第25話 くちびるから媚薬
目の前には美味しそうに焼かれたお肉が、ロゼ色の断面を見せて鎮座ましましている。
見るからにジューシィで美味しそう！
わざわざ切ってくれるなんて気が利くなぁ。
「さ、食おうぜ」
ロイとアレンのコップに注がれたのはワインだろうか。酒精の香りが漂ってくる。
「いっただきまーす！」
「……いただきます？」
まずは熱々のお肉だよね。
せっかく焼いてくれたんだし、熱いうちに食べなくちゃ。
フォークで刺して、口に入れる。
「んー！」
いや、切ってくれたのはありがたいんですけどね？
その一切れがでかいのよ。
幼児の小さな口では、結局噛みちぎって食べるしかない。
ナイフも欲しかったなぁ。残念。
口いっぱいのお肉をもぎゅもぎゅ噛み締める。
カプスの町の食堂で食べたお肉とは違って、適度な噛み応えはあるけど、しっかり噛み切れるお肉だった。ぎゅっと繊維が詰まっていて弾力のある肉質で、噛み締めると脂じゃなくて肉汁が沁み出てくる。
胡椒の香りがお肉の臭みを消して、しっかりと効かせてあるお塩がタンパク質の甘さを引き立てる。
和牛みたいに刺しの入ったお肉じゃなくて、しっかりと脂身と赤身が分かれたお肉だったけど、そこがまさにお肉を食べてる、って感じで美味しい。
前世でも霜降り肉より、断然赤身の方が好きだったもんね。
食べたいのは脂じゃなくて肉なのよ。
とはいえ、肉は肉なのでしっかりあるあぶらっけを、こふきロッタで口直しする。
うんまー！ 芋と脂ってどうしてこんなに合うんだろう。
緑のペーストはやや青臭さはあるものの、コクのある味わいで、ソース代わりにお肉につけてもパンにつけても美味しい。
パンは前世で言うならチャバタに似ている。
いわゆる|リーン≪素朴≫なパン、ってやつ。
油脂分が少なくて、卵や牛乳なんかが入ってない、フランスパン系のパン。
街で買ってきたパンに比べたら、断然柔らかいし白いんだけど、これは|麩≪ふすま≫とか、ライムギとかが入ってない、ある程度精白してあるからこそじゃないかな。
つまり高級品……？
「おーお、いい食いっぷりだな。ロイも見習え。ほら、こっちも食えよ」
「ありがと！」
アレンが取り分けてくれたのは、肉団子のトマト煮込みっぽいヤツ。
食べてみたらやっぱりそんな感じだった。
結構スパイスも効いてる。
「とまとにこみあるんじゃん」
こと食事に関する限り、ロイの情報は当てにならないことがこれで確定したな。
「とまとにこみ？」
「これ、あじつけにからーしをつかってるんだよ」
「え？ カラーシを？」
ロイが驚いて、トマト煮込みをまじまじと見る。
「あと、ろいがおくすりにつかうやつもいろいろはいってる」
さすがに何が入ってるかまではわかんないけどさ。
「えぇ……」
ロイが口元を押さえてアレンを見た。
「勘違いすんな、変なものは入ってねえはずだ。多分。俺を疑うなよ」
アレンはすごーく嫌そうに首を竦めて、これ見よがしにトマト煮込みにぱくついた。
「おにくのくせをとったり、ふうみをつけたりするのに、いれてるんだよ。すーぷにありんびるとか、りなしねとかいれるの、おいしかったでしょ？」
私の言葉に、ロイはトマト煮込みを恐る恐るつついて、それからアレンを見て、私を見た。
どこまで何を疑っているんだ。
これは埒が明かないな。
どういうことだかアレンに聞いてみよっと。
「へんなものをいれるってなに？」
「毒とか媚薬とか、そういうお薬だな。ほら、こいつこの顔で、家もそれなりだろ。そーゆーこと、今までされてきたわけ。だからって俺を疑われるのはあれだけど」
「あれだねー」
なるほど理解。アレンが嫌そうな顔をしたわけだ。
「……ごめん、アレンを疑ったわけじゃないけど」
ロイは申し訳なさそうに謝って、それからすごく嫌そうなまま、肉団子を口に放り込んだ。
ゆっくりと噛み締めて、それから疲れ切った表情になって、ワインをぐっと飲み干した。
「ま、しょーがねー、しょーがねー。気にしてねーから、心配なら肉とパンと、この家のスープだけ食っとけ」
「……うん」
ロイは力なくうなだれると、パンを小さく指先で千切った。
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