バーチャルストラテジー

土呂

第1話 父の想い

 俺の父、川原良平かわはらりょうへいはバーチャルストラテジーのプロプレイヤーとして、有名ってほどではないが、幾つかの大会では結果を残している。ただ、1か月前、母が病気で亡くなってから、父は精神的に憔悴しょうすいしていた。


「なあ、神様。どうしてあなたは俺から大事なものを奪うんだろうか?」


 俺も父もこの現実をすぐには受け入れられず、食卓に席を同じくしても、会話をする回数も減っていた。いつもだったら、俺と父、母親の3人で、軽い冗談を父が交えながら語り合う温かい家族の団欒とした雰囲気。それがもうたった1人いないだけで虚無の空間となる。そんな中、今日は珍しく父が、夕食の時間に口を開いた。


「なあ、千歳ちとせ。お前に1つ言わなければならないことがあるんだ」


「どうしたの?父さん」


 父の重い雰囲気から察するに、自分達にとっていい話ではないのが、伝わってくる。


「父さん、実はプロカードプレイヤーを引退しようと思うんだ。もうカード一筋じゃ、お前も父さんも食っていけないからな」


 俺にとって父親のプロカードプレイヤーというのは一種の誇りだった。今の幼稚園児の俺からしてみれば、強い敵を相手に次々と果敢に戦う父の姿にはあこがれもあったため、どうしても父がプロをやめるという決断を押すことはできなかった。


「いやだよ、父さんだってこれからじゃないか。俺、ずっと父さんのことを応援するからやめないでよ」


「千歳・・・」


 父が辞めたくてやめるわけではないのは分かる。それに結果を出せなければ、いつかは予算もなくなり、カードを買うお金が無くなるどころか、生活するのに必要なお金も無くなるのだ。


「すまないが、千歳。父さんはお前を育てるためにも、働かないといけないんだ。明日には別の職を探しに行くつもりだ」


 「うん」と俺は頷き、父は「よしよし」と俺の頭を撫でた。父はバーチャルストラテジーのプロカードプレイヤーのため、家にはカード倉庫部屋があり、そこには父の今まで集めたカードが山のようにあるが、それも明日になったら全て売却するのだろうか。そう、父と子の2人暮らしをするためには、父は自分のプロになってカードゲームの大会で優勝する夢を捨てて、生活を支えなければならない。幼稚園の俺でも、今の現実をなんとなく把握することは出来ていたが、その現実を受け入れることはできなかった。俺は明日わかれるかもしれない、カードの山と最後にお別れしたくて、倉庫の中に入った。しばらく使っていないせいか、ホコリが充満していて、後は生地が少し敗れたソファーと木の正方形のテーブルがあるだけ。ソファーとテーブルの奥の棚に、ファイルがいくつもあり、ファイルは出たカードのパックの種類ごとに手に入れたカードが収納してある。現在、パックの種類は15弾の邪聖降臨まで出ていて、カードの種類は大体2000種類まで出ている。今、棚にあるカードだけでデッキを組んでも、今の中学生相手ぐらいなら勝てるくらい強いデッキを組もうと思えば、組めなくはない。父がバーチャルストラテジーをやっていても幼稚園児の俺には、正直まだルールすらしっかりと把握できてない。母さんが生きていれば、父さんはプロカードゲーマーを辞めずにすんで、今も夢に向かって努力しているだろうが、現実とは残酷なものだ。それほど、1人の命というのは重いものだ。




 川原千歳の父、川原良平は職探しのため、あちこちの求人募集を探しているが、高卒でプロのカードゲーマーの道を進んだ良平には条件のいい仕事が見つからず、大半は大卒が条件だったりとか、特定の資格を持ってないと職に就けないもの。また、条件は良くても、給料が低く、息子の千歳を支えて生きるには、あまりにも心もとないものばかりで良平は頭を悩ませていた。


「おい、良平じゃないか!」


「え?」


 その声に反応した良平が振り向いた先にいたのは、プロカードゲーマーの知り合いの成田啓二だった。


「どうしたんだよ?お前、こんなところにいるなんて珍しいな。副業でも探してるのか?」


 その問いに対し、良平は苦笑いで答える


「いや、副業というか、むしろ本職を探しに来たんだけどな」


 今の良平にはカードゲームだけで稼ぐのは無理だという現実は身に染みて分かっているため、カードゲームを続けるという選択肢を選ぶわけにはいかなかった。


「そっか、お前、おふくろさんが亡くなったんだよな」


「ああ」


 良平は俯いて唇をかむ。


「お前の腕なら、いつか本当にトッププロになれるかもしれなかったのにな。神様は意外と残酷だな」


成田は視線を空に向けた。


「ただな、お前本当にそれでいいのか?」と真剣に成田は良平の方へ顔を向ける。


「どういうことだ?」


「お前にはまだ千歳くんがいるだろ。お前がここでプロをやめてしまったら、千歳くんの想いはどうなる?お前はあの子のヒーローを奪ってもいいのか?」


「ヒーローねぇ、悪いが、俺はもうそんな大層な人間じゃないさ」


 自分で情けないことを言っているのは分かっている。ただ、なぜか良平の目から涙が流れだした。


「嘘、だろ」良平は呟いた。


 袖で涙を拭こうとするが、無限に出続ける目の雫をしばらく止めることが出来なかった。


「そうだ、俺。なんでプロカードゲーマーになったんだっけ、」


 良平は高校の時、亡くなった嫁の川原美代子と生涯を誓って支えあい、自分の子供にその夢を刻んでほしかった。そう、良平にとってのカードゲーマーの夢は自分1人だけのものではない。毎日、家に帰ったときにする、妻と千歳に今日会った出来事を話して、時にテレビで自分が映ってるときに家族みんなで団欒する時間が最高だった。今思う、俺が千歳のために残せるものはなんだ?


 「ところでよ、お前、もしまだVSやる気あるのなら、全国大会でも出ないか?」


「全国大会?」


「そうよ、全国大会優勝者はなんと1億円の賞金が貰えるそうだぜ、これで勝てればお前、プロ引退しなくてもいいんじゃないか」


 カードゲームプレイヤーならだれもが憧れる全国大会優勝。世界大会と違って、日本限定で行われる大会だが、外人プレイヤーも参加することも少なくない。


「お前なら、いいところいけるんじゃないか?千歳君に夢を与えるか、それとも現実を見せるか。それはお前次第じゃないか?」


 成田のいう通りだ。俺はカードゲームで夢を魅せたくてやってきたんだ。今、チャンスが転がっているなら、やるしかないよな。


「頼む、美代子。もう一度、俺に力を貸してくれ」


 良平は手に持っていた、就職の募集記事を全て棚に戻した。良平の今の選択肢は新しい職ではなく、VSの全国大会の出場にある。しかし、ここで負ければ、今度こそは他の仕事に就いてカードゲーマーの道をあきらめることになる。この大会には良平の人生が関わる大事な戦いとなるだろう。



 良平は夕食の食事を買うため、スーパーに向かう。カレーの具材を買い、千歳用に甘口のカレーのルーを買いレジで支払いを済ませる。その後、家についた良平はカレーの支度をし、出来上がったカレーを鍋に入れ、弱火をつけた後、カードの倉庫へと向かった。千歳がかえって来るにはまだ時間があるため、そこでデッキづくりをする時間はある。「待ってろよ、千歳。父さん絶対に全国大会で優勝するからな」そう気合を入れて、良平は棚の整理整頓を始めた。

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