第10話 ここはそういう店じゃありません
皿が空くたびせっせとロイが移してくれる肉野菜炒めとスープを一生懸命食べていると、乱暴にドアが開かれた。
「あ゛ぁっ!?」
入ってきた男の人は、きったないだみ声を上げると、何の断りもなく私たちの向かい、おかみさんの隣に腰を下ろす。
「……」
「何、アイナ。なんでこんなもやしのテーブルについてんの?」
揶揄ってる風に見せようとしてるんだけど、こちらへの敵意はこれっぽっちも隠せてなくて、恫喝にしかなってない。
ギラギラした眼でロイをじろじろと見て、それから私に気が付いたみたいで、ちょっと驚いたみたいな顔をしている。
なんなの、この人。
濃いブラウンの髪に赤っぽい茶色の目。身長はロイより低いけど、腕は倍くらい太くて、盛り上がった筋肉を誇示するみたいに胸元が破けた服を着ている。
年齢は私よりは若くて30前後ってところじゃないかなぁ……。
まぁ、ブサイクってほどではないけど、いきなり威嚇されて印象がいいわけがない。
「あら、ボブいらっしゃい」
さりげなくおかみさんが立ち上がると、ガシッとその腕を掴んで引き戻そうとしている。
「なんだよ。いっつも俺が座れっつっても、つれないくせによぉ」
いやまぁ、このお店そういう接待込みのお店じゃないでしょ。
どう考えてもド健全じゃん。
「ご注文は?」
おかみさんも呆れた様子でボブに問いかける。
けれど、ボブは粘っこい目でおかみさんを見つめながら手を離そうとしない。
そういう態度だから、普段席についてくれないんじゃないの?
「そんなもんはどうでもいいんだよ。なぁ、アイナ」
いやいやいや、飲食店に入って注文がどうでもいいっていうのはないでしょ。
掴まえた手をスリスリし始めたら、おかみさんは手を引っこ抜いた。
さりげなく太ももで手を拭っているあたり、脈はなさそうだ。
ボブはそんなことにも気が付かずに、今度は腰に手を回して引き寄せようとしている。
「この間のこと、考えてくれたか? 俺は本気なんだぜ」
……なんでこの人、私たちの前でおかみさんを口説こうとしてるの。
「俺はよぉ、E級って言ってもD級にだって一目置かれてるんだ。その俺が結婚してやるって言ってるんだ。悪い話じゃないだろ」
「その話だったら断ったはずだよ」
おかみさんはやんわり言ってボブから距離を取る。
「うちは食堂なんだ。食事に来たんじゃなきゃ帰んな」
「飯は食うさ。肉を大盛りで頼む」
「はいよ」
おかみさんがそそくさと距離を取ると、ボブはこちらを威嚇するみたいにどっかりと座りなおした。
「お前、森の薬師だろ? ガキを連れてきて俺のアイナの気を引こうとはいい度胸だな。ガキの母ちゃんなら他で探しな」
俺の、ねえ。
私の目には全く脈なしだったけど、どういう神経してるんだか。
ロイはめんどくさそうにフォークを置くと、私に「まだ食べる?」と聞いてきた。
ご飯残してお店を出るつもりなのかな。
うーん。せっかく作ってもらったのに、ご飯残すの嫌だな。
返事をしようとしたけど、ちょうどお肉を口の中に入れたところだったから、なかなかしゃべれない。
「なんだぁ、男のくせにしっぽ巻いて逃げる気かよ。ガキをダシにするなんざ、しょぼい真似をするだけあって情けねえなぁ」
ぎゃはは、と笑いながら、ボブはロイの皿に手を出して、肉を一切れつまむと空を仰ぐように口を開けて、これ見よがしに食べた。
え、それなにアピールなの?
……なんで人が食べてるものに手を出すのよ、気持ち悪い。
行儀が悪いとか以前に、ちょっと信じられない。
思わずぽかんとしていると、私たちが怯えているとでも取ったのか、ボブは自分の強さを誇示するみたいにそっくり返ってキッチンの方に声を張り上げる。
大方自分を大きく強く見せたいんだろうけど、バカっぽい。
「大体よぉ、ネスだって11? 12? もう他のガキの面倒見たっていい歳だ。マックを放り出しても、ネスが育てるさ。モスはちょいと気の利いたとこへ奉公に出せば金になる。なぁ、もう子育てなんざ卒業して女を取り戻したっていいだろうが」
12で子育て? 亡くなってるとかならいざ知らず、お母さんがちゃんと生きてるのに?
何を言ってるんだ、この屑は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます