第30話 アングリルワールド

 ニュースのコネクターSPによる精神患者の増加の報道が後を絶えない。アングリルワールドのバーチャル世界の汚染が始まった。以前まではアングリルワールドはバーチャル世界にランダムの1拠点に存在するものだったが、今ではバーチャル世界にログインした瞬間アングリルワールドに飛ばされる。プログラマーによるアングリルワールドの解析の報告はバクだ。バーチャル世界における欠陥。異物な存在。このバグはバーチャル世界を狂わせる。だが、今のバグは現実世界の人間の分子、魂にも影響を与えるのだ。この世のあらゆる電子機器が徐々にバグが侵食する、バグが社会現象になる時代となったのだ。家庭の電化製品がバグによって侵されると、例えば炊飯器にバグが生じると、ご飯にバグが侵され、それを食べた人間は精神崩壊を起こす。人類はこのバグによって絶滅の危機を迎えている。アングリルワールドから帰還し、バクによる精神崩壊から元に戻った人の話を聞いたところ、アングリルワールドにはマザーと呼ばれるバグの生みの親が存在する。マザーはバーチャルストラテジーの神のデッキを持つ世界最強のカードプレイヤーでもある。そしてバーチャルストラテジーでマザーを倒せば、この世界のバグは全て消滅するとマザーは話していたが、マザーに挑んだ人間は全て精神をバグに支配される。マザーとの戦いは全国大会優勝者ですら、足元にも及ばない。あのキングですら、マザーに1ダメージすら与えられず、敗北したと噂になっている。コネクターSPのバーチャル世界だけの話ならコネクターSPの開発チームがサービスを停止すれば、問題は解決する筈だったが、今はあらゆる企業の電子機器がバグによって侵され、打つ手無しだ。パソコン、冷蔵庫、電子レンジ、スマホ、全てがバグで使えなくなるのは時間の問題だ。最近、バグ対策の専門部門ではバクの侵食の対策の為、ステラワクチンソフトが開発された。このワクチンソフトを世界の電波にリンクさせ、生活に必要な電子機器をバグから守ることができる。ただ日に日にバグは異なる周波数、不規則なプログラムシステムで、ワクチンソフトだけではいつかは対策出来なくなると総務省がテレビで発言した。バーチャル世界で生まれた小さなバグが今ではマザーにより、核兵器と同じ、いやそれ以上に危険な存在になりつつある。このバグを全て消滅する方法。それはアングリルワールドのマザーをバーチャルストラテジーのカードバトルで倒すことだ。コネクターSPでバーチャル世界に潜り、アングリルワールドに行ってマザーを倒す。本来、バーチャルストラテジーのマスター部門の優勝でカードゲームを引退する予定であったが、この現状を打開するには、俺がマザーを倒すしかない。だが、アングリルワールドの話をした時、俺は詩織と約束した。アングリルワールドには行かない。俺はこれから先、ずっと詩織のそばにいると。正直迷っていた。環境省がバグの撤廃するのを待つか俺がマザーに挑むか。アングリルワールドで仮にマザーを倒した時、世界のバグが消滅するのと同時にアングリルワールドも消滅する。その時、マザーと戦った俺はどうなる?世界を救う代わりに自分を犠牲にするのか。 どちらの選択肢を選んでも、華やかなハッピーエンドは恐らく訪れない。青春大学に入学して1ヶ月が経ったが、バグ感染の防止のため、自宅謹慎となっている。せっかく詩織と同じ大学に受かり、これからが人生の本番なのに。バクの感染は徐々に電子機器からの感染だけでなく、人から人へと感染するようになった。世界の情勢はバグによって著しく変化した。そしてついに最悪の事態が起こってしまった。詩織がバグに感染したのだ。俺は自宅謹慎を無視して、毎日詩織のお見舞いに行った。


「ごめんね、千歳くん。迷惑かけて」


体温計は39度と表示される。バグはすでにインフルエンザを超えるほどに人体に悪影響をもたらしたのだ。このままでは詩織だけでなく、俺も。くそ!なんでこんなことに!その時、俺は覚悟を決めた。俺はアングリルワールドに行く。


「そろそろ家に帰るよ」と言って、詩織の部屋を出ようとする俺の手を詩織は掴んだ。


「アングリルワールドに行くつもりなの?」


ここで嘘をついてもバレると思った俺は黙って頷いた。詩織は両目から涙を流して、首を横に振る。


「もう嫌なの!好きな人と会えなくなるの。だから最後の瞬間まで一緒にいて」


 最後の瞬間。その言葉から詩織は自分の生命の終わりを自覚していると読み取れる。ならば、尚更行かないと行けない。


「それは俺だって同じさ!お前と別れるくらいなら死んだ方がマシさ。マザーを倒さないと、俺たちの、いや、世界が終わるんだよ。大丈夫。俺は負けないから」


 俺は部屋を出る。確か、学校の部室にコネクターSPが2台あるはずだ。そこからアングリルワールドに行けば、マザーのいるところに辿り着ける筈だ。部室に着くと中学時代使っていたコネクターSPがそのままあった。


「あれ?誰か1台コネクターSPを使っているのか?」


 確認したい気持ちもあるが、今の俺には時間がない。俺はもう一つのコネクターSPの席に座る。目を閉じて、バーチャル世界にたどり着いた。そこは地獄絵だ。本来バーチャル世界ではシステムによる温度調整にはリミッターがあるが、バグに汚染されたこの世界は違う。とにかく熱い。全身から汗が流れる。現実の身体が脱水症状になる前に俺はアングリルワールドのマザーを探さないとならない。俺はただ走る。とにかく走る。しばらく走り続けて、次についたのはモノクロの世界。アングリルワールドは不規則のバグによって構成されている。身体に重さを感じ、気がついたら、モノクロのブロックの上に逆さまの状態で立った。重力の法則、色彩、温度、全てがカオスだ。このままずっとアングリルワールドにいれば、徐々に俺の体もバグに支配される。気持ちばかり焦るが、周囲を見渡しても、このモノクロの世界の脱出口が見つからない。「一体どうなっているんだこの世界は?」呟いて、また歩くが、その度ブロックに吸い寄せられる。ふざけた世界だ。まるでこの世界に弄ばれているようだ。今の俺を見ているマザーは何を感じている?と思った時だ。奴がこの世界を常に監視しているなら、どこにいても俺の声はマザーに届く筈だ。俺は勇気を振り絞り、この言葉を叫ぶ。


「マザー、俺と勝負しろ!世界最強が誰かをはっきりさせようじゃないか!それともお前はただの臆病ものなのか?」


 するとモノクロの世界がパネルのピースのように破片となって崩れ落ち、世界は宇宙空間となる。


「川原千歳、このマザーである私が直々に相手をしようではないか」


道化の仮面を被った黒いスーツに赤いマントを羽織った人物。こいつがマザーか。「ああ、そうだな。お前を倒せば、全てが元通りになる。俺が負けたら、この世界は終わる。人類とプログラム、決着をつけよう!」


マザーと俺の前に透明なテーブルが魔法のようにポンと現れる。負けるわけにはいかない。詩織。お前は俺が絶対助けるから!

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