残り物の記憶④
―――どこ?
―――明虎はどこにいるの!?
必死に明虎の姿を探した。 大学内にいるとは思うが広くてなかなか見つからない。
―――あれ・・・。
―――私、こんなに体力がなかったっけ・・・?
―――苦しいし、少しフラフラする・・・。
それでもペンダントを握り締め走り続けた。 早くこのモヤモヤを晴らしたい一心だった。 その時背後から声がかかる。
「美余?」
「ッ・・・!」
振り向くとそこには明虎が立っていた。 不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「今から美余を迎えに行こうとしていたんだけど」
「明、虎・・・」
「ちょッ、どうしたのさ!」
少しふらつくと心配そうな顔をして慌てて駆け寄ってきた。 美余はもう動けない。 呼吸も荒く上手く言葉を紡ぎ出すことができなかった。
「何があったの? 駄目だよ、身体に負担をかけるようなことをしたら」
―――どうして、そんなに心配している顔をするの・・・?
理由が分からなかった。 記憶障害以外に病は抱えていない。 健康状態は普通の人と同じはずなのだから。
「とりあえず、どこかに座ろう。 歩ける?」
身体を支え移動しようとする明虎を引き止めた。 ここへ来たのは明虎に看病してもらうためではない。
「待って・・・」
「どうしたの?」
今でも優しくしてくれる明虎に胸が痛んだ。
―――でも、言わなきゃ。
―――本当のことを、確かめないと・・・。
握っていた手を開きペンダントを見せる。
「ッ・・・」
すると明虎は一瞬顔を引きつらせた。
―――やっぱり、何かを知っているの?
ゆっくりと明虎に見せるようペンダントを開いた。 そこには美余と明虎ではない男性が一人写っていて、明虎は目を逸らしていた。
「この人は、誰・・・?」
「・・・」
明虎は切なそうな表情を見せる。 その表情には見覚えがあった。 記憶にはないが初めて見た感覚ではなかったのだ。 明虎の切ない表情を見ると何故か自分も苦しくなる。
―――そんな顔、しないでよ・・・。
「・・・それは、どこで見つけたの?」
「私のバッグの中に入っていたの」
「・・・」
明虎は目を伏せる。
「明虎って、貴方のことだよね? なのにどうしてここには別の人が写っているの?」
「・・・」
ペンダントに刻んである名前も見せた。 そこには確かに美余と明虎の名前が刻んである。
「貴方は本当に私の彼氏なの? 貴方は誰? ここに写っている人は誰!?」
「美余、お願いだ。 あまり感情的にはならないで」
「なら答えてよ!!」
明虎は美余を落ち着かせようとしていた。 だが今の美余にとっては悠長にしている問題ではない。 失った記憶に脳が混乱し、身体にも影響が出ているのかもしれない。
自分の息が荒く立っているのもやっとだった。 それでも必死に立ち待っていると明虎は観念したように言った。
「・・・その通りだよ。 俺は明虎じゃない」
「ッ・・・」
「本物の明虎はそのペンダントに写っている人だ」
驚きのあまり美余は目を見開いた。
「どうして・・・? どうしてそんな嘘をついたの?」
「それは・・・」
「貴方は私に何をしようとしていたの? 私の記憶がなくなるのをいいことに、何か企んでいたの?」
「・・・」
そうとしか考えられなかった。 今までもそれを何度か考えたことがあった。 自分の記憶喪失を利用して、知らない間に何か悪さをされるようなことがあるのではないかと考えていた。
記憶の継続的な喪失はそれくらいに不安を美余に与えていた。 それでも周りの人のことを信じ過ごしてきたのだ。 だが利用されていたのがよりによって彼氏となるとショックが大きかった。
彼氏としての実感が今はあまりない中で、僅かに縋れるものだと思っていたのに幻想だったのだ。 偽物の明虎は何も答えたくないのか口を噤んだままだった。
「本物の明虎はどうしたの?」
「・・・」
「お願い、答えて。 答えてよ・・・ッ!」
明虎はもう美余と目を合わせようとしない。
「もう私は、貴方とは別れるから・・・」
ここで徐々に美余の意識が途切れていった。 僅かにだが偽物の明虎の叫ぶ声が聞こえていた。 必死な顔で美余を覗き込んでいる。
―――どうして、そんなに悲しい顔をするの・・・?
―――貴方はもう、私の彼氏でも何でもないのに・・・。
崩れ行く身体を明虎に支えられながら美余はゆっくりと目を閉じた。
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