第13話 カードゲーム部

 中学生になり、俺は実家から柳田中学の寮での暮らしになった。食事は朝昼晩、食堂で食べる。食堂にはいくつも机が置いてあり、男子は2階から5階、女子は6階から8階に自分の部屋がある。男子、または女子が異性の部屋に行くこと自体は特別許されているが、21時になったら自分の部屋に戻らないといけない。


「千歳君、同じクラスでよかったね」


「まあな」


 中学になって俺、川原千歳と新田詩織は恋人同士になったが、クラスではなるべくラブラブはしないようにしている。中学では小学校の時と比べ、いじめが多く、やんちゃな性格の生徒が多いので、恋人関係がもし周囲に知れたら、また詩織が女子のいじめの対象になる可能性がある。だからそれを避けるためだ。本人曰く、「千歳君がいれば私は何があっても平気!」と言う。だが、詩織が大丈夫でも俺は大丈夫ではない。ホームルームが終わり、小学校の時の俺ならそのまま家に帰る選択肢ばかりとっていたが、中学ではどこかの部活に入ることを義務づけられている。そのため、あっちこっちの部活を見て回っているが、俺は退院したばかりの身で激しい運動はしばらく出来ない。となると文系の部活だが、美術部や軽音部なども魅力がないわけではないが、俺は歌には自信がないし、絵心もない。となると、俺の関心はカードゲーム研究部だ。バーチャルストラテジーなら俺も多少腕は上げたし、共通の話題があるメンバーだったら親しくなれそうだ。教室を出て、下の階に降りた後、体育館方向へまっすぐ進んだ先の左手にある化学準備室。ここに部活がある。「失礼します」と言って部室の扉を開けると、そこにいたのはたった1人。メガネを掛けた男子生徒で、こちらを見るや、目を光らせて、「もしかして入部希望者ですか!?」と聞くので、俺は「一応だけど」と控えめに返事する。部室を見渡したすと、科学の授業で使われる実験器具のほかにパソコン5台とコネクターが2つ。この学校でもコネクターがあるのは驚いたが、旧式のものなので、映像の画質は若干落ちるが、試合をするだけなら問題はない。


「あ、やっぱり千歳くん、ここにいたんだ」


声の主は詩織で笑顔で手を振って、部室に入ってくる。


「あの、こちらの方は?」と部員が聞くので、「俺のクラスの同級生だよ」と答え、彼は立ち上がる。


「では、2人とも入部希望者ですね!よかったこれでチームが組めます!」


 俺と詩織は顔を合わせ、首を傾げる。


「VSコロシアムです!バーチャルストラテジーの大会があるのです!」


 彼は俺の手を両手で囲むように包み、上下に振る。その勢いで詩織にも同じことをしようとしたので、蹴りを入れてやめさせた。


 「こら、人の彼女に変なことするな」


「へ、彼女!?」


「あ・・・」


余計なことを言ってしまった。ただ、彼1人にこのことをばらしても日常に差し支えがないと思ったので、訂正はしなかったが、詩織の方は嬉しそうにずっとこちらを見つめてくる。


「可愛いぞ、詩織」


「キャー」


 詩織が自分の桃色の世界にフィルターが掛かったところで話を元に戻す。


「それで、VSコロシアムって何?」


「VSコロシアムとはバーチャルストラテジーの開発会社、ストラが開催する大会でバーチャルストラテジーの日本最強チームを決める大会のことです!あと、僕はカード部部長の直江弘樹と申します、よろしくお願いします!」


「ああ、よろしく」


 見かけの大人しそうなイメージと違って、積極的だな。こちらの話を聞いて察した詩織は自己紹介をする。


 「私、新田詩織っていいます。よろしくお願いします!」






 夕食の時間の食堂では、運動部の汗のにおいが充満して、食事に集中することが出来ず、俺は隅の方の席に移る。食事を終えたら後は、シャワーを浴びて、寝る支度をするだけのはずだったが、ドアを開けると、そこには俺のベッドで横になっている詩織がいた。


