残り物の記憶②
周りがざわつき始めゆっくりと目を開ける。 どうやら寝ている間に講義は終わり休憩時間になってしまったようだ。
―――あれ・・・。
―――私、寝ちゃっていたんだ。
―――夜以外は寝ないようにしていたんだけど・・・。
―――何か、嫌な予感がする。
ノートを片付けていると近くにいる友達が言った。 清涼飲料水の缶に口を付け、講義の疲れを癒している。
「また明虎くん、来てくれるかなー?」
「本当にウチらにとって目の保養だよねー!」
みんなは明虎という人のことで盛り上がり楽しそうに笑っていた。 それに美余はさり気なく混ざった。 友達と話さない理由はない。
「え、何々? 明虎くんって誰? もしかして、アイドルとか何か?」
「「「・・・」」」
それを尋ねた瞬間、まるで場が凍り付くよう固まった。 自身へ注目する顔が明らかに引きつっている。
「・・・え、みんなどうしたの?」
こういう時、何が起きたのか経験で分かっていた。
―――もしかして私、また何かを忘れたの?
―――え、一体何を忘れたんだろう。
―――大切なもの?
一度記憶から消えたものはもう二度と思い出せない。 友達はジッと美余のことを見つめていた。
―――・・・こんなに空気を悪くしたんだもん。
―――きっと大切なことを忘れたんだ!
必死に思い出そうとするが無駄だった。 そして友達たちも美余が一度忘れたことを思い出せないことを知っている。
「明虎くんは彼氏だよ! 美余の彼氏!」
「・・・え、私の?」
「そうそう。 確かにキラキラと輝いているから、アイドルみたいだけどね」
「ほら、ノートにさっきまで名前をたくさん書いていたじゃん」
そう言った友達はバッグの中から美余のノートを取り出し広げてみせた。 そこには確かに“明虎”という名前が美余の字で書かれてあった。
―――本当だ・・・。
―――これは私のノートで私の字、間違いない。
そう思うと冷や汗が出てきた。 どうやらまたしてもやってしまったらしい。 誰だったのかは思い出せないが、寂しそうな表情だけは何となく憶えているのだ。
「ど、どうしよう! 私、本当に何も憶えていなくて」
「まぁ、大丈夫でしょ。 最近の美余の記憶はなくなりやすいみたいだからね」
「いやでも、そうは言っても・・・」
「明虎くんもそれを知っているから、上手くフォローしてくれると思うよ?」
明虎も美余の事情を知っているとなると少しは安心できた。
「・・・それは本当?」
「本当本当。 美余が思っている以上に、明虎くんは完璧な人だから」
話していると一人の男性が教室に入ってきた。 確かにキラキラと輝いており、眩しくて思わず視線をそらしてしまう。 妙に緊張している美余を見て明虎は首を傾げた。
「どうかした?」
「えっと・・・」
今の状況に戸惑っていると周りを見て悟ったのか明虎はこう言った。
「俺のこと分かる?」
「・・・」
素直に首を横に振る。 怒られるのかと思ったが明虎は優しく笑った。
―――・・・どうして今の状況で笑えるの?
―――どう見ても、貴方の方が悲しい立場なのに。
「初めましてだね。 俺の名前は明虎。 美余の彼氏だよ」
「彼氏・・・」
「そう。 憶えていないんだよね? あまり美余に負担をかけたくないから、もし俺と付き合うのが無理そうだったら言ってね」
「ッ・・・」
そう言って明虎は美余の頭を撫でようとした。 いつものように自然と出た行動なのだろう。 だが突然距離を詰められ身体をビクリとさせると、明虎は咄嗟に手を引っ込めた。
「ごめん。 驚かせちゃったね」
申し訳なさそうにする明虎に首を横に振る。 周りにいる友達が言った。
「明虎くん、もうその台詞は安定しているねぇ」
「美余に負担をかけないことが一番だから」
―――・・・ということは、今の流れの台詞は何度も言っているの?
友達が明虎と普通に接していることから本当の彼氏で間違いないのだろう。 だが何度見ても思い出すことはできず、忘れたことを思い出せないのは美余自身が一番分かっている。
「明虎、くん・・・?」
「ん? 俺のことは明虎でいいよ」
―――このカッコ良くて優しい人が私の彼氏なの?
―――本当に?
少しの間明虎と言葉を交わした。 だが話しても彼との記憶は何も思い出せなかった。 話していると次の講義が始まってしまった。
「もう時間か。 また来るよ、後でね」
そう言って再び美余の頭を撫でようとした。 だが先程美余が怯えたことを思い出したのか手を引っ込めようとする。 だが美余が覚悟するように首を縦に振ると明虎は優しく笑って頭を撫でてくれた。
―――明虎くんの手、温かい・・・。
美余に触れたことに満足すると、明虎は柔らかく笑いここから去っていった。
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