第52話 食品大人買い
「これが、口当たりが軽いということか……」
呟いたロイの手元から、瞬きする間にハムショが消えていた。
「っ!?」
まずミルク売りの少年に渡し、その次に私を抱っこしてくれているロイへ、それからアレンにも用意をしている間の早業であった。
「泡立てクリームが余るようなら、もう一個作ってくれるかな」
「ひとくちたべちゃったけど、これたべる……?」
眼鏡の奥の目が、目がキラキラしてる……!
「いいのかい?」
幼児にはね、生クリームも小麦粉生地も、ちゃんと朝食食べたおなかには重いのですよ。
いつもの小食が嘘みたいに、3個目も軽く食べてまだ名残惜しそうにしていたロイに驚いたけども。
あと半分ほど残っているランカベリクリームは、また次の機会にアレンジしてデザートにしよう。
ハムショも悪くはないけど、こんな風にしっかりした生地よりも、クレープみたいにもっと柔らかい生地か、ふわふわのパンケーキに合わせた方が美味しそうよね。
「これ、うまいなぁ! クリームを泡立てただけでこんなに美味くなるのか!」
見慣れない食べ物に及び腰だったミルク売りの男の子のお口にも合ったようで何よりです。
「これはぜひクリームを買って帰らなくては……」
ぼそぼそとロイが呟いている。
「ほかにもおいしいものいろいろつくれるから、くりーむじゃないところもいるよ?」
「他にも?」
「みるくをあまくするだけでもおいしいとおもうな」
ランカベリミルクとかも美味しそうよね。
「少年、ミルクはどのくらいまでなら私たちに売っても構わないかな?」
ずい、っとロイが男の子に迫った。
うんうん、それだけ近づけば蚊の鳴くような小さな声でも聞こえるよね、って近いわ!
男の子が引いちゃってるじゃない……。
「え、入る器があるならどんだけでも構わないけど……どうせ売れ残ったら処分しなきゃなんないし」
「他に買いに来る予定の者は?」
処分しちゃうのか。
牛乳ってすぐ悪くなるし、臭くなるもんなぁ……。
「知らない。今日買えなくても明日買いに来たらいいし、ミルク売りはうちだけじゃないからどうしても欲しかったら他所で買うだろ?」
「だったら、あるだけ買う。ここにあるのはマジックバッグだから大丈夫」
「あ、あるだけ!?」
そんなわけで私が余裕を持ってすっぽり入れそうな缶まるまる一本分のミルクがお買い上げになりました。
マジックバッグ、バッグとは名ばかりの腕輪なんだけど、液体も直接入れても大丈夫らしくて、腕輪に延々とミルクを注ぐ光景はシュールが過ぎた。
アレンはこれまで、手で触れて消していたから、見えないけどバッグ的な何かを持っているのかと思ったら、しているバングルみたいな腕輪がバッグの本体だったっていうね……。
ついでにチーズとバターも買い占めた。
チーズは数量限定ではあるものの、売れない日もあるし、何日もかけて売るって感じだったらしくて、空っぽになった荷台に男の子は茫然としていた。
「こ、こんな金額見たことない……」
だろうね!
ちなみに男の子の帰り道に、アレンはこっそり護衛をつけていた。
そうね、心配だもんね。
「ふーむ、まーちゃんたいじんぐとかはしないのかな」
「まーちゃ……なんだそれ」
思わず呟いたのを耳ざとく聞きつけて、アレンが聞いてきた。
「はんばいけいかくのこと、だいたいいつもどのぐらいうれてるかな、とかよそくをもとにけいかくをたてるの」
「……政みたいだな」
「まつりごとがりょうちけいえいっていういみでならにてるかも……?」
社員講習で研修会とか言って、MBAの講師なんか呼んでの講演会とか参加させられたなー。
「……チーロ、お前何者なんだ?」
「よんさいじ……?」
私も首をこてんとして答える。
中身は38歳まで生きたBBAですけども、それを証明するすべなんてないもんな。
それから私たちは、小麦粉や油、砂糖、塩、ナジェ蜜にはちみつなどを購入した。
「おさとうたかい……」
「砂糖は何段階も魔法を使わないとならないから、どうしても高くなるな」
なるほど、絞って精製して煮詰めて粉状にするのを全部魔法でするわけか。
その高いお砂糖を気前よく買い与えてくれちゃう辺り、本当に王子様なんだなぁ。
小麦粉も塩も砂糖も何種類かあるのを片っ端から買ってくれたけど、やっぱり白いものの方がより高い。
純度を上げるのにはより高い精度が必要ってことなんだろう。
あと、小麦粉じゃなくて手触りがきゅむきゅむした感じの粉も買った。
これは米粉……かなぁ……。
それと葛粉っぽいのと、玉蜀黍の粉みたいなの。
あと数種類の豆と米。
お米は茹でてサラダにしたり、スープに入れて煮込んだりするらしい。
長粒種と短粒種の中間ぐらいに見えるけど、炊いたらどうなるかな……。
まさか食品買うのにまで金貨が行き交いするとは思わなかったよ。
まぁ、でも、何でも初期投資はお金かかるよね。
ロイの家にあんまりにもなさすぎるものを買いこんだだけだから、今後ここまで爆買いすることはそうないはず。
いや、これだけ買いこんだら、畑もあるし年単位で籠城できちゃうかもしれない。
「買い残したものはないか?」
「うーんと……おにくはかったほうがいいかな?」
「チーロにやるマジックバッグには時間停止機能がついてるから、肉も買え。好きなだけ買え。しこたま買って喰ってでっかくなれ」
いくら不思議機能があるって言っても、生ものを長期保存するのは何となくためらいがあるんだけど、異世界だからなー。
とりあえずお肉も何の肉か聞きつつ、ひと固まりずつ買うって感じで牛豚鳥をまんべんなく揃えてみた。
なんとなーく、鴨肉っぽいな、とか七面鳥かな、とか、羊肉かしら、みたいなお肉もあったから、これまたしばらく籠城できそうな勢いだ。
頑張って消費しないとね。
中には蛙肉や蛇肉なんていうのもあったけど、異世界だし、という魔法の言葉で自分を騙すことにした。
一通り食べてみて、今後は何を買うか考えよう。
もっともお肉の種類は前世よりもずっと多いみたいで、アレンが持ってきてくれるような上位種の美味しいお肉は、肉屋さんでもなかなか扱っていないそう。
狩ったら持ってきてくれるらしいから、今後もそれに期待しよう。
なお、私たちが暮らしている国は内陸にあたり、魚の種類はそんなにない。
イカっぽいクラーケン肉とマグロっぽいのとサバっぽいのとブリっぽいのとサーモンっぽいのがあったから、これもお買い上げ。
海のある国なら、もっと多くのお魚があるらしいから、そのうちぜひ行ってみたい所存だ。
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