第7話 県大会

 バーチャルストラテジーは紙媒体で行われるカードゲームで、今まではバーチャルの世界観をイメージとしての産物でしか表現できなかったが、最近発売されたコネクターと呼ばれるVR連動型システムにより、バーチャルの世界観を現実のものとして実現することを可能にした。ショップ大会で新田だけの力で優勝した俺たちは県大会へ進めるようになったが、俺としては人任せにして勝利を得ても、気まずさしか感じてないが、当の本人の新田は全くそのことを気にしていない。むしろ一緒にチームを組んでくれてありがとう、と感謝されるくらいだ。県大会に備え、デッキの調整を新田と一緒にするため、俺は新田の家に連れてこられたのだが、これで新田の家に来たのは3回目となる。新田は兄の亮さんからもらえるお小遣いでカードをまたハコ買いしたわけだが、本来ならお小遣いを渡すのは親の役割だと思うところがあるが、新田曰く、親はカードゲームのために使うお金は渡せませんと言われており、それを見兼ねた兄の亮さんが、自分がバイトで稼いだ金の一部を妹の新田詩織に渡しているのだ。兄からもらっているおこずかいの額は4000円くらいで、箱買いは大体3000円前後するから4000円で十分1箱買える。兄も妹に甘すぎるのではないと思うのだが、下の妹がいない俺は、兄の亮の心情は分からない。新田はカードファイルを手に取って、パラパラとページをめくり眺めていて、俺も彼女に手渡された別のカードファイルを眺めるが、正直なところ、どのカードが強いかどうかは今の俺では分からない。カードの右下にSSRとかRとかアルファベットが書いてあるが、これはカードの何かしらの特殊能力だろうか。特にVRと書かれているカードはイラストの部分の輝きが透明な白がかったデザインに虹色の閃光を放っており、ずっと眺めていると目が痛い。「このカードは2枚で、これがあれとシナジーがいいからあれで」などと新田はずっとぶつぶつと呟きながら、デッキとにらめっこしているが、実のところ、俺はいなくてもいいのではないかと思う。今回の大会で新田が相当の実力者だと分かったし、その新田を負かした木村も恐らくマグレでなければ、新田以上の実力があるとも分かる。言えることは俺、何もしなくてもよくね?賞金の10万円は3万で分けて、残り1万はこの大会で一番貢献した新田に渡し、俺はじーちゃんに全部お金はあげたが、新田に関しては、4万全部カードパックにつぎ込んだみたいで、それで今大量のカードでやりくりしているというわけだ。「川原くん、お茶飲む?」ちょうどのどが渇いていたので、「麦茶で頼む」と返事した。「待ってね、今持ってくるから」と言って、新田は部屋から出ていったが、俺は正座から胡坐に変えて、いったん足を休める。付き合いが長いとはいえ、女の子の部屋で胡坐は駄目かと思ったが、当の本人とやりとりしているうちに緊張の糸が切れた。光剣軍、水妖精、そして木村の悪戯魔女。この3つのデッキで本戦に挑むつもりだが、大会では1戦もしなかったため、光剣軍デッキはまだ使いこなせる自信がない。「お待たせ―」と新田は部屋のドアを開け、にこにこした朗らかな表情で「はい、どうぞ」と麦茶が入ったコップを手渡す。「ありがとう」と礼を言い、俺は一気にコップの麦茶を飲み干す。


「川原君知ってる?明日の県大会ではコネクターが特別に導入されるみたいだよ!すごいよね、今まで紙のイラストだけだったモンスターが実体化するの楽しみじゃない?」


「うーん、俺はまだバーチャルストラテジーにそこまでの思い入れがあるわけじゃないから、微妙かな」


 もし、父さんが今生きてれば、万歳して大喜びしただろう。テレビに映っていたときは、バーチャルではなく、テレビ側の編集でモンスターを発生させていただけなので、会場ではモンスターは当然映ってないし、テレビで見てもリアリティがあまり感じられない。コネクターはコクーン状の大型シミュレーション実装システムでソリッドビジョンを脳の視覚神経に流通させ、脳の後頭部にある脊髄の信号をバーチャル世界の自分の肉体に連動させ、まるでバーチャル世界で自分がカードバトルを生で楽しめるような感覚を味わえる。それだけでなく、対戦の光景をコクーンのモニターに表示できる画面で確認できる。それにより、今までバーチャルの要素がイメージだけの存在だったものが、現実とリンクし、現実に非現実が混合することになる。


「明日、私たち勝てるかな?」


 珍しく弱気なことを言うので「俺たちなら大丈夫だろ!」と言うが、試合中ケーキを買いに行っていた俺が言っても全く説得力がない。それを聞いて彼女はガッツポーズして「うん!」という。こんな能天気なメンバーで勝てたら奇跡だと内心思うが、だが、俺を除いてこのメンバーは実力者揃いだから、今度はケーキじゃなくて、ばーちゃんが好きな饅頭を買いに行っても問題ないかもしれない。



 気づけば、外は夕暮れの光で窓から見える街並みが赤く彩っている。その光景が美しくて新田も「綺麗だね」と言い、窓のブラインドを下げる。玄関で新田と別れ、俺はいつもの帰り道を自転車で進む。明日か。ショップ大会の時は何もしなかったけど、県大会は恐らくそんなに甘くはない。


