第2話「lunch」
それから。僕とリベカが朝のルーティンを共有するのに、2週間もかからなかった。僕たちは2人で色んなホットサンドをシェアして食べていく。でも結局、ツナメルトとハムチーズという定番に落ち着くことになった。
昔、僕が食べたあのハムチーズは何だったのだろうと思うほど、ルーカスが作る最近のハムチーズは美味い。もちろんツナメルトほどではないけれど。
切り分けた両方を頬張るリベカは、今日もご機嫌だ。リベカはこの埃くさい街にそぐわないほど美しい顔立ちをしている。若い女性がいることすら珍しい、この街に舞い降りた天使と言っても過言じゃない。
魅力的な異性はどこかミステリアスだ。そしてリベカもその例に漏れず、やっぱりミステリアスな女の子だった。生まれは僕と同じ
と言っても、僕も深く突っ込むことはできない。僕だって、どうしてこんな中東の国にいるのか問われたら、正直言って答えづらい。仕事でここにいるのは違いないけれど、その内容を簡単に喋ることはできないからだ。ここに流れ着いて来るヤツは大抵、多かれ少なかれ聞かれたくない事情がある。
だから不思議と、暗黙の了解のような関係になる。互いにこれ以上踏み込んではならないという考えが、頭のどこかにあるのだろう。
今日はいい天気だね。好きな音楽はある? 明日は雨だってさ。こっちの食べ物はどう? 美味い店を見つけた?
──なんて当たり障りのない会話。深くはない、まだまだ浅い関係。
考えるほどに不思議な関係だと思う。僕はリベカの電話番号も知らなければ、どこに住んでいるかも、なんの仕事をしているのかも詳しくは知らない。知っているのは好きなアーティストと、そしてハムチーズよりはツナメルトが好きだと言うこと。それに、パイナップルは苦手だということくらい。
それでもリベカと朝メシを食べるこの時間だけは。この土地で数少ない本当に幸せなことだと、僕には思えるようになっていた。
◆◆◆
「よう、レジー。最近調子が良さそうだなァ。なんかいいことでもあったのかよ?」
金曜日の真昼間。デスクでランチを摂っていた僕のところに来てまで、同僚のライアンが絡んできた。こいつはアタマのネジが緩んだ、というより元々ない人間だ。性格には難ありとしか言いようがないけど、しかし仕事は恐ろしくできる人間である。もちろん、僕たちの仕事が少し普通とは違うということもあるかも知れないけど。
「なんかやる気に満ちてるっつーか、楽しそうっつーかよォ。お前見てると羨ましいくらい幸せそうな顔してるよなァ。聞いてるぜ? レジーが毎朝、ツラの綺麗な女と朝メシ食ってることはよォ」
……耳が早い。まぁ別に隠すことでもないからいいのだけど、ライアンに揶揄されるのはあまり気持ちの良いものではない。ライアンはニヤリとした笑みのまま、僕のチキンナゲットを勝手に口に放り込んで言った。
「んでよォ、あの子は誰なんだよ? オレも遠目にしか見たことはねぇが、かなりの美人なんだろ?」
「美人っていうより、可愛らしいって感じかな。残念だけど詳しいことは何も知らないんだ。なんせ、この街で出会ったんだから」
「……ま、そりゃしゃーねぇな。こんな街で互いのことペラペラ喋るなんかよォ、命がいくつあっても足りねぇからな。だからよ、レジー。あんまし深入りすんじゃねぇぞ」
「わかってるよ。それよりライアンこそ調子良さそうじゃないか。またポーカーで勝ったのか?」
「いーや負けた。おかげで今月の給料がパァだぜ。クッソ、絶対にあのハンドで勝てると思ったのによォ」
「そりゃ残念だね」
「まぁいい、生きてるだけで儲けモンだ。こと、この街ではな」
それはライアンの言うとおり。この街は普通の街に比べてちょっと特殊だ。故郷の国では考えられないくらいに特殊。だからこそ僕のような人間でも、こうして曲がりなりにも仕事ができている。
