第2話 栄光と別れ

 幼稚園が終わり、帰り道に公園で小学生くらいの歳の子供たちがカードゲームしてる姿を見ると、テレビでプロとして活躍していた父の姿を思い出す。あの時の父は今と違って、すごく生き生きとしていた。当時の俺はバーチャルストラテジーのルールを知らないため、テレビでの特別演出で出てくるモンスターが殴り合ってる姿を見て、意味は分からないがその光景で、興奮していたのは覚えている。父はいつも同じデッキを使ってはいなくて、いろんなデッキで遊びたいという理由で毎回別のデッキを使ってくる父が、他のプレイヤーからしたら攻略が難しいらしい。


「じゃあな」


「ああ、また明日もやろうぜ」


 対戦してた二人の少年が分かれのあいさつをして公園から去っていった。夕暮れで雲が陽光で黄金に輝き、帰り道で小学校の校舎からか、きーん、こーん、かーん、こーん、となる音が聞こえる。家に帰ると、すでに夕食のカレーの支度が出来ていて、鍋からカレーのいい匂いがするが、肝心の父の姿が見当たらない。


「父さん、まだ帰ってないのかな?」


 俺は皿にご飯をよそって、鍋のカレーをかける。戸棚からスプーンを取る。玄関に靴はあるけど、家にいないということは、父がいる場所はあそこしかない。それはカードの倉庫だ。倉庫に向かおうと思ったが、空腹で疲れていたため、先にカレーを食べることにした。人参、じゃがいものほどよい熱加減。母は料理は得意な方だったが、カレーに関しては、母より、父の方が味は勝っていると今でも思う。母は俺が甘口が好きと分かっていると関わらず、しょっちゅう、「りょうへいさんは辛口大好きだから、辛口にしちゃった」と、ノリノリで言うからそのたびに俺は「いい加減、母さんは甘口のカレー作ってよ!」と渋々、ルーと水を交互に飲んで食べて、辛味を誤魔化していた。そんなことを考えていえると俺は目から涙が流れていることに気づく。


「母さん、天国で元気にやっているかな、」


 俺はカレーを食べることに専念する。すると、ドアが開き父が片手にデッキとファイルを持って、ダイニングルームへと入ってきた。


 「おい、千歳、お前カレー食べたら一緒に真剣衰弱やろうぜ」


 「真剣衰弱?父さんいきなりだね。もしかしてトランプで遊びたいの?」


 「違うよ、これだよ、これ」


 父さんがこちらに向けてきたのはトランプではなく、バーチャルストラテジーのカードだ。「これでやるの?」と俺が尋ねると、父は嬉しそうに頷いた。父は居間の机の上にカードを置いた後、皿を持ち、カレーをよそって、俺の正面に座る。


「今日、父さんなんか元気だね。何かいいことあった?」


 俺が尋ねると父はコップの水を含んで、飲み干した後に答える。


「まあ、あれだ。久しぶりに千歳と遊びたくなってな」


「そ、そうなんだ」


 父の表情は母さんが死んでから、今日は今までで1番明るい気がする。父は母さんが亡くなってからは、ほとんど笑うことは無くなった。だけど、今日はどこか違う。まるで、何かを振り切って決意したみたいな。俺と父はカレーを食べて、食器を洗った後、テーブルについた。


「なら、説明するぞ。ここに60枚のバーチャルストラテジーのカードがあって、60枚のうち、42枚は同じカードはそれぞれ2枚ずつあるんだ」


「そこまでは普通の真剣衰弱お同じだね」


 並べたカードにはどれもイラストがあって、魔法使いの女の子、大剣を持った騎士、大きな爪で敵を切り裂く獣などだ。


 「ただ、このゲームには特別ルールがある」


「特別ルール?」


「それはマテリアルと呼ばれるカードが出たとき、裏向きのカードを全てバラバラにシャッフルするんだ」


「えええ!?」


 真剣衰弱は本来、カードをめくってく過程で裏のカードを覚えて、後半になればなるほど、記憶力が試されるゲームだが。そのルールだと覚えるのが関係なくなる気がする。


「マテリアルは18枚あるから気を付けろよ」


「え、18枚もあるの!?」


 場のカードをランダムにするカードが18枚。それ33%くらいの確率でマテリアル出るから、真剣衰弱してない。俺はそう思いながら、少し呆れながらゲームを始めた。4回に1回はマテリアルが出るため、覚えても大体は位置がリセットされる。でもよく考えたら、父は幼稚園児の僕でも勝てるように敢えてこのルールでやっているのかもしれない。


