第10話 バグカード

「うわああああああああああああああああああああああああ!!!」


 俺は何時間の間、暗闇の中叫んでいただろうか。昔の思い出の偽りのイメージが次々とごちゃ混ぜに脳内のイメージに流れ込む。


「母さんはね、あんたがいたから死んだのよ」


「父さんはお前さえいなければ、死なずに済んだんだ」


 やめてくれ、もう勘弁してくれよ。誰か、誰か助けてくれ。もう嫌だ。俺が悪かった。俺がいなければ、父さんと母さんは死なず、じーちゃんや、ばーちゃんにも迷惑を掛けずに済んだんだ。ごめんなさい。生きててごめんなさい。俺なんてこの世に存在する価値なんてない、生まれてこなければよかったんだ。この瞬間が無限に続くように感じられた。目を開くことが出来ない。いや、目を開けたくない。開けたらまた痛みと辛い現実が待っているんだ。全身の感覚がなくなった。どこにいるのかも分からず、ただ、声が聞こえるだけ。「お前さえいなければ」とか「あなたさえいなければ」など聞きたくもない言葉が脳内で何度もリピートされる。しばらく経って全てが無になる。何も聞こえない、何も感じない。そうか、俺もしかして死んだのかな。天国が地獄か分からないけど、もしかしたら父さんや母さんに会えるのかな。でも、会っても罵倒されるのかな。生きていても死んでも辛い人生。世の中って残酷だな。視界が眩しくなる。ようやく俺は解放されるのか。もう失うこともない。辛い人生だったけど、終われば意外と呆気ないものだな。


 「川原さん、起きてください。朝食の時間ですよ」


「あれ?」


 目を覚ますとそこは見慣れない個室だった。目の前にいるのは間違いなく看護師だが、部屋はベッドと大きな窓の2つ。窓からは奥手側にカレンダーがあり、その上にまた窓があって、外の景色が見える。


「昨日のこと覚えてますか?」


「昨日のこと?確かへんなおじさんとカードバトルしたことかな」


「違います、晩のことです」


 昨日の晩と言われても、昨日はカードの最中に変なカードの効果で全身に痛みが走ったことくらいしか。それ以降の記憶がない。


「すみません、記憶にないです」


「分かりました。しばらく安静にしてください」と言って看護師は大きなドアを閉めた。


「あれ?ドアの取っ手がない」


 俺、ここから出られないのか?ここ病院じゃないのか?なんで部屋から出入り出来ないんだ!「あれ?」気づいたら足元から崩れ、その場に倒れた。


「なんで体にまったく力が入らないんだ?」


 足を全く動かせないわけではないが、長時間立っていると足が震えて、姿勢を保てない。仕方なしにベッドに横たわるが、目を瞑ると頭痛がするので、寝ようにも寝れない。窓のガラス越しから見える時計の時刻は8時00分。することがないというよりできることがない。俺はベッドで横になり、ただ、時間が経つのを待った。時間の経ちが非常に遅い。たった4時間が12時間、半日くらいに感じた。「昼食お持ちしました」と看護師が部屋に入ってくる。お盆にはご飯1人分、鮭の魚、野菜そしてハンバーグと牛乳だ。


「おいしい」


 朝、食べたときは味すら分からなかったが、今、ようやく味覚が戻ったのだろう。


「川原さん、お体に異変はありませんか?」


 看護師さんに優しい口調で聞かれる。


「さっきよりは、ましになりました」


「よかったですねー。昨日は川原さんずっと夜中叫んで暴れて、で大変だったのですよ」


だから、俺病院にいるのか。叫んで暴れたことは全く覚えてないけど、迷惑かけたことは謝罪の意味も込めて「すみませんでした」と看護師に頭を下げる。


「これなら大丈夫そうですね、後、数日安静にしたら一般の方に移りましょう」「一般?」


「一般病棟へ移って、診察が終わったら退院できますよ。ただ、2か月くらいはかかると思いますが」


「えぇぇぇ!?」


 2か月先はしんどいなあ。まあ、最近いろんなことあって疲れたし、少し休むとするか。一般病棟に移され、その光景を見て、ようやく俺は病院にいると確信できたが、ここは身体の病院ではなく、おそらく精神の方の病院だと思った。自分の個室に案内され、今回はちゃんと取っ手もあって、部屋の出入りも自由になった。一般病棟の病院内は大半の人は1日中テレビを見て、時間を費やしている。一部のエネルギーがある人は将棋をしたり、トレーニングマシンで体を鍛えたり、例外としてぶつぶつ喋りながら、泣いたり笑ったり、精神的に不安定で近寄りがたい人もいる。


「川原さん、訪問者が来ています。面会室へどうぞ」


「はい」


 連れられた先に待っていたのは、じーちゃん、ばーちゃん、でこちらを見て嬉しそうに涙を流す。


「千歳元気かい?」


「ああ、元気だよ」


「そうかそうか、それならよかった。無理せずゆっくりするんだよ」


「ありがとう」


その後、いくらか学校の話をして、面会の時間が終わり、さよならの挨拶をして俺は自室に戻った。ちょっと変わった人達の集まりだけど、居心地はそんなに悪くない。俺が最初にいた病棟は隔離病棟と呼ばれていて、重度に症状が重い患者だけが入る特殊な場所だ。記憶にはないが、病棟に連れてこられたときは、それだけ俺は正気じゃなかったと考えられる。1か月が過ぎた。病院での生活に退屈感を感じ始め、最初の1か月と比べて、今は1日1日の時間が長い。病棟で噂を聞いたことがあるが、最初のうちは居心地がよくても、時間が経つと、退屈になり、早く退院したくなるらしい。俺は時々、トレーニングマシンで体を鍛えたときもあったが、さすがに毎日同じものだと飽きる。唯一飽きないのは、食事だけだ。


「川原さん、面会の方がいらっしゃってますよ」


「はいはい」


 またじーちゃんたちかなと思うが、看護師さんがこちらを見てニヤニヤしてくる。面会室のドアを開けると、同時に詩織が寄ってきて抱きついてきた。


「ごゆっくりー」と看護師さんはドアを閉める。


「千歳くん!大丈夫!?」


「おいおい、落ち着けって、それにお前、まだ俺のこと下の名前で呼んでいいとは言った覚えはないぞ!」


 抱きつかれ、慌てて体を離すが、詩織は心配そうにこっちを泣きそうな目で見つめてくる。その顔が不覚にも可愛いと思ったのは俺の失態だ。


「分かった、俺のこと千歳って呼んでいいから、まずはゆっくり話そうぜ」


「あ、ありがとう」


 話すことはたくさんあるが、面会の時間は限られているため、長々と話は出来ない。優先して話しておきたいのは呪魂の魔法陣のカードについてだ。


「なあ、詩織。呪魂の魔法陣ってカード知っているか?」詩織に尋ねると詩織は血相を変えて、下を向く。「呪魂の魔法陣はね、バグカードなの」


「バグカード?」


「そうバーチャル世界のプログラムに悪影響を与えるプログラムで、そのカードを使って対戦した場合、負けたプレイヤーは精神的に破壊されるんだって。もしかして!?」


 そう、俺はそのカードを使われて負けた。たぶんそのせいで俺は。


「でもね、精神的に破壊されるといっても、まだそれは人体にまで大きく影響するものではないみたい」


 え?でも俺は精神どころか肉体にまで大きなダメージを負ったはずだ。


「面会時間終わりです」と看護師に言われる。「私また来るね」と詩織は言って、詩織とは別れた。

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