残り物の記憶⑦
「美余を騙したことは俺も謝るから。 兄さんは美余をキッパリと振ってほしい」
弟からすれば兄に全てを話してもらうしかない。 ペンダントのことを目覚めた時に忘れている可能性もあるが、再度見れば違和感に気付いてしまうだろう。
今更それを奪い取るのも可哀想であるし、もし記憶が残っているのにペンダントだけなくなっていれば、もう自分を信じてくれないと思った。
「残り物で可哀想だったから拾ったとか、そんな理由は最悪だ。 それに加え記憶が消えていくのをいいことに利用しようとしていたから、見ていられず俺が代わりに彼氏となった」
『・・・』
「全ては兄さんが問題なんだよ。 兄さんの口から言ってほしい」
そう言うと兄は驚きの事実を口にした。
『・・・言ったよ、既に』
「え? ・・・言ったって?」
『お前が彼氏の代わりとなる前。 美余が俺のものだった時に、既に振った』
「それはどういう・・・」
『全て理由も話した。 お前と付き合ったのは遊びだった、だから別れてくれって』
「・・・それは本当?」
嘘を言っているようには思えなかったが、そう聞かずにはいられなかった。
『どうしてここで嘘をつかないといけないんだよ。 その時既に美余は記憶障害を起こしていた』
「・・・」
ここから先の話は何となく想像することができた。
『別れ話をした翌日には、美余は普通に俺に話しかけてきたんだ』
「別れ話の記憶がなくなっていたということか?」
『そうだ。 アイツはずっと俺と付き合っていると思っている。 何度振ってもすぐに別れた記憶をなくしちまう』
「・・・」
弟は言葉を失った。 同時に解決に繋がる手がかりも失ってしまった。
『だけどある時。 いつも通りに別れ話を切り出した日。 諦め切れなかったのか、大雨の中ずっと家の前で俺の帰りを待っていたんだ。 俺が帰ると会えたことに安心したのか、そのまま気を失っちまった』
「ッ・・・」
『その日にアイツは俺の記憶を全て失ったんだろ? ストレスは記憶障害に大きく関わるみたいだから、身体と心に負担をかけ過ぎた』
「その日って・・・」
『あぁ。 お前が俺から美余を奪った日だ』
「・・・」
弟は何も言えなくなった。 記憶を失うのが美余自身を守るため、兄である明虎との関係を繋いでおくためのものだと思ったのだ。 あの日のことが思い出される。
兄に対し声を張り上げたが、それは的外れなものだったのだと。
『実際にあの日は何も手を出していない。 美余が気を失ったから俺の部屋で休ませていただけ』
「じゃあどうしてあの時、俺に本当のことを言わなかったんだ?」
『タイミングがよかったんだよ。 お前に美余を渡すのは』
「は・・・。 何だよ、それ」
『俺は拒まなかっただろ? ようやくアイツを手放すことができて、俺はホッとしたんだ』
「じゃあ、記憶がなくなるのは丁度いいっていう話は何だったんだ?」
頭の中がぐるぐると回った。 兄の言っていることは無責任極まりないことだ。 だがそのおかげで美余と自分は繋がることができた。 成り行きでああなったが、それを嫌だと思ったことは一度もなかった。
寧ろこれでいいと思っていた。 絶対に言うつもりはないが、明虎に感謝さえしたこともある。 それくらい美余のことを大切に思っていた。
『ずっと別れる気でいたからそんなことはどうでもいい。 そう言ったらお前は怒り出して、俺たちを突き放してくれると思ったからああ言ったんだ』
「・・・」
『これでも何だよ? またアイツに同じことを話してほしいっていうのか?』
兄は全てを話し、それでも縋りつく美余を無責任に放り出すことはしなかった。 関係を断ち切ろうとしていたのは事実だが、もっと酷い扱いをすることもできたはずだ。
「・・・いや、悪かった。 自分勝手に物を言ってごめん」
『別にいいよ。 俺はお前から謝る言葉を聞きたいわけじゃない』
「・・・もしかして、今まで美余を彼女として紹介しなかったのって」
『俺は美余と付き合い続ける気がなかったからだよ』
「・・・そうか」
話しているとキャッチが入った。 名前を見ると美余の友達からだった。
「・・・ごめん、キャッチが入った」
『俺との話はこれで満足か?』
「あぁ。 後は俺が何とかする。 もう兄さんには苦労をかけない」
『・・・』
「何だよ。 他に何か言いたいことでもあるのか?」
『・・・いや、別に』
どこか歯切れの悪い兄との電話を切り電話に出た。 美余の友達から電話がかかってくるとなると、いい知らせか悪い知らせのどちらかしかない。 そして、どうやらいい知らせの方だったようだ。
『あ、明虎くん!? 美余が目を覚ましたよ!』
「ッ、本当!?」
『うん! 今すぐに来てあげて!』
「分かった、すぐに向かう!」
そう言われ大学への医務室へと急いだ。
―――美余と会ったら何を言おう。
―――・・・いや、もう言うことは決まっているか。
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