「詩織!?なんでお前ここにいるんだ!?鍵閉まっていたのにどうやって?」


「鍵なら針金で開けたよ!」


 おいおい、昔の怪盗アニメじゃあるまいし。だが、詩織が俺の部屋にいる以上、鍵が意味をなさないことが分かった。


「ねぇ、私と一緒にお風呂入らない?」


 まさに悪魔の囁きだ。断れるのは分かっていながら、俺がその誘惑に負けたら、その勢いで本当に一緒に入るつもりだろう。元々の詩織はため口ではなく、語尾が丁寧語で、どちらかと言えば控えめな性格だったと認知していたが、女は一度、恋をすると性格が変わるとはよく言ったものだ。俺自身も前は根暗だったが、いろんな出来事を通じて変わったのだと自覚している。


「お前が帰ったら入るわ」


「えーいいじゃん、減るものじゃないし」と言って、俺の腕に詩織は自分のぺったんこの胸を当ててくる。


「お前な、俺を誘惑するのは、まだ5年早いよ」


「ぶー」と言って詩織は俺と距離を取る。


「暇だし、久しぶりにバトるか?」


「もー、仕方ないなあ、いいよ」詩織は渋々ポケットのデッキを取り出し、床にデッキを置く。俺もデッキを置き、カードを定位置に並べる。


「先攻は俺だな」


 俺はまず場にマテリアルを1枚出す。マテリアルは1ターンに1度、手札から1枚出せる。マテリアルのカードも出すので、このゲームは初期手札が7枚だ。


「夢幻迷宮を発動するぞ」


「え、夢幻!?」


詩織が驚くのも無理はない。俺は入院して岸田という男から夢幻デッキを受け取ったのだ。


「悪いな、黙ってて」


「ふーん、お手並み拝見だね」


詩織は嬉しそうにこちらの一手を待っているように見える。


「夢幻の歌姫を召喚!このカードを召喚したとき、自分の場のカードを1枚破壊することで、デッキからカードを2枚ドロー出来る。俺が破壊するのは夢幻迷宮だ」


「自分のオブジェクトを破壊するの!?」


 出したばかりのカードだが、これが夢幻デッキの戦術なのだ。自分のカードを破壊し、次々とカードを回す。大胆さと冷静さ、両方が試されるデッキだ。


「夢幻迷宮の効果でデッキからマテリアルを1枚出せる。さらに夢幻の騎士を召喚!ターン終了だ」


「すごい、すごいよ千歳くん、今までまるで別人みたい!」


 5分くらい経ち状況は詩織も強プレイヤ―で強力な夢幻に対し、水妖精ザミリオンを展開している。パワー3200の打点5のモンスターだ。


「これで私の勝ちだね」


「それはどうかな?」


「え?」


「俺は自分の場の夢幻輪廻、夢幻暗夜、夢幻開口を破壊し、夢幻龍ジャガンジアを召喚する!」


 これから繰り出すコンボはやつとの対戦で使ったコンボだ。相手のカードを破壊し、ダメージ、破壊したカードを手札に戻す、次のターンで召喚されて、ジャガンジアのスキル効果で相手がカードをプレイするたび2ダメージ。夢幻輪廻でさらに受けるダメージが2倍になる。


「私の負けだ―」


 そう俺の勝ちだ。ジャガンジアコンボは今回たまたま決まったけど、本来は同じカードが入ってないデッキのためコンボパーツをそろえるのは難しいが、決まれば強い。いや、もしかしたら42枚全部違うカードからなるこのデッキには無限のコンボがあるのではないかと思うことがある。夢幻だけに。さぶい。


「千歳くんすごく強くなったね。さすが私の彼氏だね」


「まあ、いろいろあったからな」


もし、やつに負けて病院に送られなければ、俺はこの夢幻デッキに出会うことは無かった。物事の道理とは分からないものだ。


「ねえ、今日一緒に寝ない?」とニヤニヤしながら詩織が言うので、俺は無理やり詩織を部屋から出して「自分の部屋で寝ろ!」と言って追い出した。

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