第4話 彼女の家へ

 1か月が過ぎた。未だに新田は学校に姿を見せない。女子グループのいじめはなくなったが、その代わりに新田は心に傷を負った。だが俺の知ったことじゃない。はずだが、と俺は自室のベッドに横わたって考える。「俺、何も悪くないよな」と思いながらも、どこか心苦しい。


「おーい、千歳や、夕食が出来たよ」


「うん、今行くよ」


 婆ちゃんに呼ばれ、俺はリビングに向かう。食卓に着くと、じーちゃん、ばーちゃん、そして俺。3人で食事をする食卓の中、浮かない顔をしている俺を心配してじーちゃんは俺に話しかける。


「どうした、千歳、お前元気ないな」


「ああ、ちょっとね」


「千歳悩み事がある中、わしに話してみ。気分が楽になるぞ」


 2人に隠し事が通用しないのはよくわかっているし、しつこく聞かれるのは嫌だったので、素直に答える。「うん、じゃあ順に説明するね」と言って、俺はお茶を飲んで一息つくと、順に説明する。


「この前の朝、家に来た女の子が学校でいじめに遭って学校に来れなくなって、不登校になったんだ」


「あー、あの小さくてかわいい子か、それでお前はいじめを見てどうしたんじゃ?」


「い、嫌、俺は何もしてないよ、だって、俺には関係ないことだろ!」


 じーちゃんとばーちゃんは顔を見合わせて、そしてこちらを見る。


「いじめは見てるだけの奴も悪いとは言わんが、その子は誰かに助けを求めていたのではないかい?」


「う、うん」


 俺はうん以外の言葉が出なかった。俺はただ見ることしかしなかった。それどころか新田を見捨てた。それも事実だ。


「千歳、お前は両親を亡くして、つらい思いをしたのは分かる。ただ、だからと言って誰かを傷つけていいわけではないよ」


「お、俺は・・・」


 分かっていた。そしてじーちゃん、ばーちゃんも分かっている。俺は、本当は新田のために何かをできた、でも、しなかった。それは心に傷を負っているからではなく、ただ勇気がなかっただけだ。


「そうだ、明日は日曜日だから千歳がその子の家に行ってきなさい。そして未来の嫁さんを捕まえてくるのじゃ、ほほほ」


 未来の嫁さんと言うワードを聞いて「かー」と顔が赤くなる。さっきまでのシリアスな雰囲気が一瞬で崩れ去った。俺は赤面した顔をお風呂場で冷やし、湯船に浸かる。湯船のゆげで視界がぼやける。思考が停止する。明日新田の家に行くとして、今の彼女になんて言えばいい?「よ、元気か?」とか「明日学校行かないか?」とかどれも今の彼女に言っても逆効果になりそうで、正直、どんな言葉を掛ければいいか、まったく分からない。



「俺ってそういえば、じーちゃんとばーちゃん以外の人とまともに喋ってないな」


 ずっと湯船に浸かっていたため、頭が余計に回らなくなったため、湯船から出て、体をタオルで拭く。寝室へ戻り、父さん、母さんと俺、3人で撮った写真を手に取り、眺める。あのころの俺はもっと純粋だった。我が家で冗談ばかり言う明るい父とそれを微笑んで見守る母、そして意味は分からないけど、その雰囲気に流され笑う俺。あの時の思い出が鮮明に蘇る。夢、希望、笑い、楽しみ。全てがあった。それを失った今でも、まだやり直せる機会をじーちゃん、ばーちゃんはくれた。そうだ、俺はただ、一人で殻に閉じこもったまま出てこない、さなぎだ。過去の悲しみはもう過ぎ去ったこと。今は彼女に。新田に手を差し伸べるところから始めよう。そう決意し、静かに眠りに落ちる。


「あそこの商店街の道をまっすぐ行って、郵便局が見えたら、そこの向かいに新田さんの家があるみたいじゃ。分かったかい、千歳」


「ありがとうじーちゃん!」


 俺は自転車に乗って新田の家へと向かっていった。今日の天気は快晴でこんな日こそ、今日の天気の話題を振れば、1日やり過ごせそうだ、と思える。新田の家の玄関の正面に立つが、他人の家に挨拶するってこんなにも緊張するのかと実感する。


「よし、押すぞ」と指をチャイムに伸ばそうとするが、いったん引いてしまう。女子の家に来て、いろいろ誤解されないか?というか同じクラスのてきとうな女子と一緒に来た方がいいんじゃないかと考える。何度も躊躇し、迷いながらも「どうとでもなれ!」と言って、ピンポーンとチャイムを鳴らした。しーん、と沈黙の時間が続く。正直、逃げ出したいくらい緊張しているが、もう帰ろうかと思ったところで、静かにドアが開く。


「あの、どちら様ですか?」


 ドアを開けたのは、俯き気味の新田だった。以前会ったときより、表情が暗い。


「おわ!?お前、家にいたのかよ?どうだ、調子はどうだ?」


 いざ、顔を合わせると、なんと言葉を掛ければいいか分からないが、とっさに出た言葉がこれだった。


「なんで、川原さんが?」


「あ、あれだ。最近学校こないから元気かな?とか思ってさ」


「そうなんだ・・・」


 気分が落ち込んでいるのは分かるが、こう話していると、初めてこいつと話した時の俺みたいな話し方じゃないか。あの時の俺もこんなに気まずい雰囲気出していたのに、無理して会話を続けようとしていたのか。申し訳ない気持ちになった。


「あのさ、新田って趣味とかあるか?」


 新田は俯いていた顔をこちらに向け、目を合わせて口を開く。


「バーチャルストラテジー」


 バーチャルストラテジー。父さんがやっていたカードゲーム。父さんはプロとしてやっていたが、その息子の俺は父がやっていたバーチャルストラテジーのルールを知らないが、軽くバーチャルストラテジーの真剣衰弱をやっていた記憶はある。


「ならさ、俺ルール知らないから、どんなゲームか教えてくれよ。一緒に遊ぼうぜ!」


「うん!2階上がってください、私の部屋でルール教えますから」


「え!?」


 ちょっと待て!成り行きで仕方がないとはいえ、男の俺が他人の女の子の部屋に入ってもいいのだろうか。さすがにまずいかと思いながらも、新田に腕を引っ張られ、無理やり連れてこられる。部屋のネームプレートにはしおりと書かれており、その隣にはりょうと書かれている。


「新田には兄貴か弟さんでもいるのか?」


 気になったので、新田に尋ねると「そうだよ!お兄ちゃんがいるの!」普段語尾が、です、ます、な新田がたった今、ため口になっているのに気づくが当の本人は気にした様子もない。


 「おじゃまします」と玄関では挨拶するのを忘れていたが、改まって、新田の部屋に入るときに、挨拶する。彼女の部屋は、男の俺と違って、整理整頓がきちんとされており、物が乱雑してない。


「ちょっと待ってね。今準備するから」


 彼女は棚のファイルとカードケースを机の上に広げる。


「見てみて、これ超強いレアカードなんだけど、お誕生日にお兄ちゃんからもらったの!かっこいいでしょ!」


 「俺、バーチャルストラテジーやったことないから、見ても全くわからんぞ」


「あ、ごめんなさい」


 新田はさっきの強いらしいカードをファイルに戻し、「ルールブック持ってくるね」と言って、戸棚を漁る。新田を見て思うのは兄弟に兄がいるせいか、新田は男っぽい一面が垣間見える。こいつ普段から学校でもこんな感じだったら友達もたくさんいただろうに。だが、その場合、女の子より男の友達の方が増えそうだけどな。


「川原君、ルールブック読んでルール分かる?私、ルール説明するの苦手だから、教えるの苦手なんだ」


「ちょっと俺に見せてみろ。俺の父さんが昔やってたから読めばわかるかも」


ルールブックを読んでみたが、あまり把握することはできなかった

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