「──で、仕事のハナシだけどよ。例のあの仕事、どうなるんだろうな? 上はなんて言ってる?」
「あぁ、あれか。どうだろうな、僕の見立てじゃ受けることになると思うけど。でも上の考えは、フィフティフィフティってところじゃないかな」
「久しぶりにデカいヤマだろ。オレたちみてーな零細の
ライアンは顎髭をさすりながら言う。僕たちのような末端コントラクタにとって、今回の案件は確かに報酬が大きい。桁がいつもより多いらしいのだ。
「Private Security Company」の名前が示すとおり、僕たちの仕事は主に要人を護衛する仕事だ。
そう言えば聞こえはいいけど、「Security」の前に実は「Military」の文字が入るとおり、護衛対象を狙う敵を無力化することも含まれる軍事戦闘職。
殺るか、殺られるか。それを地で行く仕事。つまり報酬が大きいと言うことは、危険ももちろん多いということに他ならない。
今回の仕事は、僕たちが派遣されているこの国にとって、政治的に強い発言力を持った人物を護衛するという仕事だった。未だ紛争が後を立たないこの国では、非難の言葉よりも先に銃弾が飛んでくる。
今回の護衛対象は、方々で恨みを買っていると言われている人物。彼の命を狙っている組織は、両手の指を使っても数えられないくらいらしい。ライアンは溜息を混ぜつつ言葉を継ぐ。
「大きく見りゃあ、今回の対象は『正義』なのかも知れねぇけどよ。コイツが引き鉄になった紛争で、この国の人間が何千人も死んでるのは間違いねぇ。政治的にややこしいコイツを、大手を振って護ってくれるPMSCがこの街にどれだけあんだってハナシだよな」
「まぁ、そんな時の
「そうだといいんだけどなァ。今回の報酬で借金をチャラにしてステイツに帰りてぇよ、オレは」
「叶うといいな、ライアン。僕はもうステイツには帰れないから──」
僕がそう言った時。僕たちの上、つまりボスであるロレンツォが、奥の部屋から出てくるなり言った。
「全員傾聴しろ。例の仕事だが、受けることにした。各コントラクタは準備してくれ。対象の護衛は来週の月曜日、対象がこの街に入った瞬間から我々の護衛が始まる。そして金曜日の午後6時、護衛対象はこの街で政治演説をするらしい。最も危険なのはこの演説時だ」
「マジかよボス。仕事を受けるのはもちろん賛成だが、対象はアタマがイカれてんのか? 銃弾が雨のように降ってくるこの街で演説だと? 鉄の傘が必要になんじゃねぇのかァ?」
「我々がその鉄の傘となる。ライアン、これは大きな仕事だ。いつも以上の報酬を約束する。だが受ける以上ミスは許されない。交代で24時間張り付いての護衛だ、準備を怠るな」
そう言って、ロレンツォはどこかに電話をし始めた。僕とライアンは顔を見合わせて無言になる。あのロレンツォが冗談のひとつすら言わない。つまり今回の仕事は、それくらいシビアなのだろう。所属コントラクタが全員投入されるのは間違いない。
ややあってから、ライアンが言った。
「……報酬はデカい。かなり危ねぇ仕事だが、やるしかねぇな」
「ライアン、これで国に帰れるかもな。帰ったらお袋さんのミートパイを腹一杯食うんだろ?」
「やめろ、縁起でもねぇ。それにウチのお袋はミートパイが得意じゃねぇ。あんなの、ブタのエサにもなりゃあしねぇぜ」
ケラケラと笑うライアン。僕もそれに釣られて笑う。
仕事の開始は来週の月曜日。それまで数日しかない。だけど僕は、それまでいつも通りのルーティンを続けるつもりだった。
つまりはいつもどおり、あのフードトラックでリベカと朝メシを食べると言うことだ。
【続】
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