第8話 文化祭

 大会が終わり、秋となった。桜町小学校の文化祭に向けて、クラスのみんなは準備を続けていた。俺は今まで、そういうイベント行事に参加するのが嫌で、毎年休んでいた。今年も休むつもり満々だったが、新田に「ダメ!」と言われて、無理やり参加されることになった。「文化祭ねぇ、俺には何が楽しいかさっぱり分からんな」と俺が言うと、新田は少し不機嫌そうにこちらを見る。


「川原くんはもっと楽しい行事にもっと積極的に参加するべきだよ!」


「へいへい」と返事し、俺は歩きながら他のクラスの様子を見て回る。


「そういえば、文化祭ってみんな何をするんだ?」


「えっとね、焼きそば食べたり、お菓子食べたり、カレー食べたりするんだよ」


「喰ってばっかりじゃねーか」


 そういえば小さいころ、母さんが生きてた時に家族みんなで河川のお祭りに行ったことがある。あの時は福引やったり、わたあめ作ったり、あの時は楽しかった。


「新田は今年誰と文化祭回るんだ?」


「そりゃ、もう、決まっているじゃない、えっと」


「あ、言うまでないか。木村あたり誘えばいいか、俺はてきとうにサボるから楽しんでな」と言い去ろうとすると、服の袖を掴まれる。


「おいおい、なんだよ」


「私は川原くんと一緒に行くの!」


「いやー、俺最近太り気味だからさ。出来るだけ暴食は避けたいんだよ」


「なら金魚すくい一緒にやろうよ!ほかにも映画鑑賞とか」


 この様子だとどうしても俺と文化祭に行きたいらしい。こいつ意外と強情なところあるんだな。


「分かったよ。映画鑑賞ぐらいならいいよ」


「やったー!」


 全くいい年した小学生があんなに、はしゃいじゃって。あ、でも小学生なら普通か。まあ、映画鑑賞なら、途中でこっそりと寝れば文化祭行事に参加せずに済むだろ。




 文化際当日、俺は新田に手を引っ張られ、理科室へと連れてこられる。


「俺たちと合わせて、12人くらいか。思ったより人がいるな」


 12人と人数が多いが、一つ気づいたことは俺以外全員女子だということだ。なぜ、女子ばかりしかいないのか、気になったが、司会のセリフですぐにこの現状がなぜ起きたかをすぐに理解できた。


「ではみなさん、今から恋愛ドラマ、君と共に、の上映会を始めます」


 つまり、小学生の男子からすれば、恋愛ドラマを上映する場に行けば、恥ずかしい思いをするだけなので、恋愛系の話が好きそうな女子ばかりが集まったのだろう。部屋の照明が暗くなり、映画が始まる。今まで一度も恋愛関係のストーリーを見たことはないため、恥ずかしいシーンを見ると、つい顔が赤くなり、視線を逸らしたりするが、それが、人間の嵯峨と言うべきだろうか、ついまた見入ってしまう。新田がどんな反応してるか気になって視線を彼女に向けると、顔を赤くしてずっと眺めているが、こちらの視線に気づいたのか、新田も俺の方を向くとお互いにびっくりして「うおっ!?」「きゃ!?」と互いに情けない声を上げる。周囲の注目の的になった俺たちは「失礼しましたー」と言って教室から出ていった。はぁ、はぁと息を切らせる。


「おい、新田!恋愛ドラマをやっているなんて聞いてないぞ!」


「ごめーん、私も知らなかったの」視線が合うと、お互い赤面して視線をそらしてしまう。どうしたんだ、俺。なんで新田の顔を見るとなんでこんなにも緊張するんだ。新田も新田でずっと顔赤くして俯いてばかりで、何も話そうとしない。今まで気にしたこと無かったが、新田も女の子だよな。大人になったら俺たちもあんな風にって、くそ!あのドラマ見たせいで、変に意識してしまったじゃないか。とりあえず落ち着こう。


「なあ、新田。とりあえず、なんか食べに行くか?」


「そ、そうだね」


 廊下を歩いている途中もずっと無言でもどかしい。


「おや、川原君と新田ちゃんじゃあ、ありませんか?」


 俺たち2人に声をかけた主は木村優希だった。


「おやおや、あなたたち顔が真っ赤ですね?一緒にサウナにでも行っていましたか?」


「木村こそ何しているんだよ?」


「ああ、僕ですか」と言って、木村は俺と新田にうどんが入った器を手渡す。


「僕はうどんの屋台をやってます。よければ1つどうですか?1つ200円です」


 俺たちはお金を出すと、校庭のベンチに腰を掛け、割りばしを2つに割って器を手に取る。俺と新田はとなり同士で座るが、距離が狭いせいか、顔が頬の熱気が新田に伝わっているのではないかと不安になるくらい熱い。なんでこんなに恥ずかしいんだ。新田の方を向くと、ピンポイントで顔のピンク色の唇に視点が向き、また目を逸らす。はー、どうしたんだ俺。なんか心臓のドキドキ止まらないし、吐息がかかるとビクって体が反応するし、もしかしたら俺、熱あるのかもしれない。


「なあ、新田。今日俺、熱あるかもしれないし、もう帰るわ」


 すると新田は俺の額に自分の額をくっつけた。彼女の顔が超至近距離にある。呼吸が荒くなる。お互いの吐息が肌にかかってどうにかなりそうだ。


「大丈夫だよ、川原くん熱ないよ」


俺はすぅーっと息を吐く。そして一気に吐き出す。


「お前、意外と大胆だな」


「そんなことないよ、川原君が熱があるっていうから」


「そうか・・・」


 俺は器のうどんを食べ始める。市販のうどんと生地は同じだが、出汁が違う。濃すぎず、それとなく甘味がある。木村のやつ、いい仕事するじゃないか。うどんを食べ終わった俺たちは特にどの店に留まることはなく、とりあえず、どんな店があるか歩き回っていた。ホットドッグ、クレープ、焼きそば、普通の祭りに負けないくらい品揃えがいい。さずが、県内でトップのお祭り好きの集まる街といったところか。


「あの、お願いがあります」


当然、新田が言葉を発する。気になった俺は「何?」と尋ねる。


「私のこと新田じゃなくて、詩織と呼んでくれませんか?」


「どうしたんだよ急に」


俺は愛想笑いをするが、新田の目は真剣だ。


「それじゃ、俺たち恋人同士みたいじゃないか?」


「私、川原くんの恋人になりたいです」


と言われても急すぎて、思考が追い付かない。


「まあ、下の名前で呼ぶことに関してはいいけど、恋人っていうのはちょっと、なんていうだろう、嫌ではないけど、俺はまだ早いと思うんだ」


「うん」


 告白されたら普通は嬉しいものだと思ったが、こんなにも複雑な気持ちになるなんて思わなかった。確かに新田詩織は見た目は可愛い。普通の男子なら告白されたらすぐOKを出すだろう。ただ、今までの関係がこれでうまくいかなくなって、全て台無しになるのは俺は嫌なんだ。また、大切な人がいなくなるのは嫌だ。


「分かった。詩織。だが、もし、中学になってもお前が俺のことが好きだったら、その時は付き合って恋人になろう!それでいいか?」


「うん!ありがとう!」と言い詩織はにっこりと元気に笑う。それを見てるとこっちも胸が温まる。


「じゃあ、今度はクレープでも食べに行くか?」


「私、トッピングどうしようかな」


 父さん。俺、今すごく楽しいよ。俺、大切なもの失ってきたけど、ようやく本当に大切なもの見つかったよ。

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