「バーチャルストラテジーもマテリアルは18枚のルールだ。千歳、ちゃんと覚えておけよ」


「うん、わかった」俺は頷く。


「後な、お前にいうことがあるんだ」


「何?」


 俺は父の方を向くと、凄く真剣な表情になっていて、さっきまでとは雰囲気が違うのを察した。


「父さん、明日から全国大会に挑戦するんだ。優勝すれば、父さんやお前も生活できるお金も稼げる。それに、父さんの夢だったバーチャルストラテジーで日本一を取る夢もかなえられる。正直、人生の賭けとなる選択肢となる。千歳にも迷惑がかかるかもしれないが、それでもいいか?」


「うん、父さんがプロを続けてくれるなら、俺は大歓迎だよ。それに仮に負けても僕は責めたりしないよ」


「ああ、ありがとう、千歳。父さん頑張るからな」


 その夜俺はなかなか眠ることが出来ず、下に降りて、冷蔵庫から牛乳を取って飲んでいた。その時に目に映ったのは、カード倉庫の明かりだ。「父さん、頑張れ」と俺は言い残し、自室へと戻った。



 川原良平は大会エントリー会場で手続きを済ませた。まずは予選に勝ち残らないと本戦には進めない。良平は今まではいろんなデッキをパフォーマンスのごとく使って、勝ち負けを拘らないプレイングスタイルだったが、この大会は違う。良平のデッキはこれまでと違い、本気で勝つのに特化したデッキだ。42枚のカードのうち1枚も無駄がない。普通の人は大体42枚に無駄がないと言っても環境が進むにつれ、デッキ構築を変えているが、良平は全国大会が終わった後でデッキを公開するとき、これが環境のトップのデッキだと論理的に証明できるデッキ構築にしたつもりだ。最初の予選は良平にとって余裕だった。彼の潜在能力が発揮される前から高レベルなプレイヤーだったが、今の勝ちしか見てない本気の良平を止められるのは、予選では1人もおらず、良平は勝ち進んだ。予選をテレビで見ていた千歳は鳥肌が立っていた。今まで見たことない完璧なデッキ回し。複雑なSP管理が難しい光剣軍デッキをここまでうまく使いすのは、少なくとも予選では良平だけだろう。そして、本戦の日。良平は得意の光剣軍のスキルを次々と発動し、相手を圧倒していく。元々、光剣軍は使い方が難しく、単体で強力なカードが少なかったため、使用率は高くなかったが、しっかりと練った光剣軍の前には、バーチャルストラテジーのルールを知らない人ですら、凄いと感じるレベルで、長考が短いわりに1ターンの選択をきっちりと決めてくる。



 そして決勝戦。良平の対戦相手は体格がでかい外国人で、大会記録によると、彼は公式大会で1度も負けたことがない、世界トップレベルのプレイヤーだった。良平はデッキからカードを7枚取る。「マリガンはいらない」という言葉に全バーチャルストラテジープレイヤーが度肝を抜いた。試合が進む中、最初は外国人の余裕だった彼が、だんだんと額に汗が出るほど、焦りが見えた。「こんなの4ターン目の盤面じゃない」と観客席の誰かが、呟くとそれと同時に、観客全員がスマホを取り出し、この奇跡の映像を記録に残す。まさに歴史的瞬間と言ってもいい。


 「勝負が決まりました!優勝は川原良平選手です!まさに芸術と言える試合でしたね」


 千歳は目を輝かせ、テレビの前でガッツポーズをする。


「母さん、見ているかい。俺の父さんこんなにもカッコいいよ」


 全てがハッピーエンドとなる瞬間となる光景だった。いや、はずだった。「ドカーン!」とテレビから会場の爆発音が聞こえ、全てがバッドエンドになる瞬間へと変貌した。

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