余は少し考えた後申し訳なさそうに首を横に振る。 なのでいつものように笑顔で言った。
「初めましてだね。 俺は・・・明虎。 美余の彼氏だよ」
「・・・うん。 みんなから聞いた」
そう言って美余は周りにいる友達のことを見る。 何と声をかけたらいいのか分からないといった表情をしていた。
「そっか」
「・・・あの、私たち」
「自分勝手でごめん。 俺たち別れよう」
「・・・え?」
美余だけでなく友達も驚いていた。
「ちょっと、明虎くん!? 一体どうして?」
何度も忘れられ美余と付き合うのが嫌になったとかそう思われたのだろう。 当然そうではないが、本当のことは言えなかった。
「これ以上美余に負担をかけたくないからだよ」
「でも美余には明虎くんが必要で!」
「きっとその役目は俺じゃなくてもいいと思う」
「ッ・・・」
友達は何も言えず言葉を噤んだ。 それを見て美余に向き直る。
「ごめんね、美余。 もう何も考えなくていいんだよ」
「・・・」
「じゃあね。 美余、どうか幸せになって」
美余の頭を軽く撫でるとこの場から去ることにした。 行く当てはなくしばらくは大学内をフラフラとしていた。 まるで空に漂う重い雲のように、何をするでもなくただ彷徨っている。
―――結局は何も打ち明けられなかった。
―――いや、本当のことを伝えなくてもいいんだ。
―――兄さんのことを打ち明けてもどうせすぐに忘れてしまうんだから。
―――何も知らずに別れるのが正解だった。
―――最初から何もなかった。
―――それでいい、この結果でいい。
今は自分のことを知ってしまった。 だがまた記憶を失えば今度こそ綺麗サッパリ自分のことは消えてしまうだろう。 そう無理矢理思い込んで、ふと携帯を確認した。
当然だが美余や兄の明虎からの連絡はない。
―――・・・もう全てが終わったはずなのに、どうしてこんなにスッキリしないんだ?
どこかモヤモヤとする自分がいた。 胸が締め付けられ酷い喪失感を感じている。
―――俺の本当の気持ちは・・・?
―――美余は何もなかったことにできても、俺にはそれができない。
―――今までの俺と美余の時間は確かにあった宝物なんだから。
―――だからせめて、最後は自分の気持ちを・・・。
自分の本当の心だけは打ち明けようと考えた。 だがそれも思い留まる。
―――それが逆に負担をかけたらどうしよう。
―――美余は優しいから、余計に悩ませてしまうのかもしれない。
―――・・・だけど俺は、後悔はしたくないから。
―――全力で自分の人生を歩みたいから。
決意した弟は医務室へと駆けていた。 だがそこには美余の姿はなかった。
「先生! 美余はどこに行きました?」
「もう大丈夫だと言って帰ったよ」
「一人でですか?」
「そうだね。 友達と一緒に帰った方がいいって言ったけど、これ以上迷惑はかけられないからって」
「ッ・・・」
そう言われ急いで美余の帰り道を辿った。 美余の家はほぼ毎日行っているため家から大学のルートは把握していた。
―――美余はどこだ・・・!?
とりあえず捜しながら美余の家まで向かおうとする。 すると赤信号なのに歩道を通ろうとしている車を発見した。 そこには美余が歩道を渡っている姿があった。 一瞬で冷や汗が流れ落ちる。
「ッ、美余ー!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます