第3話 彼女との出会い
「次のニュースです。先日東京ドームで行われたバーチャルストラテジーの全国大会で原因不明の爆発と火災が発生し、その結果、川原良平さんがお亡くなりになりました」
そう、一瞬の出来事だった。あまりに突然の出来事で現実を理解するのに俺は若すぎたのだ。
「神様。どうして俺から全てを奪っていくんだろう?」
それからの出来事はよく覚えてない。独り身になった俺は祖父の家に預けられた。俺の祖父はとても温かく俺を支えてくれた。ただ、両親を失った俺の精神的なダメージは大きく、祖父以外の人には心を開いて話すことは無くなった。幼稚園の時にそれなりに仲良くなった友達とも話さなくなり、相手もこちらの事情が分かっていたため、余計に話しかけるのは気が引いたのだろう。何とか無事幼稚園を卒業したが、何の感情も湧かない。虚無だ。悲しい。寂しい。負の感情しか湧いてこない。そして俺は小学生となった。小学4年になった俺だが、いまだに友達がおらず、心に傷を覆ったままだ。
「おーい、千歳や。外で誰かがお前を待っとるぞ。はよ行ってきなさいな」
誰かと言われても、俺はそんな朝誰かと一緒に通学する友達なんていないはずだが。じいちゃんに呼ばれ、仕方がないのでは早めに支度を済ませて玄関へと向かう。扉を開けると、そこに立っていたのは、少し小柄で長い黒髪の女子だった。名前は、確か同じクラスだったはずだが名前が浮かんでこない。
「おはようございます。川原さん」
「おはよ、じゃあな」
彼女の横を素通りすると、彼女に腕を掴まれる。
「なんだよ、いったい」
「川原さん、昨日学校休んでいたでしょ。だから今日の宿題のプリントを私が持ってきました」
「ああ、ありがとう、ってちょっと待て」
今日の宿題をなんでこいつ当日の朝に渡すんだよ。今渡されても間に合わないだろう。
「これ、なんかの嫌がらせか?俺間違いなく宿題間に合わないのだが」と発言すると彼女は得意げに答える。
「大丈夫です!私が問題全部やっておきましたから。これで川原さんが怒られることはないですよ!」
「宿題の意味ないじゃん」
あきれ顔で俺はそのまま彼女を無視して学校へ向かおうとするが、彼女は俺の横に並んでついてくる。なんなんだこの子。見かけは大人しそうなまじめな女子みたいだが、中身はあほの子なのか?そんなこと考えていると彼女は俺に話しかけてきた。
「川原さん、今日はいい天気ですね」
「そうですね」
片言で返事するが彼女は続けてくる。
「こんな日は気分が明るくなりませんか?」
「はいはい」
てきとうに返事する俺に嫌気がついたのか俺に強い口調で話しかける。
「川原さん、いい加減そういうそっけない態度はやめましょうよ。私、新田詩織と言います!よろしくです」
「あ、ああよろしく」
積極的なやつだな、こいつ女なのに、なんで男子の俺とそんななれなれしく話しかけてくるんだ?
「川原さん、好きなゲームとかありますか?ほら、男の子ってアニメとかゲームとか好きじゃないですか。私のお兄ちゃんはカードゲーム大好きですよ!」
「うるさい!そんなの俺が知るかよ!俺にもう話しかけるな」
自分でも自分がどうしたか分からないが、凄くイラついて暴言を吐いてしまった。新田はただ、茫然と立ち尽くして「ごめんなさい」と言ってそのまま俺を置いて学校の方へ向かっていった。カードゲーム。このワードを聞いたとき、とても悲しい気持ちになったのは覚えている。5年前、俺の父はバーチャルストラテジーの大会で優勝したのと同時に、この世からいなくなり、俺は一人身になった。その時の精神的なダメージが今も残っており、特にカードゲームという単語は、亡き父の面影を思い出してつらくなる。だが、それで新田に怒りを向けたのは俺の過ちだった。「後で謝っておくか」と口にして、そのまま校舎へと向かった。
教室に入ると目に映ったのは、複数の女子に囲まれている新田の姿だった。
「おい、新田、今日私の分の宿題やってきたのか?」
「いえ、ごめんなさい。私、家の用事で忙しかったんです」
「言い訳するなよ。これで今日宿題できなくて先生に怒られたら、どう責任とってくれるんだ」と女子グループの1人が新田に強い口調で言う。
「ごめんなさい」
朝からあまり見たくないものみてしまったな。しかし、1人の女子が女子グループにいじめられているって噂を聞いたことはあるが、その女子は新田だったのか。朝のやり取りを思い出すと、なんで俺の分の宿題をあいつがやったのかは疑問だったが、他の女子たちにいつもいじめられて、やらされているから、俺の分の宿題をやっていたのか。見るに堪えない光景だが、俺は何もせず様子を見ていた。今は厄介ごとに巻き込まれたくない。そう思った矢先、クラスの先生が来ると、女子グループは自分の席に座り、新田も自分の席に戻った。新田が授業中、泣きそうな表情で涙が流れるのを耐えている姿を見るのは、見ているこっちも辛かった。昼休みとなり、生徒の大半が体育館でバスケやドッチボールをしに遊びに向かうなか、俺は教室に残り教室の窓から外の景色を眺めていた。外から見える点くらい小さく見える生徒たち、ただ純粋に遊び、むじゃきに笑う。そういえば、俺は幼稚園を卒業してから1度も笑ってない気がする。俺はまだ笑える気分ではない。両親を失ったショックからいまだに立ち直れていない。「川原さん」いきなり名前を呼ばれ、振り返ると、そこに立っていたのは、泣いた後目が赤くなっている新田だった。
「なんだよ、お前、みんなと遊ばないのか?」
「そういう気分じゃなくて、私、運動苦手ですし、それに男の子の輪の中で一緒に運動なんて無理ですよ」
「そうだな、お前鈍そうだし」
嫌味っぽくいうが、新田は表情を緩める。
「おい、新田ぁ」俺たちの会話している中、こちらに寄って来たのは、今朝新田に宿題を押し付けてきた連中だった。こいつら本当にしつこいなと内心思いながらも少し黙って様子を見る。
「お前、川原と話していたのか?もしかしてこいつ川原のこと好きなんじゃないか?川原みたいなインキャ好きになるとか、マジ受けるな、あははは」
こいつら黙っていれば、好き勝手言いやがってと内心思いつつも、ここで冷静さを欠いてしまえば、こいつらの思うつぼだ。
「別に、こんなやつ好きでもなんでもないよ。俺、トイレ行くし、付いてくるなよ。まあついてきてもいいけどな。変態になりたければの話だけどな」
俺は皮肉なセリフを言って、その場を去った。これでいい、これで面倒なやつらから相手されずにすむ。トイレに行くというのは当然嘘で、俺は屋上へと向かっていた。春の屋上の風は若干寒さがあり、桜の花びらが風と一緒に吹いてくる。俺は屋上のベンチに座って、目を瞑って、深呼吸する。新田のやつ大丈夫かな。俺は小学校に来てから他人のことを考えたことはなかったが。もしかしたら初めてかもしれない。誰かの心配をするなんて。
午後の授業が終わり、帰宅時、本来なら新田が座っている席に彼女の姿は無かった。それは今日だけの出来事かと思っていた。だが次の日も、そしてその次の日も、彼女の姿は無かった。新田はあの日以来、学校に来なくなったのだ。
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