「あ、そうだ!」


 俺は一つひらめいたことがある。それはどうせ負けるなら、1試合目で出て、初戦の相手の手のうちを晒すくらいの仕事をしてから負けたらいいのでは、と。県大会当日、ショップ大会の時のアマチュアがいる面子と違い、いかにもカードゲームやり込んでますみたいな雰囲気のメンバーの集いだ。先陣を切ると言ったのはいいが、これでは、俺のあまりの弱さに、恥かいて、不快な思いをするだけだと。でも、俺は1人ではない。恥をかかずに傍観者の立場を全うするくらいなら、恥をかいても、チームのために貢献する方が大事だと思った。


「チーム名を決めてください」


 受付の係員に言われ、俺たちは円陣を組む。


「おい、どうするチーム名」


「僕はショップ大会で大活躍した新田ちゃんが決めるべきだと思いますよ」


「まあ、そうだな」俺と木村は視線を新田の方へ向けるが、彼女は腕を組んで、うーん、目を瞑って考え込む。そして口を開いた。


「決めたよ!しおりんズにしよう!いい名前だよね!」


 しおりんズ。何、大会でチーム名呼ばれるたび、チームしおりんズという醜態をさらすつもりか?溝に捨てた方がいいチーム名をこのベテランプレイヤーの場で呼ばれるのか?いやいや、それされるくらいなら、1回戦でぼろ負けした方がまだましだろ。


「では、あの、し、しおりんズの皆さんは1回戦スタートなので、向こうの2番のベンチで待機してください」


「はい!」


 新田は気合満々だが、受けつけの係員さんもそのチーム名にドン引きしていうのが真に受けられる。気持ちを切り替えて試合だ。初戦の相手はダークネス・ストロンガ―ズ。やべぇ、初戦から溝に捨てたいしおりんズ以上に恥ずかしいチームがきた。両プレイヤーの選手は顔を見合わせ、握手する。相手の歳は俺たちと変わらないが、いかにもカードおたくです、という顔をしている。初戦の相手は芥川五郎というメガネを掛けた、長身の男子。デッキを持って何度もシャッフルして、どこか落ち着きがない。この会場には試合場ごとにそれぞれコネクターが2台ずつセッティングされている。俺はコネクターの中に入り、中にあるヘッドセットを被ってデッキをディスクセットと書かれたくぼみに置くと、デッキがコネクターの機械の中にインプットされる。コネクターのディスクのSTARTのスイッチを押すのと同時に俺は現実から意識を切り裂かれ、気づくとそこは、空に浮かぶ円型の空中フィールド。とてもゲーム世界とは思えないくらい、リアル感。重力による体の重み、体内に流れる脈、心臓の鼓動。そのすべてをこの世界でも感じられるのだ。


「すごい、これが仮想世界」


 試しにこのフィールドから落ちられるかを試したくて、ゆっくりと手を伸ばしてみるが、途中でガラスのような壁に当たる。どうやら、このフィールドから逃げることは出来ないようだ。


「おやおや、今大会中なのをお忘れですか?」


「ああ、悪い」


 浮遊島の中心にある両者のデッキから手前にある自分のデッキを手に取って、お互い、少し距離を取る。先攻後攻のオートシステムのコインが空中を舞い、俺は「裏」と叫ぶ。コインは地面に落ち、コインから水色のウィンドウが浮かび上がり、裏と表示される。


「俺のターン、俺は手札から光剣軍始動発動!このカードはデッキからサイズ1のモンスターを1体手札に加える」


 この1手を打つのと同時に、自分の視点の黄緑に光る人型シルエットに映るMPの項目の数値が60減り、240になったのを確認する。そしてデッキの詳細がザザーと流れるように下に流れるリストが表示される。俺はリストの光剣軍のヤイチを右手の人差し指でタッチする。


 「手札から光剣軍のヤイチを召喚。先攻の1ターン目は攻撃できない。ターンエンドだ」


 ターン終了すると、芥川は薄気味悪い笑みを浮かべ、デッキからカードを引く。


「僕はオブジェクトカード。デバイスストラクチャーを発動!」


「デバイスストラクチャー?」


「このカードの効果で、確か、川原君と言ったね、デッキからカードを2枚引きなさい」


「ん?いいのか?なら引くが」


 カードを2枚引く。引いたカードは2枚ともマテリアルだ。県大会に進むほどの実力者だ。無駄に相手にカードを引かせたわけじゃないだろう。


 「僕はデコード・ベータを召喚!効果発動、あなたは手札をすべて捨てて、デッキから好きな枚数引きなさい」


 また手札を引かせるカード?こいつ何を考えているんだ?


「だが、手札はたくさんあるに越したことはない、俺はデッキから15枚カードを引くぜ」


 その様子を見て芥川は大声で笑った。


「あなた、とんだ初心者ですね。あなたのその愚かな一手でもう勝ちは決まりましたよ。私は魔法カードデバイスランブルを発動。このターン相手はカード効果でカードを引いた枚数分、あなたはデッキからさらにカードを引いてください」


つまり、17枚。しまった。もう俺のデッキにカードがない!くそ、こんなに簡単に負けるなんて。


「県大会出場者とは思えない弱さですね。もう少し手ごたえがあると思いましたが」


「くそ!」


 俺の視界が真っ白になり、気が付いたら、元のコネクターの中に戻されていた。その後、新田と芥川の試合となったが、新田もデッキアウトとなり、いい勝負だったが、敗北した。木村もぎりぎり健闘はしたが、敗北した。やはり県大会はそこまで甘くはなかった。

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