#2 『アイリス』

 ふと、セラフィーヌがウィレミナが集中する本を横から覗き込む。真っ白のはずの紙が薄茶けて、時々ページの端がよれている。

 それを見ただけで、セラフィーヌはその本がウィレミナのお気に入りであるとわかった。

 妹がノックストーク誌というゴシップを読んでいることを先日知ったばかりのセラフィーヌは、妹のお気に入りの本を一緒に読んだ。


 「それ、『アイリス』?」


 一文だけ読んですぐにセラフィーヌはわかった。


 「そうよ」


 そう言って、ウィレミナは裏返して表紙をセラフィーヌに見せた。


 

 「良いチョイスね」


 そう言って、セラフィーヌが笑顔になったので、ウィレミナはセラフィーヌがこの本を読んだことがあるのかと思った。


 「読んだことある?素敵よね。それに、視野を広げることができるの」


 好きな本について話すことは誰にとっても、嬉しいことであった。


 「読んだことがあるも、ないも…」


 セラフィーヌの口調が突如、朗らかなものに変わる。

 そして、セラフィーヌは言った。


 「ウィレミナ、その本の作者、実は私よ」


 ウィレミナは一瞬言葉が理解できずに、間抜けな声を出してしまった。


 「へ?」


 そして継ぐ。


 「作者は男性よ?アンセルム・コートニーよ」


 「私のペン・ネームよ。嘘じゃない。信じられないのは解るけど…」


 そう言って、セラフィーヌは少し考えるふりをして、


 「ちょっと待ってて」


 と言ってベッドを抜け出して、足早に自室に行き、何かを持って自室に戻ってきた。


 セラフィーヌが持っていたのは、羊皮紙の束とボロボロになったノート、そして、”金字でキャティリィ中央銀行“と印された小さな封筒だった。


 「どう?これを見たらきっと信じるわ」


 セラフィーヌがウィレミナに見せたものは、『アイリス』の原稿と、創作ノート、そしてアスカム出版社の印章が入った出版許可証だった。そして、キャティリィ中央銀行の封筒には、アスカム出版社とキャティリィ中央銀行の判が重ねて押された小切手が入っている。

 

 「すごいわ。本当にお姉様が書いたのね。どうして本名で出さなかったの?」


 ウィレミナは愛読書の原稿に見入ってしまった。


 「女が、しかも何の苦労もしないで育ったと思われている貴族の娘が書いた作品を、偏見から読まない人がいるからよ。加えて作家というのは中傷されやすい職業だから。自分の好きなもので、他人にとやかく言われたくないわ」

 

 姉のいうその理由に、ウィレミナはうなずいた。確かに庶民や頭の硬い紳士は多くいる。

 しかし、怖いもの知らずだと思っていた姉の弱い部分を知った気がした。



 

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