第11話 いやぁ、つい

「旦那がおっちんで半年になるか。そろそろ身体が夜泣きしてんだろ。子ども抜きで新婚生活するにはいい頃合いじゃないか」


 あまりの暴言に、イラっと来たのが逆にすっと冷めた。

 キッチンから出てきたおかみさんも、もはや無表情だ。

 無表情のまま、持って出てきたフライパンを、ボブの頭に向かって思い切りよくフルスイングした。


「いでぇ!」


 ガイン、と力強い実にいい音がして、フライパンを肩に担いだおかみさんが鼻で笑った。


「出ていきな。うちの店にはあんたに喰わせる飯なんかないよ。誰が腹を痛めた可愛い子どもを放りだして、あんたみたいにいい歳したクソガキの世話なんかするかい。今度そのツラ見せたら煮えたった湯を被ると思いな」


「おぉー……かぁっこいい……」


 思わずパチパチと拍手してしまった。

 ボブもアレだけフライパンでぶん殴られて涙目でとどまってるのはすごいな。

 そこだけは感心する。


「なんでだよ、アイナ。俺はこんなにアイナに惚れてるのに!」


 えぇ……まだ食らいつけるんだ。

 その根性もすごいや。

 けど……。


「かっこわるい、きもちわるい、おうじょうぎわがわるーい」

「チーロ!?」


 ロイをびっくりさせてしまったけど、本音が口から出た。

 いや、ごめん。

 つい。


「なっ……」


 睨まれるかと思ったけど、泣きそうな顔でボブがこちらを見た。


「おかみさん、あなたのことすきじゃないじゃない。それなのに、こどもをてばなせ、なんてきらわれてあたりまえじゃない?」

「き、嫌われ……」


 殴られた時よりもよっぽどひどく殴られたみたいに、ボブはショックを受けている。


「すきじゃない、が、きらい、になって、かおもみたくなくなったんでしょ」

「そういうこった。もううちには来ないでおくれ」


 おかみさんは威嚇するみたいに、フライパンをボブに向けた。

 ボブはしょんぼりしおしお肩を落として「また来る」と出て行った。


 だから、もう来るな、って言われたでしょうに。


 入ってきた時、おかみさんとロイがいい雰囲気だったと思いこんでしまって焦ってしまったんだろう。

 まぁ、おかみさんと談笑してたのは私なんですけどね。

 後はもう引っ込みがつかなくなったのか、それともロイを恋敵だと思いこんだままなのか。

 どちらにせよ、哀れだ。

 あいつの言い分は、まともな母親なら受け入れられたものじゃないだろう。

 いくらこの世界が、子どもの内から働くのが当たり前だったとしても、いきなり子どもと自分を切り離しにかかる他人に好意を抱けるわけがない。

 焦って本音が出たにせよ、自分の求愛にとどめを刺したことに気がついてるんだろうか。

 おかみさんに求婚を断られたこと自体には同情しないけど、なんで自分が好かれないか、この先も理解できないだろうってことには同情する。


 おかみさんは、はぁ、と溜息をつくと、そうっと近寄ってきたモスをぎゅっと抱きしめた。


「あたしがかわいいこの子たちを手放すなんて、神様にだってさせやしないよ」


 お母さんに抱きしめてもらって安心したのか、モスはポロポロ泣いていた。

 そうだよね、よその男の人に、どっかにやっちゃうなんて言われたらびっくりするし、怖いよね。

 モスの背中をポンポンしてから、おかみさんは私の頭を撫でて笑いかけてくれた。


「あたしが言いたかったこと言ってくれてありがとうね。けど、あぁいう時に子どもが首を突っ込んじゃいけないよ。何もされなかったからいいようなものの」

「……うん」


 ほんとにそうだ。

 軽率だった。

 下手したら殴られてもおかしくない。


「あんたもそうだ。止めなきゃだめだ。変なことに巻き込んだあたしが言えたことじゃないけどさ」

「あ、あぁ……」


 ロイもこくんと頷いた。


「よかったら、ボブに出すはずだった分、包むから持っておいきよ。今はもう食べる気しないだろ?」


 おかみさんは苦笑して、テーブルの上を指した。

 あぁ、うん。

 おかみさんには申し訳ないけど、他人が目の前で騒いだ上に指を突っ込んだご飯は食べる気にならないね……。

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