第14話 噂をすれば魔獣

 あぉーん。


「ひぇっ!?」

「おや、意外に素早いな」


 少し離れた場所から遠吠えみたいなものが聞こえて首を竦める。

 上手く言えないけど、悪意がある声だった。

 敵に見つかった、そんな感じがした。

 ロイは私のおなかに手を回し、しっかりと抱きかかえる。


「ひゃっ!?」


 ゴルドの足が止まり、ふっと何かがロイの周りに集まった感じがした次の瞬間、豪風に髪を煽られた。

 風が吹き抜けた後、遠吠えがしたあたりから悲鳴が聞こえた。


「え、なに……?」


 今、絶対、何かしたでしょ!?


「討伐の話をしていたら、魔獣が現れたみたいだ」

「え、にげなくていいの? それにひめいが……」

「悲鳴? あぁ、それは倒した魔獣の鳴き声だよ。話をすると寄ってくる、っていうのは本当だなぁ」

「たおした!?」


 今、風がごうって……あれ、ロイがやったの?


「まほう!!!!!」

「えぇ」


 後ろから抱えているロイを、身体を捻って一生懸命見上げる。

 見たからって何があるわけじゃないけど、今この人魔法使ったんだよ、魔法!


「すごいねえ、まほう!」

「よそ見してると落ちるよ」

「ロイ、まほうつかい!」


 感動している私を馬から落ちないように座り直させて、風で乱れた髪を手櫛で直してくれながら、ロイは苦笑する。


「私のは魔力任せの力技だから、魔法使いなどの尊称を受けられるものでもないかな。やっていることはほとんど生活魔法と変わらないよ」

「せいかつまほう!」


 もうもう大興奮だ。

 出たよ、生活魔法!

 生活魔法っていうことは、生活の中でも魔法を使っちゃってるってことだよ。

 それなら、魔力が少ない私でもちょっとした魔法なら使える可能性があるってことじゃない?


「わたしもつかえるようになる?」

「生活魔法なら、私にも教えられるよ」

「やったー!」


 夢の! 魔法! ですよ!

 この世界でなら魔法少女にだってなれるかもしれない。

 だって今は幼女だからね。


 鼻息も荒く、これからの展望に思いを馳せる私をよそに、ロイはゴルドを再び歩かせ始めた。


「やっつけたまじゅうはみにいかないの?」

「何故?」


 なんで不思議そうなの?


「だって、まじゅうをやっつけたらほうしょうとかあるんじゃないの?」


 あと、ドロップ品だってあるかもしれないし。


「うーん、あの程度の魔獣だと、回収してギルドに持っていく方が手間になるからなぁ……」


 あぁ、雑魚敵からのゴミドロップ。

 わかります。

 初めの内はもったいない気がして拾うんだけど、レベルが上がるにつれて持ち物を圧迫するだけなんだよね。

 MMOなんかだと、多少のダメージもらっても、いちいち戦闘するのが面倒だから無視したりとか。

 これがリアルになると、非戦闘員が犠牲になりかねないから、駆除的な意味で討伐しなきゃならないんだろうけど。


「まじゅうのはなしをすると、まじゅうがよってくるってほんと?」


 この世界のシステムがまだよくわかってないんだけど、そういうこともあるのかな、と思って聞くと、ロイはクスッと笑った。


「ただの冗談。魔獣の話をすると魔獣が寄ってくるとはよく言うけど、この場合の魔獣は、言葉の通りの魔獣じゃなくて、陰口をしていると本人がやってきて聞かれてしまうものだから、陰口をしてはいけない、という戒めを魔獣に例えてる。ちょうど魔獣討伐の話をしていたから」


 なるほど、ことわざか。

 噂をすれば影が差す、ってやつだね。

 犬も歩けば棒に当たる、みたいなものか。

 比喩表現だね。


「このあたりにまじゅうはおおい?」

「うーん……豊かな森だからね、それなりに。家の周りには結界を張ってあるから心配はいらないけれど、危ないからひとりで敷地の外に出てはいけないよ?」

「おぉ、けっかい……」


 ひとりでちょっとお散歩に……とかやる前でよかったよ。


「庭や周りの畑にも低レベルの魔獣は入り込んでしまうから、庭に出る時も必ずペスかミルフェを連れて歩くようにね」

「みるふぇ、つよいの?」


 ペスは犬だからいざ知らず、ミルフェは山羊ですよお兄さん。

 きょとんとする私に、ロイはこともなげに言った。


「あぁ、ミルフェは私の従魔だからね」


 ミルフェ、魔獣だった!

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