第32話 終焉
「千歳くん」
その声で俺は目を覚まし、体を起こす。ただここは現実ではない。
「ここはね、バーチャル世界の狭間なの。バグに侵蝕されたいろんな人の意志が飛び交う場所」
「俺は負けたのか?負けてバグに支配されたのか?」
詩織は首を横に振り、説明を続ける。
「今、世界中の人の魂がここに集結してる。みんな見てるよ、千歳君と部長との戦いを」
「みんなが?でも俺、今回ばかりは勝てる気がしないんだ。奴のデッキは神のカードばかりで構成された無敵のデッキだ。俺に勝ち目はない」
「千歳君・・・」
ばし!と詩織は俺の頬を平手打ちする。
「あきらめないで!あなたが勝てば、この世界に再び平和は戻るの。戻ったらね、千歳君、私と結婚して家族になろうよ。だからみんなの未来をお願い、取り戻して」
その言葉に俺の闘志は燃え上がる。
「頑張れー」
「負けないでー」
「頼む、勝ってくれー!」
いろんな人、いや、世界中の人たちから熱い声援が届く。自分の体に魂が戻り、息を大きく吸い込む。
「魔界神グレナビューダの効果発動、相手プレイヤーに直接攻撃がヒットしたとき、相手に3ダメージ与える」
俺のライフは1。この1のライフに全世界の人々の命がかかっている。
「俺のターン、ドロー!」
ドローしたカードを確認する。なんだこのカード?こんなカード、俺デッキに入れた覚えはないが。だが、このカード、今の状況を覆す唯一のカードだ。
「俺は魔法カード夢幻の崩壊を発動。このカードは自分のデッキのモンスターカードを全て破壊する!」
「どういうつもりだ?そんなことしたらお前のデッキにモンスターがいなくなるぞ!」
このカードの意図は神を操るマザーですら読めないようだ。
「自分のターンにモンスターが8体以上効果で破壊されたとき、俺はこのモンスターを手札から召喚できる!こい、夢幻神ダイナクロスエキスポ―ド」
「お前も神のモンスターの所有者か?」
「さあな?」
なぜ俺のデッキにこのカードが入っていたかは分からない。だが、これで決める!夢幻神ダイナクロスエキスポ―ドの効果で、相手のライフが自分のライフより多いとき、そのライフの差分、このモンスターの打点を上げる!さらにこのモンスターが相手モンスターを破壊したとき、このゲーム中、効果で破壊したカードの枚数分、奴にダメージを与える!夢幻神の黄金のブレスで宇宙空間が黄金に輝く。ライフ1。
「嘘だろ!?これで決まったはずでは!?」
「僕は手札の終わりの始まりの魔法カードを発動する。僕はライフが1になる代わりにデッキを消滅させる。そしてプレイヤーは新しいデッキをセットし、デッキから2枚引いて、ゲームをプレイする」
「神が消えた今、あんたに勝ち目はあるのか?」
「僕は神になりたいわけではない、ただ終わらせたいだけさ。僕は君のライフを削るのはやめよう。最後は僕の本当のデッキ、デコードデッキで相手しよう」
デコードデッキ。相手のデッキを破壊するテーマだ。夢幻デッキVSデコードデッキ。不思議だな、神がいなくなった途端、この勝負にハラハラする自分がいることに気づく。それは相手のデッキが本来の自分の魂を込めたデッキに戻ったからだろう。
「僕のターン、僕はデコードプラスを召喚する!効果発動!デッキからデバイスストラクチャーをオブジェクトゾーンに発動する」
デバイスストラクチャー、1ターンに1度、相手にデッキを2枚ドローさせ、自分は1枚引く効果と、相手のデッキが1枚になったとき、ゲームに勝利する効果を持っている。ドロー効果で、俺のデッキは3まい。夢幻の崩壊の効果で大幅に山札を削ったのが、あだになった。だが、次のターンの神の攻撃で終わりだ。
「僕は魔法カードラビリンスシャッフルを発動、この効果で君の夢幻神ダイナクロスエキスポ―ドはこの迷宮に閉じ込められる。迷宮に閉じ込められたモンスターは自分の場のモンスターが破壊されたとき、復活するが、君のデッキにはすでにモンスターがいない。ターン終了だ」
