残り物の記憶⑤




明虎(?)視点



「失礼します! 急に彼女が倒れて」


その華奢な肩はずっと守り続けたいと思っていたものだ。 力なく垂れる手はずっと繋いでいたいと思っていたものだ。 どこか軽く感じられる美余を抱え医務室へと飛び込んだ。 

血相を変えていたことに少々驚かれはしたが、慣れた手際でベッドに寝かすことになり色々と診てもらうことになった。 その間中もどかしく思いつつも明虎(?)は何もすることができなかった。


―――倒れた理由は分かっている。

―――・・・ストレスを強く与え過ぎたんだ。


できるだけ美余に刺激を与えないようしてきたつもりだったが、ペンダントを見つけられてしまえばどうしようもできなかった。


「ストレスが原因だと思うけど、一度病院へ行って診てもらった方がいいね」

「・・・分かりました」


先生からは思った通りの返事がきた。 今は呼吸も穏やかで安静に眠っている。


―――ペンダントはうっかり見落としていた。

―――思い出の品や連絡先、写真を全て片付けたはずだったのにまだ残っていたなんて・・・。

―――美余が倒れたのは俺のせいだ。


ペンダントの写真が誰かということを明虎(?)は知っている。 連絡を取ることもできる。 全てを知りながら彼氏のフリをしていた。


「また様子を見に来ます」


明虎(?)は考えた上で今自分がすべきことを決めた。 断りを入れ医務室を後にすると、連絡を受けたのだろう美余の友達たちと鉢合わせた。 

ペンダントのこともあり少し気まずく、このまま通り過ぎてしまいたい程だった。


「明虎くん! 美余は!?」

「・・・あぁ、大丈夫。 今は安静にして寝ている」

「そっか! よかったぁ・・・」


友達たちからは特に怪しまれるようなことはなかった。 どうやらペンダントのことはまだ自分にしか言っていないらしい。


―――俺が本物の明虎ではないということは、知らないのかな?

―――今色々と質問攻めに遭わなくてよかった。


「ごめん、今から俺は行くところがあるんだ。 美余が目覚めたら連絡をしてほしいんだけど」

「分かった! 連絡をしたらすぐに戻ってきてあげてね。 美余は明虎くんのことを待っていると思うから。 たとえ記憶がなくなっても」

「・・・もちろんだよ。 ありがとう」


すぐに頷けず変な間が空いてしまった。 彼女たちは医務室に素直に入っていったのを見て明虎も急いで大学を出る。 向かうは兄の家だ。


―――今日って平日だっけ。

―――兄さんはいるかな?


家にいることを祈りながらチャイムを鳴らすも反応がなかった。


―――いないって、マジか・・・。


兄に電話をかける。 なかなかコール音が途切れず焦りが募っていく。 一度かけ直し三十秒程陽気な着信音を聞き、ようやく兄が出た。


『おう』

「もしもし、兄さん!? 今どこにいるんだよ!」

『平日の日中なんだから仕事に決まってんだろ。 何だ? 俺に用か?』


明虎(?)がここまで来た理由を話す。


「美余に本当のことを話してほしい」


そう言うと電話越しから溜め息が聞こえてくる。


『またそれかよ。 話していいことでもあるのか? 関係がこじれるだけだぞ。 今のままの方が安全だ』


確かに兄の言い分は理解できていた。 だが今は緊急事態に近く、このまま美余が目覚めれば再度取り乱すことは想像に難くない。


「俺が兄さんじゃないっていうことが、美余にバレたんだ」

『・・・』


明虎とは兄のことで、弟である自分が成り代わっていただけだ。 しばらく沈黙が流れた後兄が言った。


『・・・どうしてバレたんだ?』

「兄さんと美余が写っているロケットペンダントがまだ残っていたんだ」

『俺言ったよな? 思い出の品は全て処分しろって』

「処分した」

『ペンダントのことも話しただろ?』

「ペンダントも探した。 だけど見つからなかったから、既に処分したんだと思ったんだ」

『アイツに限って、自ら処分するなんてことはないだろうよ・・・』


再び兄は溜め息をつく。


「ペンダントを残したのは俺が悪いけど、いつかは本当のことを打ち明けなければならない。 それがきっと今なんだ」

『・・・』

「俺は明虎じゃない。 これ以上兄さんのフリをしていると、本当の自分を見失いそうになる」

『・・・何だよ。 アイツは記憶がなくなるんだろ? 今更本物の俺じゃないと知ったところで、何も変わらない。 明日には綺麗サッパリ忘れているかもしれないんだから』


無意味だということは分かっていた。 それでも弟の意志は揺るがなかった。


「それでも俺は何度でも打ち明けると決めたから」

『急にどうしたんだよ。 アイツのことが嫌いになったから別れたいのか?』

「その逆。 本気で好きになったから、本当のことを話さなければならないと思ったんだ」

『・・・』

「これ以上嘘はつけない」


再度深い溜め息をつかれ電話越しから投げやりな言葉が聞こえてきた。


『俺から美余を奪っておいて何を言ってんだよ。 お前、自分勝手過ぎるだろ』


「・・・」



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