#3 アンセルム

 「どうしてペン・ネームをアンセルム・コートニーにしたの?」


 そこから、姉妹のおしゃべりが始まった。


 「猫から取ったの。コートニーは西大陸の有名な詩人、コンラッド・コートニーから。彼、素敵な詩を紡ぐのよ。『夕陽が沈むそのさきに』っていう詩集なの」


 セラフィーヌはコンラッド・コートニーの話を続けたいように見えたが、ウィレミナ自身猫の話の方が気になった。

 実を言えば、ウィレミナは侯爵家の5匹の猫全匹に会っていない。


 「猫?」


 「えぇ、いるでしょう?5匹。見なかった?」


 セラフィーヌはキョトンとした顔で、妹の顔を覗き込む。妹も同じ顔をしていた。


 「5匹もいるの?私が一時帰宅した時は、2匹しかいなかった。お母様から離れないチェルシーと、黒猫のバート」


 「あぁ、そうだったわ」


 そう言ってセラフィーヌが頭を傾げて、長い髪を背景に口角を上げた。


 「わたしが寄宿学校を修了させて戻る直前に、アンセルムとアルフォンスの双子の猫がうちに来たのよ。彼ら、ロシアンブルーの美男子でね、そっくりだけど、アンセルムが緑の眼で、アルフォンスが茶色っぽい黒い眼をしているわ。それで、一昨年くらいかしら、ディアナが黒猫なの。彼女は長毛の黒猫で、本当に美しいのよ。気位が高くて、わたしは一度も触らせてもらったことないけれど…」


 セラフィーヌの口調からは無類の猫好きがうかがえた。


 すると、自分の名前が聞こえたからなのか、或いはいつもいるはずの主人が今日に限っていないからか、隣の部屋から足音を忍ばせて優雅にロシアンブルーの猫がやって来た。


 緑の瞳が怪しく光って揺れる。アンセルムだ。


 「まぁ、初めてだわ」


 ウィレミナはアンセルムに目を奪われた。


 「グッドタイミングね。彼がアンセルムよ」


 セラフィーヌはアンセルムを紹介して、無意識にウィレミナがアンセルムに対して会釈をすると、アンセルムは軽やかに寝台の上に飛び乗った。

 

 「わたしに懐いてくれたの。唯一この子がね。『アイリス』を書いていたときもずっと膝の上に乗っていたわ。だから、ペン・ネームをアンセルムにしたの」


 お互いに大事にできる人間以外の生き物と暮らすことは創作意欲を導き出す源なのかもしれなかった。


 アンセルムと戯れるセラフィーヌを見て、ウィレミナは内心羨ましいと感じた。


 しばらくそうやって姉妹で話し合い、猫と戯れている内に、突然、ウィレミナの扉のドアノブが鈍い音を立てた。




 1回…。


 ……2回。


 

 そして、3回目………………。




 「お母様かしら。それとも、使用人?」


 突然のことに、ウィレミナは恐怖に襲われていた。


 「お母様だったら、ノックが来るはずよ使用人でもね」


 セラフィーヌの声も同じく震えていた。


 しかし、ただアンセルムだけが、2人と1匹の中で1番気配を察知するのが得意なものだけが、安心し切ったように目を閉じていた。

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