意外だな。この人、神のデッキなんて使わなくても強いよ。それになぜか楽しい。
「ドロー!」
引いたカードは夢幻の終焉。
「なあ、直江先輩、あんた、本当は仲間が欲しかっただけじゃないのか?少なくとも俺たちと一緒にいたときの部長は楽しそうだった。そんな部長がいたからこそ、俺は中学時代、動画作業やブログとかやって楽しめたよ。部長がバグで世界を狂わせたのは、本来なら許されない行為だ。だが、その責任は俺を含む、この世界全員の責任でもあるんだ。今も俺たちの戦いを見ている人たちもだ」
「川原くん・・・」
「終わらせましょう。これでフィニッシュです。今度会うときがあったら、一緒に遊びましょう」
俺はテーブルに魔法カード夢幻の終焉を発動する。このカードは自分のストレージのカードを全て破壊し、デリートするカードだ。この効果でストレージのジャガンジアが破壊されたとき、相手の場のモンスターを破壊し、相手に2ダメージ与える。
「不思議だな、負けたのにとても清々しい気分だ」
直江弘樹のライフが0になり、川原千歳はゲームに勝利した。その事実が全世界の人々に伝わった。宇宙からたくさんの光が飛び交う。この世界のバグによって汚染された魂が元の世界に戻っていく。
「なんだ!?この揺れは?」
宇宙空間から暗転し、モノクロの世界となる。この世界、アングリルワールドの消滅の時が来たのだ。あまりの震度に姿勢を保つのが困難だ。早く脱出したいが、そもそもどこから世界に戻れるかを俺は知らない。
「川原さん」
地震が止み、俺は立ち上がり「なんだ?」と答える。
「中学時代、あなたたちと過ごした部活の時間は楽しかったですよ。ずっとこの時間が続いてほしかった。僕の人生は闇が多かった。でも、楽しかったです。この世界に生まれて。今ようやく、生きていて楽しかったと思えました。ありがとうございます。あなたを元の世界に戻します」
「部長―!!!」
俺はこの世界での意識を失った。闇が多かったのは、直江部長だけではない。俺だって両親を失い、心をふさいだ時期があった。でも、人間生きていれば、いいことは必ずある。出会いの数だけ、分かれはある。でも人間には絆がある。絆がある限り、人は手を取り合って生きることはできる。今の俺はそう思う。
「うう・・・」
頭が痛い。長時間アングリルワールドにいたときの体の負担で若干足腰の自由が効かない。
「川原さん、お元気そうでなによりです」
となりのコネクターSPから出てきた直江部長が声をかける。
「部長もこっちに戻ってきたんだな」
「はい、僕にもまだこの世界でやることがありますから」
「やること?」
「そうです。人体への被害を無くし、あらゆる技術、電気エネルギーに並ぶ、新しいエネルギーの開発、僕は研究が好きです。今度こそ、誰かの役に立つ研究をして今まで迷惑をかけた人に恩返ししたいのです」
「そうか、頑張ってな」
おれは部室を後にする。今度こそ、俺のカードゲームの人生は終わりだ。と言っても、バーチャルストラテジーを全くやらないというわけでなく、息抜き、趣味として続けるつもりだ。世界で1番強くなった今、バーチャルストラテジーのプロプレイヤーになれば、俺はスターになれるだろう。カードゲームだけでお金を稼ぐ。父と同じ道を歩むのは決して悪いことではない。ただ、今はカードゲ―ムで戦う道ではなく、バーチャル世界の研究をしたい。バーチャルの新しい世界を創造し、新しい物語を作りたい。物語とは人生。1つのバーチャル世界が創造されるたび、そこにはドラマが存在する。アングリルワールドもその1つであった。都、森、湖、テーマパーク、モノクロ世界、現実世界にはない世界想像の産物をこの世界なら作ることが出来る。だからこそ、俺は新しい道を歩むんだ。
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