第29話 詩織
帝王高校の卒業式が終わった。俺の今後の進路は青春大学だ。詩織との文通で詩織は青春大学に行くことを聞いていたので、俺も同じ道を歩む。青春大学の試験のため、俺はカードゲーム部を自ら退部し、一足先に、受験勉強を始めた。カードゲーム部の活動で遅れた勉強を試験日までに間に合わせるためだ。長い受験勉強期間では、俺はコネクターSPを1度も使わず、そして大会にも1度も出場しなかった。というより、これ以上、大会に出る意欲も湧かなかったと言った方が正しい。試験科目は国語、数学、英語、理科、社会。青春大学の偏差値は60。2年生の夏から勉強が始まり、そこからはほぼ1日中勉強しかしていない。参考書、レベルに合った問題集。そして過去問題。詩織がいれば、効率よく勉強のやり方を教えてくれるだろうが、今頼れるのは自分自身。ただ闇雲にやっても点数が伸びない。だからこそ、最初は英単語を覚えることから手をつけた。中学の時より英単語は覚える量が多い。1年生の基本となる1500の英単語も全部覚えるのに3ケ月はかかった。個室での勉強で寂しさを感じたときは、詩織の手紙を見る。会いたいという気持ちをモチベーションにただ、勉強をした。センターの国語は文章の理解力もそうだが、それ以上に文章を読むスピードが問われる。長い間、紙媒体の文章はバーチャルストラテジーのカードのテキストしか読んでいないせいで、頭がセンターの国語の文章を読むのについていかない。そのため文章になれるため、社会の参考書の文章を読むことから始めた。長い解説文から適切な単語、情報をピックアップして、物事と関連付けて覚える。理科に関しては化学は苦労しなかったが、物理が全く理解できず、意味不明だ。どの議題にどんな方程式で解けばいいのか。勉強での様々な課題は問題集をレベル別にして解くやり方が結論としては一番効率が良かった。そして、当日合格発表で俺の番号はあった。その時、俺の目から涙が流れた。試験に受かった喜び、苦労、そして好きな人と再開できる嬉しさ。俺は実家のじーちゃん、ばーちゃんの家に戻った。青春大学は俺や詩織の家から自転車で40分くらいで着く距離で、今詩織も実家にいると、聞いたので、俺は詩織の実家に向かっているところだ。3年間ずっと顔を見ていなかったが、大学生になって、どんな風に変わっただろう?詩織の実家についた俺はイヤホンを鳴らそうとするが、ボタンと指のぎりぎり重なりそうなラインで手が止まる。
「待てよ、今詩織と会って何の話をしようか?久しぶり過ぎて緊張するな」
ポチ!ピンポーン!「あっ」手がすべったー!ドアが開く。そこに立っていたのはピンク髪の俺より背が少し低めの女性。ただ昔の面影があって、そのほのぼのとした表情は間違いなく詩織だった。
「詩織!」
「千歳君!」
俺は強く詩織を抱きしめた。詩織も俺の背中に手を当てて、俺を抱きしめる。そしてキスをした。
「久しぶりだね」
「ああそうだな。この3年間、本当にいろんなことがあったよ」
「話きかせて、私の部屋入ってよ」
詩織に連れられ、詩織の部屋に入ると、以前より部屋がピンクに染まっている。まあ、髪のピンクにそまっているしなぁ。クッションの上に座り、胡坐をかく。
「まず、帝王高校では3000人組手という地獄のような練習メニューがあったんだけど」
帝王高校のことを話して2時間くらい語っていただろう。詩織は相槌を打ったり、笑ったり、感情表現が豊かになったと思う。時間が経つのはあっという間だ。気づけば、もう5時だ。後1時間くらいだ。これからいくらでも会える時間があるのにこの瞬間が愛おしい。
「ねえ、千歳くんはもうバーチャルストラテジーはやらないの?」
詩織の質問に対し、俺は問に答える。
「しばらくはやらないと思う。もう俺のカード人生はこれで終わりにして、次の新しい人生を進みたいのさ!」
「ふふ、かっこいいね。さすが、私の彼氏だよ」
詩織はにこっと笑う。その以前より大人びた笑顔に心臓がドキッとする。
「詩織、お前、綺麗になったな」
「千歳くんも前よりかっこよくなったよ」
なんだろう、このラブラブカップルの定番の会話パターン。
「これから、毎日一緒に登校しようね」
詩織の提案は悪くないが、入学初日目からして、俺たちのラブラブぶりを思春期真只中の男女が見て、騒がれると面倒だ。でも今はそれでもいい。俺たちの空白の時間はこれから取り戻せればいい。周りがどう思っても、それは周りがどう思うかではなく、俺たちがどうなりたいかだ。
「それと千歳くんはアングリルワールドって知ってる?」
突然の詩織の発言に言葉が詰まるが、「知らない」と返答する。
「最近噂になっているんだけど、アングリルワールドはバーチャルワールドのバグ世界と呼ばれていて、ランダムにゲートが発生するみたいだけど、その世界はバグデータで構成された世界と呼ばれていて、興味本位でそこに入った人はね」
「うんうん」
「この世から消されるんだって」
「おいおい、冗談だろ。バーチャル世界で現実の人間が死ぬなんて聞いたことないぞ」
コネクターSPは生命活動が危なくなったときに緊急の措置として、自動的に意識が現実の体に戻る仕組みとなっている。例えばコネクターSPで長時間のプレイで栄養不足になったときは、自動的にバーチャルから現実に戻されるので、バーチャル世界で生命が停止することはない。ただ、この世に1つだけ不確定要素が存在する。それはバグカードだ。バーチャル世界での乱数の定義をひっくり返すシステム。現実の人間の記憶に干渉し狂わせるカード。全てのバグの元凶がアングリルワールドと呼ばれる世界に存在する。
「千歳君はどうする?」
「どうするって言ってもバグに関しては、プログラマーに任せるしかないだろ」
「でもね、そのアングリルワールドを支配する人間がいて、その人は神をテーマとするデッキを使うみたいだよ」
「!?」
神のテーマ。バグカードを悪用してきた最強プレイヤーが神のデッキをもっている!?「でもね、いずれ千歳くんの耳にも入ることだと思ったから伝えたけど、正直、私はアングリルワールドに関与するのは反対だよ」
「詩織・・・分かっている。とても危険なんだろ。俺の魂はもう俺だけのものではないことは分かっているよ。大丈夫、俺は何もしないから」
「うん、そう言ってくれて嬉しい」
アングリルワールド。バグカード、呪魂の鳳凰陣、呪魂の魔法陣が生み出された世界。また入院するのは御免だし、もう俺はカードゲームを続ける気はない。マスター部門で優勝したときに手に入った魔犬神ヴァイブバルブ。あのカードのいつかは売って、金にして、これからの2人の人生の大切な予算にするつもりだ。このカードの売値は2億とされている。打ったお金で詩織と海外旅行に行ったり、高級料理店とか、あとは家も買える。カードだけではこの先やっていけないし、子供ができたとき、しっかりとした仕事に就かないと、子供を将来支えることが出来ない。
「千歳くん、今度は私の高校時代の話してもいい?」
「もう、こんな時間だけどいいのか?」
「今日、私の両親や兄弟いないから時間あるよ」
「お、おう・・・」
翌日は入学初日と分かっていたが、俺は詩織と長い間、話し合った。
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