第16話 私のカードは穴だらけ
「ただいま、ペス」
森のおうちではペスがお出迎えしてくれた。
思わず嬉しくなって抱き着いたけど、嫌がったりせずにしっぽを振っている。
茶色の毛並みは、モフモフして、お日様の匂いがして、とっても素敵だ。
「ただいま」
ロイが撫でると、わふ、と、ぼふ、の間ぐらいの返事をして、それからのそのそとソファの下あたりに蹲ってラグのお仕事に戻ったみたいだった。
ロイは買ってきた食べ物をキッチンにどさっと置いて、買ってくれた服とハンカチと、それから刺繍道具をまとめて私に渡した。
「え、なに? ししゅうどうぐもくれるの? じぶんでぬわなきゃだめ?」
一緒に暮らすにあたり、自分のものに名前か目印をつけなさい、みたいな話かと思って聞いたら、びっくりした顔をされた。
瓶底眼鏡を外したおかげで表情の変化がよくわかる。
「刺繍、するでしょう? うちに刺繍道具はなかったから」
「……?」
なんでだ!
ロイは私がびっくりしてることにびっくりした様子で、目をぱちぱちとさせた。
「……女性は、刺繍をするものだとばかり」
なるほど、貴族の常識。
いや、知らないけど。
ロイが知る限り、女性というのは刺繍をするものらしい。それで、私にも必要だと思って刺繍道具も揃えてくれた、と。
「ハンカチたくさんかったの、そのため?」
「はい」
いまいち私と常識が噛み合っていなかったことを悟ったのか、やや気まずそうだ。
暇つぶしにはなりそうだし、いいけどさ。
あまり期待はしないでほしい。
それに4歳児が刺繍って、普通出来るものなんだろうか。
この小さい手で?
どうなんだろう。とりあえず、ご飯を食べたり、紐を結んだりするくらいには支障はなかったけど、細かい作業とかできるものかしら。
とりあえず、買ってもらったものを片付けておこう、と考えてはたと困った。
「ロイ、かってもらったもの、どこにおいておけばいい?」
「……どこに、とは?」
何を言われているのかわからない、とばかりに首を傾げられる。
「ん、いい。てきとうにおいとく」
タンスの片隅とか借りられないかな、なんてことを思っていると、ロイは私を抱っこしてソファに腰を下ろした。
え、ちょっと待って。キッチンに置いた物片づけないの!?
「ろい、かってきたものそのままでいいの?」
「……?」
また首を傾げられた。
「パンとか、ほしにくとか、ナッツとか、しまっておかなくていいの?」
「あぁ。いつもなくなるまで置きっぱなししているよ」
「……」
頭が痛くなってきた。
素材の保管方法を見ると、お片付けができない、ってわけではなさそう。
でも生活用品においては整理整頓をする必要性を感じていない、そんなところだろうか。
「じゃあ、わたしがおかたづけしておくね?」
「ありがとう。それじゃ、よろしく頼むよ」
小さい子をなだめる顔でふんわり笑ったロイは小さなカードを取り出した。
「なに?」
金属っぽいもので出来たカードは片隅に三角の穴が空いていて、チヒロ=サカキと打刻してある。
ここにきて、私は字が読めていることに驚いた。
日本語ではない字なんだけど、私にはこれが読める。
アルファベットのような表音文字。言葉の綴りも、それが表す音も違うのに、不思議と私はそれを理解できていた。
おぉ。言語理解とか、何気にチートじゃないか。
名前の下には、今日の日付と教会で見たデータが記されている。
名前だけは彫り込まれているが、他の項目は印字されているっぽい。
【名前】チヒロ=サカキ
【年齢】4歳
【状態】健康
【日付】00004/03/12
【レベル】1【体力】42【魔力】8【膂力】386【知力】32【運】22
【加護】--
表記が少し違うのは、数値が体調などによって変動するものだからだろう。
これが基本数値で、使ったり、バフやデバフで増減するのだ、多分。
裏返すと、そちらには
【所属ギルド】
【取得スキル】
【称号】
【賞罰】
と、書かれているが、こちらも加護と同じく空欄だ。
「なんにもない」
ちょっとがっかり。
すると、ロイに笑われた。
「当たり前じゃないか」
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